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    <title>Egawa Shoko Journal</title>
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    <updated>2011-09-28T05:45:19Z</updated>
    <subtitle>江川紹子ジャーナル</subtitle>
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    <title>9.26陸山会事件の判決を聞いて</title>
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    <published>2011-09-28T04:52:49Z</published>
    <updated>2011-09-28T05:45:19Z</updated>
    
    <summary>　裁判所の大胆で強気な判断の連続に、判決を聞いていて驚きを禁じ得なかった。   ...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　裁判所の大胆で強気な判断の連続に、判決を聞いていて驚きを禁じ得なかった。</p>
<p>  　実際に報告書を作成した石川知裕、池田光智両被告は有罪とされることは十分ありうる、と思っていた。この事件は、お金の出入りについて、政治資金収支報告書に記載すべきかどうか、いつ記載すべきかが、本来は最大の争点だった。なので、実際に支出があった年に報告しなかったり、小沢一郎氏の他の政治団体など身内間の金の融通についても逐一報告しなければ違法、と判断すれば、有罪になる。   </p>
<p>　なので、主文言い渡しの際、２人が有罪となったことについては（求刑通りという厳しさには「おっ」と思ったが）、特に驚いたわけではない。驚いたのは、判決理由と、陸山会事件で大久保隆規被告も有罪とした点だった。   　</p>
<p>　東京地裁は、6月に証拠採否の決定で、検察側主張を支える供述調書の多くを退けた。自ら証拠を排除しておいて、判決ではそれを「当然&hellip;したはずである」「&hellip;と推認できる」など、推測や価値観で補い、次々に検察側の主張を認めていった。しかも、その論理展開は大胆に飛躍する。</p>
<p>  　たとえば、大久保被告の関与。同被告が政治資金報告書の作成に関与していないことは争いがない。しかも、石川、池田両被告が「報告書原案を大久保被告に見せて了承を得た」とする検察側主張を、裁判所は判決で退けている。</p>
<p>  　にも関わらず、石川被告から土地の登記の日をずらすよう不動産会社と交渉して欲しいと頼まれたことで、小沢氏が建て替えた４億円を隠蔽することについてまで、大久保・石川両被告人は「意思を通じ合った」と決めつけた。さらに、それから半年後の報告書に虚偽を記載する共謀までできあがったと認定。そのうえ、石川被告から後任の池田被告に事務に関する引き継ぎをもって、「石川を通じて池田とも意思を通じ合った」と断定した。そんな証拠はどこにあるのだろうか。</p>
<p>  　法廷で明らかになったことは全く逆の事実だった。石川被告が自身の選挙の準備で忙しく、丁寧な引き継ぎを行わなかったうえ、この２人の関係は疎遠だった。池田被告は厳しい石川被告を恐れ、満足に問い合わせもできずにいた。そのため、報告書に記載された金についての認識も、両者で食い違う。</p>
<p>  　にも関わらず、石川被告を媒介に大久保被告と結びつけられたうえ、判決でいきなり「大久保に報告するのが自然である」と認定された池田被告は、よほど驚いたのか、目をぱちくりさせていた。</p>
<p>  　いくら「名ばかり」といえども、会計責任者になっている以上、石川、池田両被告人の行為が違法と判断されれば、大久保被告の道義的、あるいは政治的な責任が問われるのは当然だろう。しかし、だからといって刑事裁判において、裁判官の価値観と推測によって、かくも安易に共謀を認定し、刑事責任を負わせるというのは、あまりに荒っぽく、危険に思えてならない。</p>
<p>  　犯罪の実行に直接関与せず、それについての相談にも乗らず、謀議もなく、事後にも何の報告も受けず、犯罪の存在すら知らずにいても、共謀が成立して有罪となるのでは、企業などでは部下の犯罪は知らずにいても上司の罪となりうる。これでは、郵便不正事件で、係長が行った公的文書の偽造を上司の村木厚子さん（当時課長）は知らないはずがない&hellip;という思い込みから出発した（と考えられる）大阪地検特捜部の発想や判断と同じではないのか。</p>
<p>　水谷建設から石川被告への５０００万円の授受も、目撃者も裏付け証拠もないまま、同社関係者の証言だけで、「あった」と断定した。これなら、複数の仲間が一定の意図の下に「金を渡した」というストーリーに基づいて話を合わせれば、それが事実ということになり、いくらでも事件が作れてしまう。石川被告に５０００万円を「渡した」とする証人は１人だけで、しかも、その証言に疑問を投げかける別の証人も２人いた。にも関わらず、「渡した」と決めつけるのは、被害者の訴えだけで逮捕されたり有罪判決を受けたりする痴漢冤罪事件と同じ構図に見えてならない。</p>
<p>&nbsp; 　冤罪を防ぐために、昨今は痴漢事件でも、手に付着した下着の繊維片などの裏付け証拠が重視されるようになってきた。今回の判決は、こうした証拠重視の時代の流れに逆行していると言わざるをえない。</p>
<p>  　もう１つ気になったのは、裁判所が、肝心の政治資金収支報告書の記載について淡々と証拠と法律に基づいて判断するのではなく、「政治とカネ」問題を断罪することに並々ならぬ熱意を注いでいたことだ。</p>
<p>  　そもそも本件、つまり政治資金の虚偽記載に関して、水谷建設からのヤミ献金の有無は直接関係がない。なぜなら、検察側の主張するヤミ献金の受け渡しは、土地購入のために小沢氏が４億円を立て替えた後の出来事で、この４億円に問題とされた水谷マネーは入りようがないからだ。なので、小沢氏を起訴した検察官役の指定弁護士は、この問題を争点から外している。  </p>
<p>　ところが、秘書３人の事件では、検察側は「動機もしくは背景事情」として、このヤミ献金疑惑の立証にもっとも力を入れた。そして、裁判所もそれを許した。裁判を傍聴していても、これはいったい何の事件だったのか、ヤミ献金事件、もしくは収賄事件の裁判ではないかと錯覚しそうになったほどだ。</p>
<p>  　そして迎えた判決も、この点に多くが割かれ、読み上げる登石郁朗裁判長の声にももっとも熱が込められていた。やはり、これは収賄事件の判決ではないかと思うほどであった。そして、すでに閉廷予定時刻の５時が迫っているのに、量刑の理由を読み上げる前に、わざわざ10分間の休廷をはさみ、一気呵成に「小沢事務所と企業の癒着」を論難した。</p>
<p>  　その口調からは、裁判所が「政治とカネ」の問題を成敗してやる、という、ある種の「正義感」がびんびんと伝わってきた。そこに、我々が社会の不正を正してやる、という特捜検察の「正義感」と相通じるものを感じて、私は強い違和感を覚えた。この種の「正義感」は「独善」につながることを、一連の特捜検察の問題がよく示しているのではなかったか。</p>
<p>  　証拠改ざん・隠蔽事件で大阪地検特捜部の検事三人が逮捕されて一年。検察の独自捜査の問題点が少しずつあぶり出され、検察自身も改革を進めつつある。せっかく取り調べの可視化や客観証拠を重視することで冤罪をなくしていこうという機運が高まってきたのに、こういう判決は「マスコミを活用した雰囲気作りさえできていれば、薄っぺらな状況証拠しかなくても、特捜部の捜査は有罪認定する」という誤ったメッセージにならないかと危惧する。</p>
<p>  　刑事司法の問題はすなわち裁判所の問題だ。検察が無理をしても調書を作るのは、裁判所がそれを安易に採用し、信用するからだ。しかし、郵便不正事件以降、裁判所も検察を過信するのを控えるようになってきたのではないか、という期待もあった。ところが、それはあまりに甘い見方だったようだ。</p>
<p>  　今、もっとも改革が必要なのは、裁判所かもしれない。</p>
<p>  （９月２７日の朝刊に掲載された共同通信配信の原稿に、大幅加筆しました） </p>]]>
        
    </content>
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    <title>「『適切でない』と申し上げた」〜”子どもにも20mSv/年”問題と放射線防護学の基礎</title>
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    <id>tag:www.egawashoko.com,2011://1.330</id>
    
    <published>2011-05-01T11:25:43Z</published>
    <updated>2011-05-01T14:09:15Z</updated>
    
    <summary>「先生が、子どもの場合も、年間の許容被曝量が20mSvとすることが適切と考えられ...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>「先生が、子どもの場合も、年間の許容被曝量が20mSvとすることが適切と考えられる理由を伺いたいのですが&hellip;」<br />
　４月２８日の午後、私は前夜の記者会見で、廣瀬研吉内閣府参与（原子力安全委員会担当）から、この値を支持した人の１人として名前が挙がった本間俊充氏（(独)日本原子力研究開発機構安全研究センター研究主席・放射線防護学）に確認の電話を入れてみた。すると、本間氏の答えは意外なものだった。<br />
<font color="#003366">「私は（緊急事態応急対策調査委員として）原子力安全委員会に詰めていたんですが、（子どもについても）20mSv/年が適切か、ということに関しては、私は『適切でない』と申し上げたんです」<br />
</font>　記者会見で安全委員会は、５人の原子力安全委員の他に、２人の専門家の意見を聞き、全員が20mSv/年を「適切」と判断した、と説明していた。ところが、その専門家である本間氏はまったく逆の意見を述べていた、というのだ。<br />
　本間氏は、いきなりの電話だったにもかかわらず、国際放射線防護委員会（ICRP）が2007年勧告の中で初めて打ち出した「参考レベル」という概念や、東電福島第一原発の事故によって放射能汚染の被害を受けている地域の人たちの防護について、１時間半にわたって説明してくれた。さらに、後日30分ほど、私の質問に答えて丁寧な補足説明があった。<br />
　私自身の頭を整理するうえで、２回にわたる本間氏の話をメモを元に、まとめてみる。文責はあくまで江川にある。私の理解不足や誤解により、間違いや不適切な記述があれば、お気づきの方はツイッター @amneris84 などで、ぜひご指摘いただきたい。<br />
　<br />
　　　　　　　　　　――＊――＊――＊――＊――＊――<br />
　<br />
　<br />
　ICRPの07勧告で使われている「参考レベル」というのは新しい概念で、実は専門家でも分かっていない人が多いのです。そこでは、人が受ける放射線の状況を<br />
（１）緊急時被曝状況<br />
（２）現存被曝状況<br />
（３）計画的被曝状況<br />
の３つに分けています。（３）は平常時に、放射性物質を管理することで、一般の人の被曝量を１mSv以下になるようにしています。<br />
　不幸にして事故が起きてしまった時には、（１）緊急時被曝状況では２０〜１００mSv/年、（２）事故の場所とは少し離れた地域など、汚染された状況の中で人々が生活しなければならない現存被曝状況では１〜２０mSvを参考レベルとして、この範囲の中でできるだけ「防護の最適化」、つまりできるだけ被曝を制限するように努めなさいと言っています。<br />
　まずは、それぞれの上限を超える被曝をすることになりそうな人を、この範囲に収めるようにする。そのうえで、この範囲でできるだけ低い被曝ですむような対策をすることが求められます。<br />
　ただ、日本では放射線審議会がまだICRPの07年勧告を受け入れる答申をしていません。ですから、今の段階では、この参考レベルはガイダンス、法的な強制力のない基準にすぎません。<br />
　今回の災害で、緊急時被曝状況にある地域では、まだプラントが不安定なこともあり、そこにいる人たちの被曝をできるだけ制限するために、飯舘村などで計画的避難区域が設定されました。<br />
　それより離れた福島市や郡山市も、すでに汚染ができてしまった中で人々が生活をする、つまり現存被曝状況にあるといえます。<br />
　ここで難しいのは、平常時は「公衆は１mSv/年が限度」と言われているので、一般の人には１mSvが安全と不安全の境と思われている、ということです。<br />
　食べ物の出荷制限などでも、ずいぶん問題になりましたが、放射線の場合、「ここからは安全」という線引きはとても難しいのです。我々放射線防護の観点では、１００mSvを超えなければ「確定的影響」はないが、それ以下でも「確率的影響」はあると考えます。そして、浴びる放射線量は少ないほどいい、というのが前提です。<br />
（１）「確定的影響」というのは、大量の放射線を浴びてしまい、体の組織に対してすぐに影響が出ることで、深刻な場合は死に至ります。<br />
（２）「確率的影響」というのは、すぐに身体に影響は出ないけれども、その後何年かして一定の確率でガンを発症する場合などを指します。では、どれくらいの量だったら影響が出るか、という点については、人によって意見が分かれています。５０mSvだという人もいれば、２００mSvだという人もいる。<br />
　同じ量の放射線でも、広島や長崎のように一瞬で浴びた場合と、低い線量で長期にわたって浴びた場合では、影響は異なります。人間には回復能力がありますから、低い線量で長期に浴びた方が、いっぺんに浴びた場合に比べ、その確率的影響は１／２〜１／１０くらい頻度が低くなる、とされています。<br />
　そうは言っても、平時の「１mSvが限度」という概念から比べると、２０mSv/年という数値はとても高い。びっくりするのは当然です。<br />
　私は、福島の学校の子どもたちについて意見をもとめられた時、現存被曝状況を適用して、被曝をできるだけ低くしなければならない、と申し上げました。２０mSv/年というのは、飯舘村の計画的避難が決められた時に用いられました。これを越す可能性がある人たちは避難をしなさいということです<font color="#003366"><font color="#000000">。</font>「それと同じ値を、学校を再開するために、子どもに適用することは反対です」</font>と申し上げました。<br />
　ＩＣＲＰは、大人も子どもも一緒でいい、などとは言っていません。確かに外部被曝の影響は大人も子どももあまり違いは出ていませんが、やはり子どもは感受性が高く、より守らなければならない。他に、妊婦などの感受性を考えなければならない人たちがいます。<br />
　今は、日本人の３分の１がガンで死にます。ガンを発症する理由はいろいろで、多くは何が原因か分からない。私のような年だと、多少放射線を浴びても、それが原因でガンを引き起こす前に、別の理由でガンになって死ぬでしょう。でも、子どもは余命が長い（ので、その間に影響が出る可能性は年長者より高い）。だから、子どもに関しては特にケアしていくべきです。<br />
　なので、まずはモニタリングをきちっとやっていきなさい、と申し上げた。それも学校の１カ所だけで測るのではなく、「校庭も校舎の中もまんべんなく測りなさい」と。それを夏までに環境を変えるための資料にしたい、というのが文科省の立場ですね。<br />
　それはいいのですが、実際に測った値を見て驚いたのは、校庭の線量が高いんですね。３月１５〜１６日に降った雨の影響だと思います。建物があれば屋上や側壁にくっつく分がありますが、校庭はすべてを地面が受け皿になってしまった。文科省が２０mSv/年に達するとして想定した３．８&mu;Svを上回る所もありますね。<br />
　限度を半分の１０mSv/年にすればかなりの数の、従来の１mSv/年にすればほとんどの学校が対象になってしまい、学校が再開できなくなってしまう、ということで、２０mSv/年としたのでしょう。文科省はとても急いでいて、早く原子力安全委員会のお墨付きをちょうだい、という感じでした。<br />
　私は、原子力安全委員会がこの文科省の方針を認める判断をするプロセスには関わっていないので、どのようにして決められたのかは分かりません。ただ、決めてしまったからには、この線量を少しでも下げる努力をすることです。被曝を少なくするためには、高い所から優先的に対応をとっていく。校庭であれば、表土を削ぐくらいはやるべきでしょう。<br />
　ＩＣＲＰの参考レベルは、取り返しのつかない事故が起きてしまった時に、どのように対応するかを考え、そして最終的には元のようにするべくがんばるためためのコンセプトなんです。少しでも汚染があれば人が住めない、というものではないし、そこを離れるには多くのデメリットがあるという人が多いでしょう。なので、まずは２０mSv/年を越えそうな人がいれば越えないように努め、１〜２０mSv/年の範囲の中でできるだけ低いところを参考レベルに設定して、人々の被曝線量がそれより低いレベルになるよう改善を図っていく。<br />
　３月２１日に<font color="#003366">ＩＣＲＰが出した声明も、日本政府に対して、許容線量を２０mSv/年に引き上げろと言ったわけではありません。Ｉ</font>ＣＲＰの勧告では、できるだけlower part（低いところ）を目指せと言っています。１〜２０mSv/年の範囲で、どこを参考レベルに設定するかは、まさに政府の判断です。<br />
　今までは１mSv/年が安全か不安全かの境だと思っている住民に、いきなり２０mSv/年を上限に設定したら、相当混乱するでしょう。特に、子どもに関して、飯舘村で計画的避難の指標として出した２０mSv/年としたら、「とても受け入れられないでしょう」と申し上げた。ただ、ではいくらならよいか、と言われると、これは難しい。５mSv/年とか10mSv/年とか数字を言うのは簡単ですが、その根拠を科学的に説明するのは難しいんです。<br />
　ただ、こうした問題を考える時、人々に「受け入れられる」というのはとても大切です。<br />
　「これ以上だったら絶対に受け入れられない」というレベルと、「これ以下だったら何のためらいもなく受け入れる」というレベルの間には、グレーゾーンとも言うべき「ある程度がまんする」という領域があります。被曝に関して言うと、１００mSv/年以上は絶対に受け入れられないし、１mSv/年以下ならすんなり受け入れられますね。その間の領域でもがまんしてください、と言うことになるわけです。<br />
　ここで用いられるのが、「リスクとベネフィット（利益）」という考えです。人は何らかの利益があると思うから、がまんするんです。リスクよりベネフィットが大きければ、がまんしようと思える。<br />
　たとえば、レントゲンやＣＴなどの医療放射線は、ガンを発見する、というリスク以上の利益がある場合などを言います。そういう利益があるから、放射線を浴びることのリスクもがまんできる。事故が起きた当初、食べ物の放射線レベルをＣＴスキャンと比べて発表していましたが、あれは適切ではありません。今回の事故による放射能汚染は、誰にもベネフィットはありませんから。<br />
　特に、福島の住民の場合、何のベネフィットもありません。利益ではなく、不利益をどうしたら減らせるか、という問題です。例えば、多くの人は仕事などもあるし、簡単に引っ越すわけにはいかない。そういう場合、そこに住み続けることの方が不利益が少ない。あるいは、牛をたくさん飼っている人が、避難すればその牛を安い価格で売らなければならなかったりして、そのためにコストが生じる。それを回避するために、（将来ガンを発症する可能性がないとは言い切れないなどの）リスクを甘んじて受ける、という判断もあるでしょう。子どもの場合は、「学校に行かれなかった時の不利益」や「転校する時の不利益」がありますね。そういう不利益とリスクとのバランスの中で、住民はそこに住み続ける判断するわけです。<br />
　とは言っても、本当はそれを言うのは、すごく酷なことなんです。だって、今回の事故では、何の罪もない人が汚染で影響を受けているわけですから。住民は、「私たちは事故に責任はもない。早く元の状況に戻して欲しい」と思っているでしょう。それは当然なんです。そういう人たちに、普段より大きいリスクを示して、「この程度までだったら許容できるはず」と言うことなんですね。<br />
　でも、実際に取り返しのつかない状況が生じている。それでも、元の場所で暮らすメリット、移転の不便さなどを考えれば、リスクの部分は補償をしてもらおうということで、多くの人がそこに住み続けるわけです。<br />
　だから、せめて被曝ができるだけ低いレベルになるよう、住民の協力も得ながら、精一杯改善を図らなければなりません。子どもについては、校庭の表土を取り除いたり、ドロ遊びをして土が口に入ってしまった、などということがないように気をつける。校庭で遊んだ後、土やほこりが衣服についたまま教室に入って部屋の空気を汚染したりしないように防ぐ。<br />
　子どもだけではありません。そこにはたくさんの人が生活しています。「この辺りは線量が高いのでできるだけ通らないようにしましょう」「しばらくは家庭菜園はやめておきましょう」という情報をこまめに提供して、住民と納得づくで対策を話し合っていくことが大事です。住民が自分の生活を管理していくことも大事なので、こういうことはお上が勝手に決めるのではなく、stakeholder（利害関係人）が参加し、関与し、納得するというプロセスが大切です。ＩＣＲＰも、stakeholderの関与ということを盛んに言っています。<br />
　今回の問題では、県の教育委員会に関与させたのでしょうかが、政府と教育委員会だけがstakeholderなのかな、という気はします。本当は、最大のstakeholderは学校に通う生徒のでしょうし&hellip;。<br />
<br />
　（「当局には、ふだんの２０倍もの高い値を子どもに適用し、リスクを強いているという認識が感じられないのだが」という私の問いに）日本では医療被曝の多さが問題になっています。それに比べれば「１０ミリや２０ミリくらい平気でしょ」「２０ミリくらい浴びても大したことはない」という感覚が、本音のところにあるんじゃないでしょうか。今は原発の事故も収まっていない状況だから、ということもよく言われますが、「火事場だから」というだけでは分かりにくいですね。そういう時でも、住民にはよく説明して、お互いのネゴシエーションの中で対策を決めていく、というのが必要です。<br />
<br />
　（「政府に判断についての説明を求めても、『原子力安全委員会の助言』『原子力安全委員会の助言』と繰り返すばかりだが」という問いに）すべての責任を原子力安全委員会に負わせている感じがしますね。原子力委員会には決定権限はないわけで、<font color="#003366">１〜２０mSv/年の中でどこに設定するか、といった事柄は、まさに国がdecision make（意思決定）すべき問題です。今の状況は、責任あるところが責任あるメッセージを出していない、と思えてなりません。<br />
</font><br />
　（文責・江川）<br />
</p>]]>
        
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    <title>はじめのい〜〜っぽ―特捜検察の取り調べ録音・録画の取り組み</title>
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    <published>2011-05-01T04:01:48Z</published>
    <updated>2011-05-01T08:37:15Z</updated>
    
    <summary>　ようやく日本の捜査機関も、取り調べ過程の可視化に向けて、地味で小さく控えめな、...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[　ようやく日本の捜査機関も、取り調べ過程の可視化に向けて、地味で小さく控えめな、しかし具体的な１歩を踏み出した、と言えるだろう。<br />
　最高検の中に設置された検察改革推進室（林眞琴室長）が４月２６日、改革の第一弾としていくつかの対策を発表。その１つとして、「取り調べの録音・録画の試行に関する運用要領」を作成し、同日付で特捜部のある東京、大阪、名古屋の各地検に送ったことを明らかにした。<br />
　運用要領では、録音・録画によって、調書が適正な取り調べによって作成されたことを立証するだけでなく<font color="#993300">、</font><font color="#003366">「取り調べの録音・録画を行うことは、それ自体が、取り調べの適正を担保することにも役立つ」</font>とプラス面を強調。<font color="#003366">「可能な限り積極的かつ柔軟に取り組むことが肝要」</font>として、前向きに行うよう、現場の検察官の背中を押している。<br />
　これまでも、裁判員裁判対象事件では、取り調べの最終局面で調書の読み上げやそれに関する応答を録画するなど、ごくごく一部の映像記録は作られていた。しかし、それが取り調べのほんの一部であることに加え、いつ収録を行うかは検察官の裁量で決められていることもあり、取り調べ過程を検証可能にするための「可視化」とはほど遠い、と批判されていた。<br />
　大阪地検特捜部の郵便不正事件の捜査では、村木厚子厚労省元局長が偽の証明書の発行に関わったとするストーリーに従った調書が数多く作成されていた。これまでは調書が作成されていれば、被告人が「検察官の誘導があった」などと主張しても、検察官が「適切な取り調べを行った。誘導はしていない」などと証言すれば、裁判所は検察官側の主張を信用する傾向があった。しかし、村木さんに無罪判決を出した大阪地裁は、検察側が申請した43通の調書のうち、34通を証拠採用しなかった。<br />
　この無罪判決と前田恒彦元検事の証拠改ざんを受けて作られた「検察の在り方検討会議」の提言を受け、江田五月法相は４月８日に笠間治雄検事総長に対して、特捜部の捜査については「取り調べの全過程の録音・録画を含めて」試行に取り組むよう指示した。今回の運用要領はその指示を受けて作成されたものだ。試行とはいえ、「全過程」が含められたことで、ようやく「可視化」と呼ぶに値する録音・録画もなされる可能性が出てきた。<br />
　村木さんの裁判で、検察の調書作成の過程で被疑者・参考人を誘導したり、精神的に追い詰めるなどした捜査の実態が明らかにされたこともあり、今後は裁判所の検察側を見る目が厳しくなる、と最高検は危機感を募らせているようだ。被告人が法廷で不当な捜査を主張した場合、録音・録画がされていなければ、調書が採用されず、検察側立証が困難になる事態も想定し、「運用要領」には、次のような指摘もある。<br />
<font color="#003366">「録音・録画を実施しなかった場合には、調書の任意性・信用性等が争われた際に有用な立証方策の1つを失うこととなるおそれがある」</font><br />
　そういう事態を避けるため、弁護人が請求した場合には、極力全過程の録音・録画をするようにするのか？――私のこの質問に対し、記者会見で林室長と同席して説明に当たった片岡弘・最高検検事は、次のように回答した。<br />
「<font color="#800000">それをルールにするということではないが、実際は大きな考慮要素になると思う。</font>ただ、真相解明機能を損なわない、ということが優先する場合もあるということはご理解いただきたい。その場合、立証方法の１つを失うリスクを負うということだ」<br />
　今回の発表で、積極的に録音・録画に取り組むとしているのは、特捜部による独自捜査のみだ。札幌、千葉、京都、福岡などの10地検に置かれている特別刑事部でも独自捜査を行っている。「検察の在り方検討会議」の提言では、この特別刑事部も、録音・録画の試行対象に含めるよう求めている。最高検は「機材が揃っていないこともあり、まずは特捜部から行うことになった」と説明しているが、今後、特捜部と同じような対応をしていくことが求められる。<br />
　というのは、今回行われているのは「試行」であり、１年を目途に、その結果を検証することになっている。意味のある検証を行うには、十分な事例が必要だ。また、できるだけ多くの検察官に「録音・録画を行う取り調べ」に慣れてもらうことで、今後、可視化を法制化していくうえでの抵抗感を薄らいでいくのではないか、と思う。<br />
　問題なのは、今回対象となっているのは逮捕された被疑者のみで、任意の取り調べの可視化が置き去りにされていることだ。郵便不正事件で明らかなように、任意の事情聴取であるにも関わらず、検察側の筋書きに従って事実と異なる調書を作成してしまうケースは少なくない。そうして作成された調書を元に、強制捜査が展開されていくことを考えると、事件によっては任意での事情聴取をきちんと記録しておく必要がある。<br />
　捜査機関がやってくれないならば取り調べを受ける側が、自ら録音機を持ち込み、録音をしておこうとしても、検察官はそれを許さない。本来、任意の取り調べは、あくまで本人の意思が尊重されるべきで、参考人や被疑者が自分で録音することを妨げる法律はない。ところが、実際には検察は録音を許さず、さらには携帯電話の電源は切らせ、荷物を離れた所に置くように命じたりして録音されないように警戒している。<br />
　調べられる側に録音されたくなければ、捜査をする側が求めた場合には録音するなどして、取り調べの状況を後から検証できるような客観的な記録を残すべきだ。<br />
　また、この日の記者会見では、録音・録画と合わせ、特捜部が行う「大規模または複雑困難と認められる事件」の捜査を行う場合は、公判部など特捜部以外に所属する検察官を総括審査検察官に指名することとも明らかにされた。総括審査検察官は、捜査段階で全ての証拠を把握し、主任検察官が適正な判断を行っているかをチェックし、決裁官などに必要な意見を述べ、起訴された場合は、公判主任検事として公判を担当する、という。<br />
　検察内部で上司からの決裁だけでなく、横からのチェックを受ける仕組みとして導入された。ただ、「大規模または複雑困難と認められる事件」という点についての説明は曖昧。考えてから動くのではなく、とりあえず制度を作って、やりながら考えていく、という状況。これも実施というより、どちらかというと試行に近い。法相に期限を切られたこともあるが、とにかくやってみる、という前向きな姿勢は悪いことではない。<br />
　問題は、制度を作った後に、それがどう運用されるか、だ。総括審査検察官を指名するのは当該地検の検事正。それならば、特捜部の検事を直前に公判部に内部異動させたうえで、総括審査官検察官に指名することも可能で、そうなると身内同士で審査したりされたりすることになるわけで、「横からのチェック」にならない。<br />
　その点を質問すると、片岡検事は「危惧はごもっとも」と認めた上で、次のように語った。<br />
「それはダメだというのは、（各検事正に）理解してもらっていると思う。それに、総括審査検察官は自分で公判をやらなければならないので、（不適正な捜査や十分な証拠もないのに起訴すれば）自分が大変な思いをするだけなので（ちゃんとやるだろう）。当該事件の捜査をやっていてイケイケになっている者が指名されるということはない、と信じているが、特捜部の事件捜査を知っているという必要はあり、特捜部経験のある人が指名されることになると思う。現場の人のやりくり、というものもある。ただ、<font color="#800000">急な異動は脱法行為ということで指導する</font>」<br />
　こうして、検察改革は少しだけ動き出した。全面的な可視化が制度として行われるまでの道のりはまだまだ遠いが、「千里の道も一歩から」とも言う。日本の検察も、ようやくこの道に、そろりと一歩を踏み出したことは、意義深い。しかし、１年後に「いろいろやってみたけど、やっぱり可視化はやりません」などという&rdquo;検証結果&rdquo;が出ないように、また次の２歩目を早く踏み出せるように、そして道を踏み外す、などということがないよう、多くの人が関心を持って見つめ続けていくことが大切だと思う。<br />
　最後に、今回の発表についての私の感想を言っておくと、可視化に関しては、予想していたよりも最高検は積極的な姿勢を示したな、という感じがする。「嫌だけどやれって言われたから仕方なくやる」というのではなく、録音・録画は検察側にとっての立証手段でもある、という認識が盛り込まれたのは、評価していいと思う。<br />
　とはいえ、先に述べたように課題も多く、１年後の「検証」をどうするのか、ということも気になる。いくら最高検がこのような改革策を出しても、実際に現場で取り調べを行う検事の中には、裁判所に任意性を否定されても全く意に介さないような人もいる。それを考えると、あまり楽観はできない。<br />
　「おのおの方、油断召されるな」<br />
　そんな気持ちで、私自身もこの取り組みの結果をしっかり見ていきたい。]]>
        
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    <title>やっぱり可視化は必要だ〜陸山会事件第9回公判傍聴記</title>
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    <published>2011-04-24T12:08:14Z</published>
    <updated>2011-04-24T13:20:41Z</updated>
    
    <summary>　４月２２日に行われた陸山会事件の第９回公判。検察側証人として出廷した検事が、取...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　<strong><font color="#003366">４月２２日に行われた陸山会事件の第９回公判。検察側証人として出廷した検事が、取り調べ中に作成したメモを、被疑者の面前で破り捨てたことを認めた。３人の裁判官たちはこの事実に強い反応を見せ、口々に「なぜ破ったのか」「どのようにして破ったのか」「あなたはその時に興奮してたのか」などと検事を追及。郵便不正事件の裁判では大阪地裁の裁判官たちが、公判前にメモを廃棄したことについて取り調べ検事に鋭い質問を浴びせていた。東京でもメモの扱いを巡っては、裁判官が敏感に反応するようになってきたのだろうか&hellip;。<br />
</font></strong>　<br />
　この日検察側証人となったのは、石川知裕議員の取り調べを行った吉田正喜検事（当時、東京地検特捜部副部長）。石川議員の取り調べは田代政弘検事が担当していたが、水谷建設からの５０００万円を受けとったのではないかという追及に石川議員が否認を続けていたため、この点に限って副部長が取り調べることになった。<br />
　単なる認識の違いや形式的なミスに過ぎないと主張されることが予想される政治資金報告書の記載の石川議員を自白に追い込めれば、小沢氏を巻き込む５０００万円の贈収賄事件に発展する可能性がある、ということで、副部長を投入することになった、と思われる。<br />
　しかし、吉田検事の取り調べでも、石川氏は否認を続けた。<br />
　この取り調べの状況について、検察側主尋問を行ったのは、４人の検察官団の中で、恰幅といい存在感といいいかにも親分格の斎藤隆博検事。その問いに答えて、吉田検事は次のように述べた。<br />
「証拠を改めて精査したが（５０００万円を受けとったのは）間違いないと思い、『あなたの弁解を無視しているわけじゃない。証拠を精査したが間違いない。本当のことを話してください』と言った。すると、石川さんは興奮して『川村を呼んでください』と言い始めたので、私は『そういう話じゃない。私が証拠を精査したのに、それを信用しないんですか』と言った。この時は、少し声が大きくなったかもしれない」<br />
「『石川さんは不正な金は一切受けとっていないのか』と聞いたら、『議員になってから不正な金を何度か受けとっています』と認めた。詳細に聞いたわけではないのに、（石川議員の方から自発的に）『ある支援者から平成１９〜２０年に合計１５００万円の金を受けとっています。議員活動を期待しての裏金ですから賄賂と思っています』と語った」<br />
　この「賄賂」という言葉は、石川議員自身の方から出たことを強調。<br />
「職務権限も分からない漠とした話ですから（私の方からは）言えません」<br />
　この１５００万円については、調書化された。そのいきさつについて、吉田検事は次のように語った。<br />
「この取り調べより先に、石川さんの女性秘書の取り調べがあった。それが問題となり、弁護士から抗議書が来た。そのことについて『石川さんはどう思っていますか』と聞くと、石川さんは『（女性秘書は）私をかばおうとして、がんばっちゃってるんですよ。私が話して認めているんだから、そんなにがんばらないでいい、と伝えてください』と。私は『それなら、弁護士さんに話したらどうか』と言ったのですが、石川さんが『（本人に）伝わるかどうか分かりませんから』と言うので、『じゃあ、認めているということで簡単な調書を作っておきましょうか』ということで、作成することになった」<br />
　検察側としては、この調書を作成することで、石川議員がこの取り調べを乗り切って国会議員を続けることを断念させ、一気に水谷建設からの５０００万円を認めさせようという意図があったようだ。吉田検事は、捜査の手法について、こう語った。<br />
「人が不正行為を認めるのは、勇気がいる。取り調べは、できるだけその勇気を与えて上げること。正面から事実を認めて欲しいが、いきなり（水谷の）５０００万円ということではなく、周りを詰めていくこともある」<br />
　しかし、吉田検事が意図したように取り調べは進まなかった。そんな中で、吉田検事はメモを破ったことを、主尋問の中で認めた。<br />
<br />
　検察官「それ（石川議員が支援者から受け取った金）については記録したのか」<br />
　吉田「手元のコピー用紙に箇条書きで書いた」<br />
　検察官「そのコピー用紙はどうしたか」<br />
　吉田「最後の取り調べかその前に破ってしまっている」<br />
　検察官「なぜか」<br />
　<strong><font color="#003300">吉田「その後の取り調べでも、石川さんは水谷建設の５０００万円を否認し、『私は正直に話してます。不正な金をもらったことも正直に話しているじゃないですか』と言い続けた。自分の不正を話していることを心の支えにしてがんばり通そうとしていると思い、『これは関係ないんですから、水谷のことを話してください』と言って紙を破りました」</font></strong></p>
<p>　続く反対尋問で、石川議員の弁護人は、支援者から１５００万円を受けとったことについて「あなたが通帳を示して、『こんな金もあるじゃないか』と攻めたのではないか。賄賂という言葉も、本当に石川自身の口から出たのか。１５００万もの賄賂を受けとったとなれば、実刑になる。そんなことを被疑者が自らベラベラしゃべるとは思えない」と反論したが、吉田検事は「本当です」と証言。話は平行線に終わった。石川議員の弁護人は、このような質問より主張が中心の&rdquo;弁論的尋問&rdquo;が多く、これまでも検察側証人の反対尋問では、こうした平行線が続いていた。証人が答える前から、「否定するなら否定していいですよ」と決めつけることもしばしば。証人から何かを引き出したり、矛盾をあぶり出すより、少しでも多く石川議員の主張を裁判官に聞かせたい、ということなのだろうか&hellip;<br />
　<strong><font color="#800000">絶対に交じり合うことのない平行線的尋問を聞くたびに、取り調べ課程がきちんと可視化されていれば、こういうやりとりはなくなり、もっと効率的な審理ができるのに、と思う。<br />
</font></strong>　<br />
<strong><font color="#000000">　その後行われた裁判官たちによる尋問では、弁護人が関心を示さなかった、吉田検事のメモの扱いについて質問が集中した。<br />
　まず藤原靖士左陪席裁判官。<br />
左陪席「メモを破った件ですが、石川被告人の面前で破ったんですか」<br />
吉田「メモを呼べるものかどうかは分かりませんが&hellip;」<br />
左陪席「破った理由は？」<br />
　吉田検事が、主尋問と同じ答えを繰り返すと、左陪席裁判官はさらに問いを重ねた。<br />
</font></strong><strong><font color="#000000">左陪席「話をして説得するだけではなく、メモを破る必要性はあったのか」<br />
吉田「石川さんは、『このメモがあるから（水谷の５０００万円は受け取ってないと）信じてください』と。こっちがあるからこっちも真実ということにはならないだろうということで&hellip;」</font></strong></p>
<p><strong><font color="#000000">　このやりとりを登石郁朗裁判長が引き取り、質問を始めた。<br />
</font></strong><strong><font color="#000000">――自分の不正について話しているのだから、他のことも信じて欲しいというのは、理屈としてはありえますね。<br />
吉田「一般的な理屈としては」　<br />
――自分の不利なことを話しているものを、なぜ破くという行為になるのか。<br />
吉田「水谷の５０００万円は大久保の指示でやった小沢事務所の件。一方１５００万円他何件かは、石川さん個人のこと。否認しているのは小沢事務所のことで、一般的な理屈とは違う。これは関係ないことを示すパフォーマンスということで&hellip;」<br />
――そのように説得するにとどまらず、破くというのはどういう意味か。<br />
吉田「箇条書きにしている紙があり、石川さんもそれに目をやって、（５０００万円を否認する）よすがになっている。よすがを取り除くという意味」<br />
――あなたはかなり興奮していたのか。<br />
吉田「興奮っていうか&hellip;興奮はしてないと思うが、興奮していたかもしれない」<br />
――相手を説得するのは分かるが、紙を破くというのは別の話だ。<br />
吉田「あくまで箇条書きにしただけものも。誰々、いくら、と書いてあるだけ。石川さんに本当のことを喋ってもらうためのテクニックというか」<br />
――それで話したくない気持ちが変えられるかも、と？<br />
吉田「はい」<br />
――興奮していたというよりテクニックなのか<br />
吉田「複合的なもの」<br />
　<br />
　続いて市川太志右陪席裁判官。<br />
――メモはびりっとやぶったのか。どのような態様で破いたのか。<br />
吉田「普通に裂いた」<br />
――少し持ち上げて？<br />
吉田「置いたままでは破けない」<br />
――相手に見せつけるように？<br />
吉田「それは、そう」<br />
</font></strong><strong><font color="#000000">――気の弱い被疑者であれば、目の前でびりっと破られれば、検事さんを怒らせてしまったのではないかと思うのではないか。そういうことは気にならなかったか。<br />
吉田「必ずしも気の弱い被疑者ということはないので、そういう意識はなかった」<br />
　<br />
　再び裁判長。<br />
――メモを破った時には、両者の間に緊張感のようなものがあったか。<br />
吉田「石川さんの取り調べは、あまり緊迫感はなかった。石川さんが『ワッハッハ&hellip;』と笑ったのを覚えている。弱い立場の被疑者という意識はない」<br />
</font></strong><strong><font color="#000000">――興奮とテクニックと半々ということだが、破くことで何か効果を期待できるのかな。<br />
吉田「私は一定の効果があると思った&hellip;外れましたけど」</font></strong></p>
<p>　同じような質問が繰り返されていることなどからも、裁判官たちが、吉田検事の説明に、どうしても納得できないでいることが伝わってきた。<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　この日午後の法廷では、石川議員の女性秘書Ｕさんが弁護側証人として出廷。民野と名乗る検事に呼び出され、弁護士に連絡を取ることも許されず、長時間の取り調べを受けるなど、検察に不当な捜査を受けたと訴えた。<br />
　弁護人の問いに答えてＵさんが語ったところによれば、押収品の返却のために平成22年１月26日午後１時に東京地検に赴いたところ、証拠隠滅容疑の被疑者として取り調べを受けた。「弁護士に連絡させてください」と頼んだが、「すでに弁護人専任届けを出した弁護士でなければ、そういう権利はない」と拒否された。「あなたを逮捕できる情報を手にして調べているんだから、自分から話をして罪を軽くしなさい」と言われたが、何について聞かれているのか分からなかった。<br />
　「石川の政治生命は終わりなのだから、庇う必要はない」などと言われ怖くなったが、検事からは具体的な質問はされず、ただ「話なさい」としか言われなかったので、何のことか分からず、黙っていた。夕方には子どもを保育園に迎えに行かなければならないので、「５時にここを出られるよう約束してください」と頼んだが、「人生そんなに甘くない。あなた次第だ」と言われた。さらに、子どもたちのことについて「この子たちが保育園で『犯罪者の子どもだ』と言われたら、どんな気持ちになるんだろうね」と言われ、絶望的な気持ちになった。<br />
　その間、男性の事務官が同席していたが、しだいに居眠りを始め、途中からは机の上に足を投げ出すようにして眠りこけていた。それを見ながら、Ｕさんは「こういう人にも残業代は出るのかな。この人たちは私に何かを聞きたいわけじゃなくて、ただここに閉じ込めておきたいだけなんだ」と思った、という。<br />
　休憩を申し入れても認めてもらえず、もうこれでは倒れてしまうと思い、カバンから携帯を出して弁護士に連絡を取った。検事は「石川がどうなってもいいのか」と怒鳴っていたが、朦朧としていて、とにかくここから出して欲しい一心だった。弁護士から「帰っていいんだ」とアドバイスされたので帰ろうとしたら、それでも検事は目の前に立ちふさがって「帰れるだけないだろう」とすごんだ。結局、解放されたのは午後11時だった。「任意」の取り調べは１０時間も続いたことになる。<br />
　「今思えば、私を拘束することによって石川に与える心理的プレッシャーを考えていたのかもしれない」とＵんは主尋問での証言を締めくくった。<br />
　<br />
　続いて、検察側の反対尋問は市川宏検事。４人の公判検事の中でも、常に沈着冷静。感情を表に出さず、丁寧に、かつ理詰めで攻めるタイプ、という感じだ。<br />
――この日は夕食もとれなかった、と言いましたね？<br />
「はい」<br />
――実際には、事務官がサンドイッチを買ってきたのではないですか。<br />
「覚えていません」<br />
――呼び出しの電話では、押収品を返すと言ったのですか。<br />
「はい」<br />
――実際には、民野と名乗る人は、ほかに「あと少し確認したいこともある」と言ったのではないですか。<br />
「聞きたいことがあるとは言っていたと思う」<br />
――取り調べでは具体的な質問はない、ということでしたね。<br />
「はい」<br />
――実際には、関連政治団体の寄付処理について聞かれたのではないですか。<br />
「具体的な口座名をおっしゃらなかったので、私は分かりません」<br />
<br />
　このような形で、主尋問の証言を少しずつ修正させ、その後で石川議員の政治団体の預金通帳のカラーコピーと白黒コピーを示した。カラーコピーは、検察が押収した時の預金通帳の写し。それとは別に、石川事務所からは通帳の白黒コピーが押収されていて、そこには入金や振り込みの横に、支援者の名前などの書き込みがされていた。押収した預金通帳にはその書き込みがなかったことから、不利な証拠になるので誰かが意図的に消した、と検察は見ていたようだ。<br />
――取り調べの際に、これを示されたのではないですか。<br />
「民野検事は、こういうサイズの通帳のコピーは持っていた。見せてくれとお願いしても見せてくれなかったので、分かりません」<br />
――それで、何を聞かれましたか。<br />
「具体的なことは聞かずに、自分から言った方が罪が軽くなると」<br />
――特定人物の書き込みをあなたが消したんじゃないかと、聞かれませんでしたか。<br />
「そういうことを聞いてくれれば対応しました」</p>
<p>　弁護側の異議で、裁判長はそれ以上通帳のコピーを証人に示すことは禁じたが、尋問の続行は許可した。<br />
　市川検事は、個人名は伏せつつ、５件の振り込みや入金合計６５０万円の例を挙げ、それをＵさんが通帳から消したのではないかと、民野検事から聞かれたのではないか、と問うた。<br />
　Ｕさんは、「具体的にそういうことは聞かれません」と否定。<br />
　ただ、こうしたやりとりになると、Ｕさんは証言をしてよいものかどうか迷うのか、何度も弁護人の方を見たり、証言を渋ったりした。検察官からは「証言を回避している態度が見られる」と指摘され、裁判長からも「弁護人の方を見ないで」「記憶に従って述べてください」と何度か注意を受けた。こうした証言をためらう態度によって、主尋問での証言のインパクトも、かなり減殺された印象だ。石川議員の弁護人は、反対尋問を想定してろくに打ち合わせをしないまま、Ｕさんを法廷に送り出したのだろうか。<br />
　いずれにしても、検察側の見方とＵさんの証言は、平行線のまま終わった。このＵ証言の信用性についても、取り調べの課程を録音なり録画なりしておけば、容易に判断できる。録音があれば、おそらくＵさんを証人として引っ張り出す必要もなかったのではないか。<br />
<br />
　江田法相は、最高検に対して、特捜部などの独自捜査では、取り調べの全過程を含む録音・録画の試行を行うよう指示した。しかし、Ｕさんのように任意の取り調べでは、試行すら行われない。取り調べを受ける側が、自ら録音機を持ち込んで録音することを禁じる法律がないことは法務省も認めているが、検察は「庁舎管理権」を盾に録音を認めない。<br />
　Ｕさんの場合も、携帯電話は電源をオフにさせられ、小物入れのバッグは遠くに離しておくように命じられている。密かに録音されることを警戒してだろう。<br />
　しかし、録音記録がないことで、このように真相解明に支障が生じている。<br />
　<br />
　<strong><font color="#800000">せめて、本人が音声記録や映像記録を求めている被疑者については、任意であっても、身柄を拘束されていても、録音・録画を行うという制度を、早く作るべきだ。<br />
　そうでなければ、法廷でこういう平行線が続くだけだ。後は、想像で「この人は信用できるっぽい」「いや、あんまり信用できそうもない」と判断するしかない。そこには、どうしても主観が入ってしまう。<br />
</font></strong>　<br />
　それにしても、陸山会事件とは何だったのだろうか。小沢氏の３人の元秘書は、政治資金収支報告書への４億円の記載を巡って起訴されたはずなのに、それ置き去りにされ、どんどん事件が拡散している。検察側は水谷建設からの５０００万円を強調し、まるで実は贈収賄があったかのように印象づけ、さらには石川議員の政治資金を巡る問題まで法廷に持ち出されている。<br />
　小沢氏に連なる人たちは、何か怪しい、何か隠している、けれども結束力が強くしっぽを出さない――そんな雰囲気作りだけが、着々となされている感じもする。<br />
　検察側と弁護側の力量の差ゆえなのか、裁判長の訴訟指揮によるものか、その辺はよく分からないが、果たして刑事裁判の在り方として、こういうことでいいのだろうか&hellip;&hellip;。</p>]]>
        
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    <title>同時に裁かれる特捜〜石川知裕議員らの初公判を傍聴して</title>
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    <published>2011-02-09T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-02-09T10:11:45Z</updated>
    
    <summary>　政治資金規正法違反の裁判だというのに、検察の冒頭陳述はまるでダム建設の受注を巡...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[　政治資金規正法違反の裁判だというのに、検察の冒頭陳述はまるでダム建設の受注を巡る汚職事件のようだった。嫌疑がはっきりしているなら収賄罪で立件すべきで、それができないものを、被告人らの悪いイメージをかきたてる印象操作に利用するというのは、フェアと言えるだろうか。<br />
<br />
　弁護人の冒陳で驚いたのは、大阪地検から応援で派遣された前田恒彦元検事（証拠隠滅で起訴）が、大久保隆規元秘書を約２週間にわたって取り調べた際、ほとんど検察事務官を同席させることなく、完全な密室状態だった、ということだ。そこで前田元検事は、時に号泣するなど不可解な言動もあった、という。<br />
<br />
　さすがに検察側はこの調書の証拠請求を撤回したが、弁護側主張が事実なら、東京地検特捜部はなぜこのような取り調べを許していたのか、説明を聞きたい。<br />
<br />
　また、石川知裕衆院議員の女性秘書に対する事情聴取は、任意であるはずなのに、子どもを保育園に迎えに行くことも電話をすることも許さず、10時間にわたる威圧的なものだった、と弁護人は主張。池田光智元秘書の弁護人も、調書への署名を迫った検察官から「署名しなければ保釈されない」「署名すれば悪いようにしない」などと取り引きめいた発言があったと指摘した。<br />
<br />
　石川議員が、保釈後に受けた取り調べを録音した内容も印象的だった。検察官がしきりに、捜査段階の供述を変更すると小沢一郎民主党元代表に不利になる、という趣旨の話を執拗に繰り返している。石川議員が、いくら「（小沢氏に借り入れた）４億円を隠すために時期をずらしたわけではない」と説明しても、検察官は聞き入れない。３時間半後には石川議員も「分かりました。忸怩たる思いが&hellip;仕方ないです」と主張を通すことを諦めたようだ。<br />
<br />
　こうした状況からは、検察側の筋書きに沿わない調書は絶対に作成したくないという検察側の強い意志が伝わってくる。大阪の郵便不正事件でも、検察の筋書きに合わない供述は調書にしてもらえない、という問題があった。特捜検察に共通する問題かもしれない。<br />
<br />
　今後の公判では、取り調べ検事も出廷する。被告人３人だけでなく、特捜検察の捜査手法も同時に裁かれている、と言えるだろう。]]>
        
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    <title>これでいいのか、検察審査会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.egawashoko.com/c006/000326.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.egawashoko.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=326" title="これでいいのか、検察審査会" />
    <id>tag:www.egawashoko.com,2010://1.326</id>
    
    <published>2010-07-23T09:23:04Z</published>
    <updated>2010-07-24T02:34:19Z</updated>
    
    <summary>　東京都内の飲食店経営会社の社長から現金約30万円を脅し取ったとして６人が恐喝で...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[　東京都内の飲食店経営会社の社長から現金約30万円を脅し取ったとして６人が恐喝で逮捕され、不起訴となった事件で、東京第４検察審査会は、この会社の役員1人について「起訴相当」とする議決をした。<br />
　東京地検はこの６人を、「起訴猶予」にしていた。犯罪としての要件は満たすけれど、あえて起訴するまでもないという判断だ。この点で、犯罪事実の立証そのものができなずに「嫌疑不十分」で不起訴とした民主党の小沢一郎氏の政治資金を巡る事件とは、大きく異なる。<br />
　今回の事件は、元はと言えば店の共同経営者同士の利益の配分を巡る民事上のトラブルであるし、被害金は返却されている。さらには逮捕後の被疑者の態度なども考慮されたはずだ。検察はわざわざ国費を使って裁判にして犯罪者を増やすほどの意味はない、と判断したのだろう。<br />
　一方の検察審査会は、被害者の主張を重視し、その被害感情を汲み取って、検察の判断に異を唱えた。被害者側からすれば、被害者重視の「市民感覚」によって検察審査会が存在感を発揮した、と言うことになる。<br />
　検察側はもっと被害者が納得するような対応なり丁寧な説明なりをしなければならない、という「市民感覚」による意思表示とも読める。<br />
　<br />
　ただ、議決はそれだけで終わらなかった。<br />
　検察審査会の議決要旨は、「起訴相当」の結論を書いた後、わざわざ民主党の横峯良郎参議院議員の名前を挙げて、捜査批判を行った。<br />
　まず、横峯議員は＜いわば参謀のような活動をしており、深く犯罪に関与している＞と断定。それにも関わらず、取り調べ対象にならなかったことについて＜弱い立場にある者だけが捜査の対象になっているのである。余りにも不公平で適正を欠く＞と捜査を非難し、そのうえで＜捜査機関は国民の信頼や期待を裏切ることのないよう厳正公平に捜査を行っていただきたい＞と注文をつけた。文章に、憤懣やるかたないといった感情がほとばしっている。<br />
　検察審査会は捜査の全課程を検証する機関ではなく、求められているのは検察の不起訴処分に対する判断だ。そもそも横峰氏は、被害者からの告訴対象にもなっておらず、今回の審査対象でもない。そうした人物について、ここまで言及したことに、「踏み込みすぎ」という批判も起きている。<br />
　小沢氏を巡る事件でもそうだったが、政治家、とりわけ与党議員の名前が出てくると、検察審査会のメンバーは俄然、使命感をかき立てられるのだろうか、ついつい前のめりになり、感情的な発言も多くなるようだ。<br />
　この東京第４検察審査会は、４月下旬に鳩山由紀夫首相（当時）の資金管理団体で虚偽の収支報告書が作成された件で不起訴となっていた鳩山氏に関し「不起訴相当」の議決をしている。その議決要旨の最後に、政治資金規正法が＜政治家に都合のよい規定になっている。選任さえ問題がなければ監督が不十分でも刑事責任に問われないというのは、監督責任だけで会社の上司等が責任を取らされている世間一般の常識に合致していないので、本条項は改正されるべきである＞という意見が強く主張された旨の付言がある。<br />
　鳩山氏を「起訴相当」にできないことへの無念さがにじみ出ている議決をした当時のメンバーが、この検察審査会にはまだ半分残っている。その無念さが、横峯氏は「与党の議員＝強い立場」だから捜査対象にならなかった、という見方につながり、捜査機関への憤りとなって噴き出したようにも思える。<br />
　そういう事情が背景にあるとすれば、横峯氏の名前がなければ、検察審査会がこれほど被害者に感情移入しただろうか、という気もしてくる。検察側の判断に異議を申し立てるにしても、「起訴相当」までいかずに、「不起訴不当」程度で済んだのかもしれない&hellip;&hellip;これは、私の想像に過ぎないのだが。<br />
　<br />
　閑話休題。政治家は、一般市民よりはるかに厳しくその言動をチェックされるのは当然だ。<br />
　横峯議員に関しては、私自身も、この事件への関与が取りざたされた後の態度は必ずしも誠実とは言い難い印象が残っている。そもそもトラブルが起きている先に、プロレスラーを紹介するという発想が、理解しがたい。また、彼が参議院議員にふさわしい仕事をしているのかについても、疑問を抱いている。なので、国民から様々な批判を受けたり、メディアに報じられたりしたからといって、かばい立てをしたいとは全然思わない（もっとも、衆議院が解散された２日後、逮捕された６人はすでに釈放されているにもかかわらず、２つの週刊誌に横峯氏の関与が報じられたことには、総選挙を前にした警察の意図的なリークの臭いもするのだが）。<br />
　しかし刑事責任は、道義的責任、民事責任、あるいは政治的責任とは別に考えるべきだ。<br />
　起訴をすれば、法廷で検察側は証拠に基づいて有罪を立証していかなければならない。裁判の場では、雑誌など報道から得た情報や印象などは排除される（ことになっている）。そういう中で有罪判決が得られる見込みがなければ、検察は起訴はしない。<br />
　小沢氏を巡る二つの議決といい、今回といい、検察審査会のメンバーは、刑事責任の意味や裁判での立証などについて、どの程度事前にレクチャーを受け、理解していたのだろうか、という疑問がわく。<br />
　裁判員制度は、初めて導入されることもあって、事前に模擬裁判を重ねるなどの準備を行った。予断を持った人は裁判員に選ばれないようにする仕組みもある。そのうえで、実際の裁判の前に、法廷に出された証拠のみで判断するように、裁判員たちにレクチャーがなされている。<br />
　一方の検察審査会は、制度としては以前からあった。なので「起訴相当」の議決２回で強制起訴とすることになり、権限が大幅に強化された時にも、裁判員制度の導入ほど注目もされず、事前にどのような準備が行われたのか、よく分からない。<br />
　審査にあたって、予断を持つ人が排除されているのかも、分からない。事前にどのようなレクチャーがなされているのかも分からない。どういう証拠に基づいて判断したのかも分からない。検察官が呼ばれて説明をしたのかどうかも、その説明内容も分からない。補助員の弁護士がどういう意見を述べたのかも分からない。それどころか、議決文全文も明らかにならない（発表されるのは、あくまで「要旨」だ）。<br />
　裁判員は本人の意向を確認したうえで、匿名のまま裁判終了後に記者会見で感想などを述べることがあるが、検察審査会の場合は、それもない。<br />
　最終的に無罪となったとしても、誤った起訴をされて刑事被告人となるだけで、一般人の場合は職を失うこともあり、公務員でも休職を強いられ、政治家は政治生命を失いかねない。起訴の権限を持つということは、それだけ重い責任を負うということだ。<br />
　先日、金沢地裁で盗難クレジットカードを使ってコンビニのＡＴＭから現金を引き出した、として窃盗罪で起訴された男性が、鑑定の結果犯人とは別人と証明され、検察側は無罪の論告をし、謝罪した。<br />
　「嫌疑不十分」で不起訴となった人が、検察審査会で２度の「起訴相当」を経て強制起訴された場合、裁判で無実が明らかになったら、どうするのだろう。<strong><font color="#ff0000" size="4">検察審査会によって、間違った起訴がなされた場合、いったい誰が責任をとり、誰がどのように謝罪するのか。</font></strong>損害を回復するための措置を、誰がどのようにしてやってくれるのか。<br />
　強い権限と重い責任を担っている検察審査会のあり方が、果たして今のように不透明でいいとは思えない。予断を排し、証拠のみによって審査を行う工夫や、検察官や補助員弁護士の説明や証拠の標目は公開するなど、改善すべき点は少なくない。早急に、検察審査会の問題点を洗い出し、よりよい制度にするための議論を始めるべきだ。<br />]]>
        
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    <title>ツイッターについて</title>
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    <published>2010-06-22T02:20:40Z</published>
    <updated>2010-06-22T02:21:51Z</updated>
    
    <summary>　私のツイッター・アカウントはこちらです http://twitter.com/...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="お知らせ" />
    
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    <title>郵便不正事件・倉沢被告への判決を読んで</title>
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    <published>2010-04-27T08:53:51Z</published>
    <updated>2010-04-27T13:46:22Z</updated>
    
    <summary>　　実にスカッとしない良い判決だ――郵便不正事件で、自称障害者団体「凛の会」元代...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
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            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　　<font color="#ff00ff" size="5"><strong>実にスカッとしない良い判決だ</strong></font>――郵便不正事件で、自称障害者団体「凛の会」元代表・倉沢邦夫被告に対する大阪地裁の判決を読んでみて、しみじみそう思った。<br />
　スカッとしないのに良い、と感じたのはなぜか。それはあとでゆっくり述べるとして、裁判所は、偽の公的証明書作成に関与したとする虚偽有印公文書作成・同行使罪については倉沢被告に無罪を言い渡した。<br />
　倉沢被告は、裁判で捜査段階での検察官調書と異なる供述をしているが、判決はいくつもの点で調書の信用性に疑問を呈している。とりわけ、厚生労働省元局長の村木厚子被告（事件当時は課長）が倉沢被告の求めに応じて、郵政公社の幹部に電話をしたという部分については、倉沢調書は「不自然」とまで言い切っている。<br />
　公判での供述・証言より供述調書の方が信用できるとする主張を退けられた検察側は、審理が終盤に入っている村木被告の裁判でも、一層苦しい立場に追い込まれた、と言える。<br />
　ただ今回の判決は、村木被告が偽の公的証明書に関わっていない、とは言っていない。その点についての判断はせず、事件の真相を解き明かしてはいない。<br />
　そういう点で、実にスカッとしない。けれど、そこが今回の判決のいいところだ。</p>
<p>　公判で被告人が捜査段階の自白調書を否認しても、任意性・信用性ともに認められて、検察側の主張をベースに有罪判決が下されるというのは、刑事裁判でよくあるパターン。そういう場合は、調書は「信用できる」、被告人の公判での供述は「信用できない」と決めつけるので、判決は実に明快だ。有罪という結論が決まれば、その結論を支える証拠を選択してつなぎ合わせたり、証拠を結論に合わせて解釈していけば、首尾一貫したストーリーができあがる（無罪の結論ありきで判断が行われることは、希有だろう。例外的に思い浮かぶのは、真犯人が現れた富山冤罪事件やＤＮＡ鑑定で無実が判明した足利事件の再審裁判くらいだ）。<br />
　一方、今回の事件では、検察官調書を信用性あるものと受け止めることに、裁判所が強いためらいを覚えている様が、判決文の端々から感じられる。倉沢公判は、村木公判とは証拠も証人も異なり（同じ証拠もある）、別事件として裁かれているものの、裁く裁判官は同じ。いくら別事件として審理しても、裁判官だって人間だ。村木公判では多くの関係者が捜査段階とは異なる証言を行い、検察官があらかじめ決められたストーリーに沿う供述を強いたかと述べ、しかも検察官は誰一人として取り調べメモを残しておらず、机を叩いたり大声を張り上げたりといった&rdquo;威嚇的取り調べ&rdquo;が一部であったことを認めている。そういう情況を目の前にすれば、裁判官だって、いつものように検察官調書の信用性を簡単に認めることはできない、という心理は働くだろう。<br />
　かといって、村木公判と違って、倉沢公判では上村被告らの証人尋問を行っておらず、提出された証拠の範囲で判断をしなければならない。そのため裁判官としては、証人尋問を行っておらず、倉沢被告が同意している関係者の調書を排除することはできかねるし、被告人の調書もハナから信用できないとは言えない。<br />
　そんな中、一つひとつの争点について、裁判所は証拠を丹念に精査。ある証拠をみれば「被告人の検察官調書の供述記載の信用性を相当程度確保しているともみえる」としながら、別の証拠を見ると「公判での供述を排斥することはできない」と考える。そうやって、いろんな証拠を検討したうえで、捜査段階に疑いの余地があるかどうかを判断していった。すると、捜査段階の供述「疑いを入れる余地」「合理的疑い」が残るということが分かってくる。<br />
　そうした判断を積み重ねていったところ、倉沢被告は「凛の会」が障害者団体としての実績がないことは認識していたものの、公的証明書を得るための具体的な作業は同会の実質的な主宰者である河野被告がやっていることもあって、厚労省側が正規の手続きを経ないで偽の公的証明書を出したのか、それとも厚労省側も河野被告にだまされて正式な証明書を出してしまったのか知らなかった可能性もある。<br />
　要するに、真相はよく分からない、というのが、倉沢公判での裁判所の事実上の結論だ。<br />
　こういう状況では、公的証明書の作成権者である村木被告が偽の証明書と知りつつ作成に関与したと、倉沢被告が認識しているとは判断できない。<br />
　なので、「被告人のなした行為は、社会的には不相当で非難されるべきものではあるが、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになる」として無罪としたのだ。<br />
　<br />
　検察官が「<font color="#ff0000" size="5"><strong>合理的疑いを超える証明</strong></font>」をしなければ、裁判所は有罪判決は出してはならない、というのが刑事裁判の原則。私たちは学校で「<font color="#993300" size="5"><strong>疑わしきは被告人の利益に</strong></font>」と習った。今回の判決は、この原則に忠実に、争点一つひとつについて、検察官が「合理的疑いを超える証明」を行っているかを吟味している。<br />
　もっとも、これではいったい何が真相なのか分からない。<br />
　事実が未解明なのは、実にモヤモヤした後味の悪さが残る。分からないものを分からない、と認めるのは、あまり気分がいいことではない。そういう感情は、裁判官だって同じだろう（と私は思う）。できれば、「事実はこうだ！」というスカッとした判決を書きたいに違いない（と私は想像する）。かなり強引に事実認定をしてしまう裁判が少なくない背景には、そういう裁判官の心理も影響しているのではないか（と私は推測している）。<br />
　今回、大阪地裁の第12刑事部の裁判官たちが、そういう誘惑に抗し、刑事裁判の原則に従った慎重な判断に徹したのは、やはり村木公判での証人尋問で、大阪地検特捜部の捜査のひどさを目の当たりにしたことが大きいだろう。<br />
　だからこそ、全国すべての裁判官たちに村木公判に注目して欲しい。そこで語られた検察の取り調べの実態を見れば、安易に検察官調書の任意性や信用性を認め、それに乗っ取ってスカッとした判決を書くことが、どれほど危ういのか、分かるはずだ。<br />
　<br />
　私たちは、つい司法に「真相解明」を求めてしまいがちだ。けれども、それは本来の裁判所の役割とは違う。大切なのは、「真相はこうだ！」といったスカッと明快な事実認定をすることではなく、検察側が「合理的疑いを超える証明」をちゃんとしているかどうかをチェックすることだ。そういう裁判所の本来の役割、そして刑事裁判の原則を、今回の判決は私たちに思い起こさせてくれた。<br />
　そういう意味で、私は「スカッとしない良い判決」だと感じたのだ。<br />
　おそらく、村木被告の裁判においても、この裁判官たちは、スカッと真相を解き明かすより、検察の立証が「合理的疑いを超える証明」になっているか、一つひとつ丹念に検討する判断をするのではないか。<br />
　それこそ、まさに私たちが裁判所に本来期待すべきことだと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    </content>
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    <title>『検察が危ない』を読んで</title>
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    <published>2010-04-20T10:07:50Z</published>
    <updated>2010-04-20T10:47:11Z</updated>
    
    <summary>　元検事でコンプライアンスの専門家の郷原信郎氏の新著『検察が危ない』（ベスト新書...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　元検事でコンプライアンスの専門家の<font color="#800000" size="4"><strong>郷原信郎氏</strong></font>の新著<font color="#ff0000"><strong><font size="5">『検察が危ない』</font><font color="#800000" size="4">（ベスト新書</font></strong></font><font color="#800000" size="4">）</font>を読んだ。<br />
　一連の小沢氏の政治資金問題の捜査をとっかかりにして、過去から現在に至る検察特捜部&rdquo;罪&rdquo;と、それが生み出される構図を明らかにひもといている。<br />
　そうした&rdquo;罪&rdquo;は、多くの人が人生を狂わされる人権問題を引き起こしたにとどまらず、日本の政治経済にも大きな負の影響を及ぼす、まさに大規模なものだった。それこそ、まさに「巨悪」と呼ぶのがふさわさしい。</p>
<p>　いくつもの事件の問題点を具体的に指摘しているが、その中でも中村喜四郎衆院議員のゼネコン汚職についての記載が印象的だった。<br />
　この事件は、埼玉県内の公共工事を受注する建設会社６６社の組織「埼玉土曜会」の談合事件をめぐって、大手建設会社「鹿島」の元副社長からの請託（依頼）を受け、公正取引委員会の委員長に対して告発を見合わせるよう迫り、その見返りに現金１０００万円のわいろを受け取った、として斡旋収賄罪で実刑判決を受けた。<br />
　ところが、そもそも、公正取引委員会は検察が了承した事件しか告発をせず、事実上告発の権限は検察にあるのが実態。その検察が、埼玉土曜会事件は告発すべきでない、と判断していた、と郷原氏は書く。中村議員自身は、告発回避に関して自らの関与を否定しているが、仮に口利きがあったとしても、それはまったく意味のないものだった。<br />
　新聞も口利きによって告発を見送ったとしている断じたわけではないが、メディアの国民の間に「ゼネコン汚職事件で政治家が逮捕されないのは納得できない」という気分が充ち満ちたのは、メディアがそうした方向で世論を導いたためだ、と郷原氏は具体的な例を挙げながら指摘する。<br />
　検察のサポーターと化したメディアが疑惑を煽り、国民が検察に過剰な&rdquo;期待&rdquo;をし、検察はその期待に煽られる。煽りが煽りを呼ぶ中、検察は暴走していく&hellip;&hellip;その構図は、今も続いている。<br />
　この時、郷原氏は公取委に出向していたこともあり、事件の当事者に近いところにいた。だからこそ、むしろ守秘義務により書けないことが多いのだろうが、その時に抱いた疑問と無念は、次の文章からも伝わってくる。<br />
＜特定の政治家、ゼネコン間の金のやり取りを贈収賄として立件することに膨大なコストが費やされ、金のやり取りの背景としての談合構造の解明はほとんど行われなかった＞<br />
＜ゼネコン汚職の捜査が、公共調達をめぐる談合構造とそこにおける政治と金の構造を明らかにする方向で行われていたとしたら、現在の日本の経済社会はまったく異なった状況になっていたかもしれない＞</p>
<p>　ゼネコン汚職の時に限らず、特捜事件となればメディアは大きく取り上げる。むしろ検察に先行して、疑惑を書き、疑惑を語り、世論を盛り上げる。検察を激励し、時に叱咤もしてみせる。<br />
　検察を軍隊、司法記者クラブを従軍記者に喩えているのは、その根拠を読むと実に適切だと納得。このような関係があるので、検察を「正義」として賞賛する報道ばかりが溢れ、人々の&rdquo;特捜信仰&rdquo;がますます強くなっていく。特捜検察の問題は、メディアの問題でもあるとつくづく思う。</p>
<p>　他に本書が指摘している特捜検察の問題点で印象に残ったのは、<br />
（１）起きていることは複雑なのに、事件のストーリーを単純化させる<br />
（２）一人ひとりの検事が主体的にものを考えるのではなく、仕事環境がむしろ思考停止に追い込んでいく<br />
（３）検察全体の問題であるにもかかわらず、不法な取り調べの問題は個人の検察官の不祥事に矮小化され、教訓が若い世代に引き継がれない<br />
――という点など。<br />
　どれも、記述は具体的。筆者が検察出身だけに、その論は説得力がある。郵便不正事件の村木厚子・厚生労働省元局長の裁判を傍聴していると、一つひとつうなづいてしまう。ただ筆者は、守秘義務に抵触しないよう、そうした点に関しての具体的な記述は新聞記事や他人の著作をうまく引用するなど、工夫をこらしていて、執筆中の苦労がしのばれる。<br />
<br />
　筆者は、特捜検察の捜査こそ、まず可視化をすべしと主張。私もこれに強く同意する。<br />
　また筆者は、特捜部に多数の検事を常時配置している今のあり方にも疑問を呈しているが、特捜部解体も検討してみるべきではないかと考え始めている私は、この部分も大きくうなづきながら読んだ。<br />
<br />
　メディアに登場する元検事は、基本的に今の検察のやっていることを肯定的に説明する人ばかりという印象だが、郷原氏のように、法律家として検察はいかにあるべきか、という視点で語ってくれる人が、ようやく現れたのだな、と思う。<br />
　郷原氏の検察批判は、アンチ検察ではない。その言動の出発点には、検事という仕事への誇りと愛情がある。単に内部の事情に通じているというだけでなく、自分が長く携わった仕事への強い思いがあるからこそ、彼の著作物は多くの人の共感を呼ぶのではないだろうか。</p>
<p>　本書は、今後、検察がいかにあるべきかを、一人ひとりが考えるための材料をたくさん提供してくれている。<br />
　国民が「特捜信仰」から解き放たれて、自ら考えるための一冊。とりわけ、この信仰の布教者となっているマスコミの方々には、ぜひ読んで欲しい。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>常岡浩介さんへのツイッターインタビューより</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.egawashoko.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=321" title="常岡浩介さんへのツイッターインタビューより" />
    <id>tag:www.egawashoko.com,2010://1.321</id>
    
    <published>2010-04-19T02:43:57Z</published>
    <updated>2010-04-19T03:05:10Z</updated>
    
    <summary>　ジャーナリストの常岡浩介さんがアフガニスタンで消息を絶ってから、まもなく20日...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　ジャーナリストの常岡浩介さんがアフガニスタンで消息を絶ってから、まもなく20日になります。何者かに誘拐されたという発表があり、その後杳として行方は分からないまま。無事だという未確認情報は流れたけれど、あくまで未確認情報であって、どういう状況に置かれているのかは判然としません。<br />
　ご自身もムスリムであり、海外の紛争地域など難しい状況での経験豊富な常岡さんのことなので、大事には至っていないと信じますが、長引くと、やはり心配。ご家族や愛猫のことを思うと、早く無事が確認されることを祈ります。<br />
　現地で途中まで同行されていた中田考・同志社大学教授のツイッターは、今回の常岡さんのアフガン行きの目的を次のように書いています。<br />
　＜常岡さんと私がアフガニスタンに行ったのは、この戦争を終わらせるためにアフガニスタン・イスラーム首長国の最高指導者ウマル師との交渉の糸口を見つけるため＞<br />
　そのために、外国人と分からないようにして潜伏したり、タリバン関係者と面談したりしていたようです。その合間に、現地の状況をツイッターやブログで伝えていました。私のツイッター・インタビューにも丹念に答えてくださっています。<br />
　すでに一部がtogetterでまとめられていますが、ダイレクトメール（ＤＭ）でのやりとりの一部も含めて、ここでまとめておくことにします。<br />
　　<br />
　<br />
<strong>３月２３日</strong><br />
朝日ニュースター「ニュースの深層」（キャスター上杉隆＆重信メイ）に電話出演後</p>
<p><strong>江川</strong>　見（聞き）ました。お会いになったタリバン幹部は、和平交渉はしないというのであれば、今後どうしたいorどうなる、と言っているのですか？交渉しないのは本心だと思いますか？イラクでは本心より強いことを言う男たちが多かったですが、タリバンなどはどうなのかしら&hellip;</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　ザイーフ師は、交渉は無駄だ。戦って勝つ、という姿勢なのだと思います。戦闘でタリバン側が圧倒的有利なので、そう考えるのでしょう。米国の「18ヶ月後の撤退」についても、全く信用できないということでした。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　米側や政府側が劣勢の時に和平交渉言い出しても、足元見られるだけってことなのかしら</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　ただ、それがタリバンの総意なのかは謎です。和平交渉の全面に立っているムタワキル師とは今回、まだ会えていませんし、ザイーフ師は日本の和平仲介努力も知らないようでした。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　では、まだ決めつけることはできないですね。今後の情報を待っています</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　去年はザイーフ師も和平交渉を支持していたので、先のマルジャ攻略戦とバラダル師拘束が和平への機運を潰してしまったのだと思います。</font></p>
<p><font color="#993300">&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;ちょっと気になるのが、18日に入国以来、タリバン側の和平交渉当事者の誰一人、なぜか連絡が取れないことです。電話しても呼び出しっぱなし。カルザイまたは米欧軍当局の情報遮断でなければいいんですが。実は、日本の犬塚議員も連絡が取れなかったと話していました。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　秘密裏に交渉準備に入っている、という可能性は？</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　交渉は去年から続いていて、それがバラダル師拘束で妨害された、ということのようです。去年は簡単に連絡が取れましたから、なにか状況の変化があったのか？</font></p>
<p><strong>江川</strong>　ありがとうございます。また常岡さんのお仕事に支障のない時に、いろいろ教えてください</p>
<p><strong><br />
３月２５日</strong></p>
<p>（ＤＭでその日の常岡さんの行動について話を聞きました。その中で、常岡さんが「<font color="#993300">オマル師と和平の話をしなければいけないのですが、彼に繋がる人物に辿り着くのが一苦労です</font>」と書いていたのに続いて、以下のやりとりがありました）</p>
<p><strong>江川</strong>　初歩的な質問で申し訳ないんですが、オマル師って本当に生存していて、最高指導者としてメンバーを指導し、その指示命令はちゃんと末端に正しく伝わるような状況なのでしょうか&hellip;</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　オマル師の生存は間違いないみたいです。命令系統も存在していますが、主要な指導層はパキスタン国内にいて、パキスタン軍諜報機関の強い影響を受けているようです。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　オマル師とパキスタン国内にいてパ軍諜報機関の影響を受けている指導層では方向性は一致しているの？</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　オマル師自身、パキスタンにいて、パキスタン諜報機関の監視・保護下にいるようです。そこで幹部会議なども開催されているようです。タリバン側は、自分たちはもはやパキスタンのかいらいではない、と主張していますが&hellip;。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　となると、和平交渉のための工作は、アフガニスタンよりもパキスタンで行った方が効果的、って傍目には感じたりもしますが、どうなのかしら</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　おっしゃる通りです。が、先日のバラダル師の拘束で、パキスタンが和平プロセスを妨害している実態が明白になりました。国際的な圧力が必要かと。</font></p>
<p><font color="#993300">　つまり、タリバン自身は和平を望んでいるが、それを保護、管理しているパ当局がそれを許さないという図式のようです。もっとも、米軍マルジャ作戦とバラダル師拘束でタリバン自身も和平を断念しつつあるようです。</font></p>
<p><br />
<strong>江川　</strong>タリバンが望む「和平」って、どういう状態？　９．１１以前のアフガニスタンに戻すことを求めていくのかしら？</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　タリバンは外国軍の即時撤退を求めています。その前提として、和平交渉を始める土台作りとして、タリバン幹部の国連制裁リストからの解除や、捕虜を（違法に）収容しているバグラム刑務所の管理権のアフガン政府側委譲を求めています。後者の2つは部分的に実現しつつありました。（続きます）</font></p>
<p><font color="#993300">　米国が要求するだろうアルカーイダとの絶縁については、ムタワキル師は「受け入れ可能だ。もはや彼らはアフガニスタンの客人ではないから」と、していました。アルカーイダの行った911事件のために、アルカーイダのいなくなったアフガニスタンで米軍とタリバンが戦うのは無意味だ、という意見です。</font></p>
<p><strong>江川　</strong>このやりとり、差し支えない範囲でDMじゃなくて、TL上でやりません？そうすると、多くの人たちに伝わるし</p>
<p><font color="#000000"><strong>常岡</strong>　そうですね。では、あとはTLでお願いいたします。</font></p>
<p><br />
<strong>江川</strong>　アルカーイダとの絶縁について、常岡さんがインタビューしたムタワキル師は「受け入れ可能だ。もはや彼らはアフガニスタンの客人ではないから」と、していた、とのこと。初歩的な質問で申し訳ないのですが、アルカイダであり、かつタリバンという人はいない、と考えていいのかしら</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　アルカーイダは外国人の反米武装組織で、タリバンはアフガン人ローカルの自国改革を目指す運動組織です。協力関係はありますが、構成員も組織も全く別です。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　縁を切るということになれば、アルカイダ系のにはアフガニスタンを出て行ってもらう、ということ？</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　そうです。そもそも、アフガニスタン国内にはアルカーイダはもはや100人もいないそうです。海外に出たアルカーイダが再び国内で活動することを認めない、という約束になると思います。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　さっき「パキスタンが和平プロセスを妨害している」とおっしゃっていましたよね。パキスタンは、なぜ、どのように妨害を？</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　去年だったか、パ軍諜報機関トップが「米国とオマル師の和平を仲介する用意がある。ただし、カシミール問題で米国がパ国を支援することが条件」と、発言しました。パ当局はあくまでアフ国の戦争とタリバンを自国益に利用したいのでしょう。だから、パ国を介さない独</font></p>
<p><font color="#993300">自の和平プロセスを妨害するのだと思います。パ国内ではむしろアルカーイダがパキスタン・タリバン運動とともに「開放区」を作っていますし、アフ国、パ国からカシミールまで、問題は複雑に絡み合っています。</font></p>
<p><strong>別の方</strong>　 ということは、アルカーイダ義勇兵は隣国パキのＴＴＰへ合流しているのでしょうか？横からスミマセン。</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　そうです。アルカーイダの主力はパ国のワジリスタンにいます。パ・タリバン運動は大っぴらに、「アルカーイダを支援する」としています</font></p>
<p><strong>江川</strong>　ホント複雑ですね。だから、対応が難しいんですね。そのパキスタン・タリバン運動とアフガニスタンのタリバンとは提携しているわけですか？</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　協力していますが、やはり方針も組織も別です。TTPは世界革命論に傾いているようです。アフ・タリバンはパキスタンに侵攻したりしませんが、TTPはアフガニスタン国内でも活動しているそうです。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　米国がアフ・タリバンにパキ・タリバンとの絶縁を求めたら、どうなるかしら。あと１つ、NATOがいなくなると、タリバンが国を支配して、再び以前のような状態、たとえば女の子の就学が難しいとか、名誉殺人など、女性の人権が脅かされる状態にならないでしょうか</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　TTPはアフ・タリバンよりパ国諜報機関と複雑に関係を持っています。米国もそれは理解して、パ国への圧力という形でTTPに対処しようとしているようです。和解なしに米国が撤退した場合、アフガニスタンが再び内戦に逆戻りするのは間違いないと思います。（続きます）</font></p>
<p><font color="#993300">内戦を避けるためには、米欧軍とタリバンが和解して、アフガニスタンを国際社会から孤立させず、見捨てないことが必須ですが、現状では米国は18ヶ月後にあとは野となれで一方的撤退をするつもりのようです。（まだ続きます）</font></p>
<p><font color="#993300">女性の人権や名誉殺人といった諸問題については、現在すでに最悪の状況です。メディアのプロパガンダで、女性迫害の責任がタリバンだけにあるように宣伝されましたが、実際にはアフガニスタンのあらゆる勢力がそれに関わっています。その原因は世界最悪の教育水準にあります</font></p>
<p><br />
<strong>３月２７日<br />
</strong><br />
<font color="#993300"><strong>常岡</strong>　イスラハ神学校でなぜか講演したなう。ちびっ子からおぢさんまで100人ぐらいのタリバン（神学生たち）に喝采していただいた。</font></p>
<p><strong>江川</strong>　講演のテーマは？</p>
<p><font color="#993300"><strong>常岡</strong>　外国の侵略に対しては、君らは最強だ。米国にも余裕で勝つだろうと私は心配してない。しかし、その君らがイスラム教徒同士殺し合うのは重大事だ。思うに、君らは世界から孤立した中で周りを敵に囲まれていると感じたと思う。しかし、あなた方の（続</font></p>
<p><font color="#993300">　友人は世界中にいる。キリスト教徒や仏教徒の中にも友人がいる。非力ながら私もアフガニスタンの友人を増やす努力をします。だから、敵ばかりではなく、世界に友人がいっぱいいると考えて手を差し伸べて欲しい、というような話をしました。</font></p>
<p><font color="#993300">&nbsp;上空を米軍ヘリがひっきりなしに低空飛行する中で、タリバンと同じデオバンド派の神学生たちとイスラム神学のお勉強会をするなんて、シュールすぎだったかも？</font></p>
<p><br />
他の方の質問に答えている様子も含めてご覧になりたい方は、こちらをどうぞ&rarr;http://togetter.com/li/10938</p>
<p>なお、常岡さんのツイッターアカウントは@shamilsh<br />
こちらからアクセスできます<a href="http://twitter.com/shamilsh">http://twitter.com/shamilsh</a></p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>新聞とツイッター</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.egawashoko.com/c006/000320.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.egawashoko.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=320" title="新聞とツイッター" />
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    <published>2010-03-02T13:24:54Z</published>
    <updated>2010-03-02T13:53:39Z</updated>
    
    <summary>　チリの地震に伴う津波についての情報を原口総務相がツイッターで公開していたことに...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　チリの地震に伴う津波についての情報を原口総務相がツイッターで公開していたことに、読売新聞が疑問を呈した。<br />
　ところが、同新聞社のサイトに掲載された記事は、途中で内容がかなり変更されていて、同社がいったい何を問題視しているのか、まことに分かりにくい。<br />
　<br />
　まずは最初の記事。掲載日時は2010年3月2日11時00分となっていた。<br />
　見出しは<strong>「原口総務相釈明&hellip;ツイッターで津波情報流してた」<br />
</strong>　以下が、内容。<br />
　<br />
<font style="BACKGROUND-COLOR: #ccffcc">＜原口総務相は２日午前の閣議後記者会見で、チリで起きた巨大地震に伴う津波の関連情報を自らのツイッター（簡易投稿サイト）に書き込んだことについて、「<font color="#0000ff"><strong>（投稿者が総務相の名をかたる）なりすましの危険はあるかも分からないが、</strong></font>正確な情報を国民に伝えることを優先した」と述べ、理解を求めた。<br />
　そのうえで、ＮＨＫなど災害情報を発信する放送機関について、「もっと適宜適切に公共放送も含め、横並びでない細かな情報が流れていくように、双方向のシステムがあればいい」と指摘した。<br />
　総務相は地震が発生した先月２７日から、政府の対応策を平野官房長官や岡田外相らとやりとりした事実のほか、各地の避難状況など７０件以上の情報を書き込んでいた。＞<br />
</font>　<br />
　これを読むと、なりすましの危険があって、誰かが原口総務相の名前を騙って、間違った情報を流されたら危ないのではないかと、読売新聞は心配しているように思える。<br />
　実際、原口氏のツイッターでは、記者からの質問の内容について、次のように書かれている。<br />
　<br />
<font style="BACKGROUND-COLOR: #99ccff">＜記者会見で私のツイッターによる災害対策情報提供について記者の１人よりなりすましの危険もあり不適切ではないかと質問がありました。 全くそのような認識を持っていないと回答しました。＞</font></p>
<p>　ところが、午後になって、読売のサイトの記事の内容が変わった。<br />
　タイトルは<strong>「原口総務相弁明&hellip;ツイッターで津波情報流してた」</strong><br />
　<br />
<font style="BACKGROUND-COLOR: #ffcc99">＜原口総務相は２日午前の閣議後記者会見で、チリで起きた巨大地震に伴う津波の関連情報を自らのツイッター（簡易投稿サイト）に書き込んだことについて、「正確な情報を国民に伝えることを優先した」と述べ、理解を求めた。<br />
　そのうえで、ＮＨＫなど災害情報を発信する放送機関について、「もっと適宜適切に、公共放送も含めて横並びでない細かな情報が流れるように、双方向のシステムがあればいい」と指摘した。<font color="#800000"><strong>放送行政と総務省消防庁を所管する総務相が、災害放送が義務づけられる放送機関より、ツイッターの利用を優先させる考えを示した</strong></font>ことは、今後、論議を呼ぶ可能性がある。<br />
　総務相は、地震発生後から、政府の対応策について平野官房長官らと行った協議など、計７０件以上の情報を書き込んでいた。＞<br />
</font>　<br />
　なりすましの危険性については、すっぽり削除。その代わりに、<font color="#800000">赤字</font>の部分が付け加えられた。要するに、総務大臣のくせに放送機関よりツイッターを優先したことがけしからん、というわけだ。<br />
　しかし、そもそも原口氏は放送よりツイッターを優先させたのだろうか。放送機関には情報を出し惜しみ、ツイッターで職務上知り得た情報を独占的に流すような行為をしていれば、非難されて当然だろう。けれども実際は、そういうわけではない。ＮＨＫでも民放でも、当日はジャンジャン津波情報を流していたのは記憶に新しいところだ。変更後の記事はほとんど言いがかりに近い。<br />
　<br />
　しかも、記事の論点がすり替わっているのに、掲載時刻は同じ2010年3月2日11時00分だ。どういうことなのだろう。<br />
　見出しも、最初の「釈明」が「弁明」へと変更された。<br />
　う〜ん、「釈明」と「弁明」。読売新聞の社内基準では、この二つをどう使い分けているのだろうか。<br />
　ちなみに、紙面には夕刊第４版で変更後のサイトと同じ記事が載っている。<br />
　<br />
　原口氏は、ずいぶん前からツイッターをやっていて、それを公言している。今さら「なりすまし」ということはありえない。そういう批判をされて、論点を変更する小細工をしたのではないか。<br />
　けれど、「なりすまし」を心配してみせた最初のヴァージョンの方が、まだ掲載する意味はあったかもしれない。今回はツイッターを使い続けている原口氏だから問題はないとはいえ、今後、誰かの名を騙って間違った情報が流されるような事態は考えられる。そのために災害時に流言飛語が飛び交い、人々が混乱したり、新たな被害が出たりしないよう、何か工夫はした方がいいだろう。ツイッターは災害時の情報提供手段として有効だと思うが、もし何らかの問題点があるなら、早めに洗い出しておくのにこしたことはない。<br />
　けれど、妙な小細工をしたことで、読売の記者やデスクたちの本音が、災害時の情報の混乱などではなく、もっと違うところにあることが、多くの人に透けて見えてしまった。政府が収集した情報は、テレビ・新聞・ラジオ・通信社などの既存マスメディアを通して流す、という慣習を、原口氏が破ったことが気に入らなかったのだ、きっと。記者会見もフリーランスやネットメディアの記者に公開している原口氏のやり方を、苦々しく感じ、ここは原口氏に軽く釘を刺しておこう、といったところではないか。<br />
　<br />
　最近は、ブログやツイッターが普及する一方、政府の情報をマスメディアが独占しにくくなっている。そんな中、自分たちの存在感が低下していくのではないかというマスメディア関係者不安や苛立ちが、今回の記事からは漂ってくる。<br />
　こうした焦燥感は、読売だけでなく、他の新聞も同じように抱いているはず。たぶん読売は、考えていることが他社より正直に顔&hellip;&hellip;ならぬ紙面に出てしまったのだろう。<br />
　<br />
　今回のような反応をみると、法廷メモを巡る問題を思い出す。<br />
　かつて、法廷で一般傍聴人はメモをとることが許されなかった。認められているのは、司法記者クラブに所属する大手メディアの記者だけ。それに異議を申し立てたのが、アメリカ人弁護士ローレンス・レペタさん。レペタさんは日本語が流ちょうで、ちゃんとメモも日本語で取れる。日本の経済事件の研究をするために裁判傍聴をしていたが、数字などは書き留めておかなければ忘れてしまう。なのでメモを取ろうとしたら、裁判長に禁じられた。それで、法廷メモ解禁を求めて、裁判を起こしたのだ。<br />
　１審、２審と敗訴。最高裁で争っている時、私はこの裁判を知って、支援を始めた。支援というより、レペタさんに勝ってもらわないと、私自身も困るのだ。私も以前は新聞社にいて、そういう問題があることにすら気がつかずにいたことに、とても恥ずかしい気持ちもあった。<br />
　裁判所がメモを禁じる理由は、今思い出してみても笑ってしまう。「法定内の静けさ（判決文では難しく「静謐」という言葉を使っていたっけ）が乱される恐れがある」とか、「証人が不安を感じて正直に証言しなくなる恐れがある」とか、およそ意味のない、様々な「恐れ」を作り出していたのだった（もちろん、メモを解禁した後、そのために法定内が紙にペンを走らす音でうるさくなったり、証人尋問ができなくなったりなどという事態は起きていない）。<br />
　当時、新聞社はメモ解禁に否定的だった。その理由を聞くと、ある知人の記者がこう言った。<br />
「これまで自分たちだけで座っていた座布団に、誰か知らない人たちがお尻をのっけてきた、そんな感じがする」<br />
　そして今、様々な役所の資料がインターネットを通じて直接国民に公開され、大臣会見がフリーランス記者に開放され、今回のようにツイッターによるリアルタイムの情報公開が行われ&hellip;&hellip;。気づいてみたら座布団に、次々にいろんな人がお尻を載せてきて、居心地が悪い、という気分に陥っている新聞社の人たちは結構いるのではないだろうか。<br />
　<br />
　でも、もう少し違う考え方ができないだろうか。<br />
　人々の生活が多様化している中、広く急いで知らせた方がいい情報などは、いろんなメディアを通じて流した方が望ましい。<br />
　記者会見なども、役所や政治家による公開情報の提供なので、なにも新聞記者だけのものにしておく必要はない。<br />
　むしろ、公開情報の詳細を伝えるのはネット系メディアに任せてしまってもいいくらいで、新聞社には新聞社しかできない（あるいは、他には難しい）報道にもっと力を入れるチャンスだと考えてもいいのではないだろうか。<br />
　たとえば、昨年始まった裁判員裁判。フリーランスは、個々の裁判をカヴァーしたり、一つの事件をじっくり追うことはできても、全国各地で行われている裁判の詳細（法廷だけではなく、弁護士や検察官の対応、裁判員選任手続きの状況、判決後の裁判員の記者会見、被害者・遺族の声）をすべて取材することは無理だ。その点、新聞社は多くの記者を動員して、全国の動きを細かく取材し、情報を交換することで、全国的な傾向を分析したり課題を指摘する、というようなこともできる。<br />
　あるいは、緊急な出来事に迅速に対応できるのも、新聞社の強みだ。組織的な調査報道も、新聞社の得意とするところだろう。<br />
　誰もに公開されている情報の伝達は、むしろ通信社やネットメディアに任せ、ただでさえ忙しい記者たちを細かい仕事から解放し、新聞社だからこそできる仕事にもっと力を入れていく、という道もあるのではないか。<br />
　私自身は、今でも新聞が好きで、新聞なしの生活は考えられない。紙媒体としての新聞が未来永劫残るかどうかどうかは別にして、規模が大きく資金的にもそれなりにしっかりした、プロのジャーナリスト組織としての新聞社は、今後も必要だと思う。<br />
　だからこそ、座布団を抱え込むことに神経をすり減らすより、今の時代に必要とされている新聞のあり方を探っていくこと、いわばよりよい座布団を作っていくことに、時間とエネルギーを費やして欲しい、と心から願う。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>地検「特捜部」は本当に必要か</title>
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    <published>2010-02-25T13:50:39Z</published>
    <updated>2010-02-25T15:12:13Z</updated>
    
    <summary>　郵便の障害者団体向け割引制度を悪用した事件で、共犯者として虚偽有印公文書作成・...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　郵便の障害者団体向け割引制度を悪用した事件で、共犯者として虚偽有印公文書作成・同行使の罪に問われている厚生労働省元局長・村木厚子被告は、逮捕後も一貫して否認を貫いてきた。裁判でも無罪を主張している。大阪地裁で行われている村木被告の裁判の第８回公判を傍聴した。この日の証人は、偽証明書の作成・交付を行った部下の元係長、上村勉被告。「（偽造は）全部自分一人でやりました」「（同僚や上司など）誰にも何も相談していません」と述べ、村木元局長の関与を否定した。<br />
　事件当時、村木被告は障害保健福祉部企画課長で、上村証人は同課社会参加推進室係長。組織上は上司と部下の関係だが、企画課と社会参加推進室では部屋も違い、上村証人は村木被告のことを「お顔を知っている」程度の関係。「仕事上の会話を交わしたことはないです」とのことだ。<br />
　ところが捜査段階で、村木局長からの指示があった、とする上村証人の検事調書が作成されている。こうした調書について、上村証人は「検事の作文」と断言。本意でない調書ができあがった事情を聞かれ、上村証人は國井弘樹検事の取り調べについて次のように証言した。<br />
「いくら自分が単独でやったと言っても、（検事に）聞いてもらえなかった」<br />
「村木課長と私の会話が生々しく再現されていますが、それはでっち上げです」<br />
「（任意同行で）私を自宅から連れてくるのは紳士的で、言葉もやさしいというか、普通の人でした。ただ、僕の話は、自分の興味あること、都合のいいことはメモするが、そうでないことは聞いてくれなかった」<br />
「私が単独でやったということは書いてくれない」<br />
「ノンキャリとキャリアの違いとか、どういう風に役人は出世していくか、とかは、結構興味を持ってメモしていた」<br />
「物静かで殴ったり蹴ったりはないが、僕が話していることを聞いてくれない。書いてくれない。信じてくれない。僕としてはどんどん國井さんを信じられなくなった。『具合が悪くなったら言ってね』とか『眠れてる？』『食事してる？』とか気遣ってくれるのに、肝心の僕の話は聞いてくれない。なんでそこまで冷たいのか&hellip;&hellip;今でも分からない」<br />
　さらに、國井検事から「他の人は、こう言っている」という情報を次々に伝えられているうちに、上村証人は記憶のあいまいな部分については自信がなくなっていったようだ。<br />
「取り調べの中で、だんだん『そうだったのか』と&rdquo;記憶&rdquo;が構築されていった」という。<br />
　さらに、こんな証言もあった。<br />
「『想像の話みたいになっちゃうけどね』と言って國井検事が話したことが、（調書では）僕が話したことになっちゃう」<br />
　ここまで述べた後、上村証人は「悔しくてならない」と泣いた。<br />
　上村証人自身の弁護人に相談すると、弁護人は「検察に抗議文を出そう」と言ってくれた。しかし、検察に逆らって取り調べが厳しくなったり、不利益なことがあるのではないかと恐れ、やめてもらった。<br />
「再逮捕をちらつかされたり、有形無形の圧力があって、耐えきれなかった」</p>
<p>　では、上村証人はなぜ、証明書の偽造に手を染めたのか。<br />
　上村証人は係長になって、担当部署の予算を作る仕事を初めて任され、それが重荷であり、どれだけ忙しくなるのかと不安でもあった。それに加えて制度改革が目前に迫ってい。そのため「従来の予算の組み立て方では通用しない。去年の予算をちょっといじればすむという簡単なものではすまないという恐怖感、重圧感が頭の中を支配していた」<br />
　他の仕事は「雑事」として先送りしたり、適当に片付けたりしたい心境に追い込まれた。自称障害者団体の「凛の会」から証明書の催促があったが、正規の手続きをするとなると資料を整えて決済に出さなければならない。<br />
「最初は煩わしいから先送りにしようとし、それが（再度督促があって）にっちもさっちもいかなくなると、『もう、やっちゃえ』という気持ち」になったという。<br />
　そして、最終的には一人で証明書を作り、早朝に企画課の部屋の入り口付近にあった箱に入れてあった村木課長（当時）の公印を押した。「凛の会」発起人の河野克史被告と、厚生労働省地下の喫茶店で待ち合わせ、偽造した証明書を手渡した。<br />
　ただ、すでに証言を終えている河野被告は、上村証人から渡されたことは否定している。また、「凛の会」からの催促はわずか数回なのに、なぜ上村証人が証明書の偽造をするまで切羽詰まってしまったのか、その心理状態はいささか分かりにくい。<br />
　しかし、河野被告は自分が受け取ったことは「百パーセントない」と断言するものの、それ以外の事柄については曖昧な証言に終始したと報じられている。また、「凛の会」元代表倉沢邦夫被告は、証明書は村木被告から受け取ったという捜査段階の供述は維持するものの、受け取った日時は特定できないうえ、自身の調書の記述を否定する証言を繰り返した。さらに、捜査段階で民主党の議員の口利きがあったという調書が残されている厚労省関係者も、法廷でそうした事実を否定した。<br />
　そのうえ、実行犯の上村被告の今回の証言。検察側証人が、自らの検事調書を否定するという証言が相次いでおり、検察側の立証はガタガタになっている。<br />
　検察側は、今後も公判を維持し、法廷での証言より、密室における調書の方が信用できると主張するつもりらしい。けれども、その密室で適切な取り調べが行われていることを、客観的に証明するものはない。取り調べの可視化が実現されていないからだ。</p>
<p>　それにしても、なぜ検察側はこれほど苦しい立証をしなければならないほどの無理をして、村木被告を逮捕・起訴したのだろうか。<br />
　上村証人は、取り調べを通じて「（検事は）今回の事件が、厚労省の組織的犯罪であるということを（調書で）書きたかったんじゃないか」と感じた。さらに「『厚労省のウミを出し切りたい』というのが検事の口癖だった」と証言。「私が関知しない人物がどんどん関係したことになって、事件がどんどん大きくなっていく恐怖感」を抱いたという。<br />
　この証言を聞くと、本来は不心得な個人が行った事件を、なんとか中央官庁や政治家が絡む大きなものにしようしたのではないかと、という疑念が次第に高まってくる。</p>
<p>　村木被告が事件とはまったく無関係なら、検察の捜査によって、彼女の人生がめちゃめちゃにされたただけではない。<br />
　彼女が逮捕された時、舛添要一厚労相（当時）は、次のようにコメントした。<br />
　「大変有能な局長。女性キャリアとして省内の期待を集めていた。働く女性にとって希望の星だった。大変残念に思っている」<br />
　不祥事の謝罪会見としては異例とも思える賛辞に、村木被告の有能ぶりが伺える。そういう優秀な官僚が、無実の罪によって、その能力を発揮できない事態に追い込まれたということであれば、日本にとって大きな損失であり、国民全体が捜査の影響を被った、ともいえる。<br />
　なぜ、今のような事態が生じたのか、検察は時期を見て、国民にきちんと説明する責任がある。<br />
　<br />
　事件の捜査を行ったのは、大阪地検特捜部。在阪の司法担当記者は「東京への対抗意識もあって、中央官庁のトップや政治家を挙げたい（＝逮捕したい）意識が、大阪はより強い」と指摘する。<br />
　その東京地検特捜部も、小沢・民主党幹事長の政治資金を巡る捜査や、福島県知事が収賄で起訴された事件で、無理な取り調べやマスコミへのリークなど、様々な問題が指摘されている。<br />
　特捜部らしい大物が関与する事件をやりたいという野心。自分たちこそが政財界や官界を正せるという正義感や強烈な自負心。このような特捜部ならではの意識が、問題を生んでいる可能性があるのではないか。<br />
　そう考えると、村木被告の事件で格別問題があったというわけではなく、特捜部に内在する問題が分かりやすい形で現れただけ、とも思えてくる。<br />
　<br />
　こうした事件を見ていると、そもそも特捜部を今後も存続させる意味はどこにあるのだろう、という疑問も湧いてくる。東京、大阪、名古屋の３地検には特捜部があるが、通常、検察の捜査は各地検の刑事部が行う。この３地検にしても、特捜部を常設させておかなくても、すべての事件を刑事部が捜査を行うというので、構わないのではないか。そうすれば、特捜部だから政治家や政府高官を挙げなければ、という余計なプレッシャーを検事に与えず、国民の利益とは距離のある「検察の正義」が一人歩きすることが避けられるのではないか。<br />
　もちろん、通常の人員ではやりきれない事件もあるだろう。政治家や政府高官が関わった犯罪だけでなく、複雑なシステムを悪用した経済事件、大規模な脱税など、通常の捜査態勢では解明が難しいケースも、不正があればきちんと対応してもらわなければならない。そういう時には、事件の規模や捜査対象などに応じて、全国から検事を招集してチームを編成したらどうだろう。そのチームは、事件処理が終われば解散する。次に大がかりな捜査の必要が生じれば、また新たなチームを組む。これで、どこに問題があるのだろうか。<br />
　もし、どうしても特捜部という形で常設させておかなければならない理由があるなら、きちんと説明をしてもらいたい。そのうえで、特捜部が特捜部を常設させておくことのメリットとデメリットを論議し合うべきだろう。特捜部を聖域とせず、解体も含めて、検察のあり方を議論すべきだと思う。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>全面可視化を急げ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.egawashoko.com/c006/000317.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.egawashoko.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=317" title="全面可視化を急げ" />
    <id>tag:www.egawashoko.com,2010://1.317</id>
    
    <published>2010-02-14T05:58:28Z</published>
    <updated>2010-02-14T06:16:48Z</updated>
    
    <summary>　冤罪・足利事件の再審は、検察官による無罪の論告、弁護人による弁論が行われ、審理...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　冤罪・足利事件の再審は、検察官による無罪の論告、弁護人による弁論が行われ、審理は終結した。<br />
　この再審では、検察側が当初から無罪の論告を行うことを明らかにしていたが、裁判所がある程度は菅家利和さんの求めに応じる形で、ＤＮＡ鑑定を行った警察庁科学捜査研究所の責任者や菅家さんの取り調べを担当した元検察官が証言するなど、実質的な審理も行われた。再審公判の前には、別件での取り調べを記録したテープが弁護団に開示され、その一部は法廷で再生された。<br />
　富山県で無実の男性が強姦事件の犯人として有罪とされ、服役した後に真犯人が見つかった事件の再審では、裁判所は「なぜ自分が犯人とされたのか知りたい」という男性の求めを拒否。警察官や検察官の証人尋問はせず、事務的に裁判を終わらせてしまったことを考えれば、今回の宇都宮地裁の対応は、画期的と言える。<br />
　冤罪の被害者が、なぜ自分が犯人とされたのかを知りたいと思うのは当然だ。それに、捜査や裁判の問題点が公開の法廷で明らかになれば、そこから得られる教訓を社会が共有することができる。</p>
<p>　検察側の対応も、前例のないものだった。論告に付け加えて、「真犯人ではない菅家さんを起訴し、１７年あまりの長期間服役を余儀なくさせ、取り返しのつかない事態になりましたことを、誠に申し訳なく思っております」と謝罪。３人の検察官が揃って頭を下げた。法廷という公開の場で謝罪をしたことは、評価できる。<br />
　しかし、どうも釈然としない。というのは、この20日ほど前の記者会見で、宇都宮地検の高崎秀雄次席検事は、菅家さんを有罪に追い込んだＤＮＡ鑑定や虚偽の自白を引きだした取り調べ方法について、「特に何か問題があったとは思っていない」と強調していたのだ。<br />
　となると、法廷で<font color="#008080"><strong>検察は何を謝ったのだろう</strong></font>。<br />
　記者会見の際、高橋次席は次のようにも語っている。<br />
「結果的であれ、真実に反する自白を見抜けなかったのはなぜなのか「われわれは真実を解明するために捜査し取り調べをしている。その責務を果たせなかった。反省しなくてはいけない」<br />
　取り調べの方法に問題はなかったのに、菅家さんが勝手に、自発的に「自分が犯人です」と嘘の供述をし、それが見抜けなかったということを、「誠に申し訳なく思って」いる、とでも言うのだろうか。これが検察の「謝罪」の趣旨だとすれば、相当に菅家さんをバカにした話ではないか。<br />
　謝罪したり、責任を否定したり、また謝罪したり&hellip;&hellip;司法が17年半もの間、無実の人に殺人犯の汚名を着せて自由を奪ったことの重みを、どれだけ認識しているのかと、問いたくなる。菅家さんが「物足りない」と言うのは、けだし当然だ。 </p>
<p>　ところで、公判廷で再生されたテープは、本件（真実ちゃん事件）が起訴された後に、別の幼女殺害事件２件について菅家さんが取り調べられた時のもの。取り調べを行った森川大司・元検事が録音していた。<br />
　各メディアに報じられていたテープの文字起こしなどを読むと、この取り調べの最中に、本件を否認した菅家さんに対し、森川検事（当時）が繰り返し「本当のこと」を言うように説得するなど、執拗な取り調べで、再び「自白」に追い込まれていく課程が、生々しく記録されていることが分かる。<br />
　ただ、無実の人が「自白」をさせられるからには、さぞかし荒々しい言葉が発せられているだろうと考えていた人たちには、ちょっと拍子抜けだったかもしれない。というのは、取り調べは執拗ではあっても暴力的ではなく、森川検事の口調も乱暴ではないからだ。<br />
　にも関わらず、なぜ菅家さんはやってもいない殺人事件を「自白」してしまったのか。<br />
　<br />
　法廷で再生されたテープで一番時期が早いものは、１９９２年１月28日だ。菅家さんが本件で警察に拘束されてから59日目。真実ちゃん事件では、すでに起訴されていた。問題は、この日までの約２ヶ月の間に、何がなされ、菅家さんがどういう状態だったのか、だ。<br />
　菅家さんは、早朝に自宅から警察署に無理矢理連れて行かれ、暴力や恫喝をもって自白を迫られたと述べている。形の上では、任意同行であり、任意の事情聴取だが、実際は強制だった。いくら否認しても聞いてもらえず、怒鳴りあげられるだけ。そうした取り調べが深夜まで続いた。気の弱い菅家さんは、すっかり怯え、絶望感にうちひしがれて、泣きながら「自白」をした。<br />
　その後の取り調べで、犯行の詳細を聞かれたが、犯人でない菅家さんには分からない。それでも供述を迫られ、仕方なく想像で話を作って述べた。どうしても話が作れなかったり、証拠と矛盾してしまった場合は、捜査員がヒントをくれた。そうして捜査員が望むような供述をしている限り、怒鳴られることもなく、取り調べは平穏だった。<br />
　このように捜査官の求めに応じることで、その日その日をなんとかやり過ごしていた菅家さんは、本件の「真実ちゃん事件」だけでなく、その11年前に起きた「万弥ちゃん事件」、５年半前の「有美ちゃん事件」についても、警察で「自白」をした。<br />
　それでも、検察官の前で、1度は思い切って否認をした。森川検事は、万弥ちゃん事件や有美ちゃん事件については、「やっていない」という菅家さんの訴えに耳を傾けるかに見えた。しかし、本件である真実ちゃん事件に関しては、「ＤＮＡ鑑定で、君の精液と一致する精液があるんだよ」「違うって言ったってさ、君と同じ精液を持ってる人が何人いると思ってんの？」と取り合わず、「本当のこと」を言うように迫るばかりだった。泣きながら「勘弁してください」と訴えた菅家さんの絶望感は、いかばかりだっただろう。<br />
　森川検事にとって、菅家さんが真実ちゃん事件の犯人であるというのが「本当のこと」だった。いくら穏やかな口調であったとしても、それ以外の事実は一切受け入れないという森川検事の強い意思が、菅家さんを再び深く絶望させたに違いない。<br />
　テープに残された取り調べを受けた時の菅家さんの心理状態は、このように、任意同行された時点からの捜査課程を知らなければ、察することすらできない。<br />
　ところが、真実ちゃん事件で取り調べを受けている間は、警察でも検察でも録音や録画がされていない。なので、どのような取り調べが行われ、菅家さんがどのようにして虚偽の自白に追い込まれていったのかは、客観的に検証できない。</p>
<p>　今は、ＤＮＡ鑑定の結果、菅家さんが無実だということは、皆が分かっている。検事の取り調べで、いったん否認した菅家さんがわりと短期間に再自白となっているのを知っても、菅家さんを疑う人はいないだろう。<br />
　しかし、一審の段階で、検察側が「ＤＮＡ鑑定の結果、菅家さんが犯人の可能性が極めて高い」と主張している時に、この取り調べテープを聴かされたらどうだろうか。<br />
　菅家さんの態度が曖昧に思え、「犯人なのに、処罰を免れたくて、煮え切らない態度をとっている」と思う人がいても、不思議ではないのではないか。「真犯人でないのなら、もっと頑強に否認するはず」と考えてしまう人もいるのではないか。<br />
　絶望のあまり、自分を防御する力も失われた状態になってからの取り調べだけを録音録画しても、自白に本当に任意性や信用性があるのか、判断することは難しいと思う。<br />
　<br />
　菅家さんの事件では、なぜか万弥ちゃん事件の警察での取り調べテープが一部残っている。身柄を拘束されてから20日後、本件である真実ちゃん事件の取り調べは終了し、起訴される前日の取り調べだ。そこには、取り調べの警部に誘導されながら菅家さんが供述を進める様子が収められている。<br />
　たとえば、発見された時に万弥ちゃんの遺体は手足がビニールひもで縛られていたが、その事情を説明する場面。<br />
　<br />
<font style="BACKGROUND-COLOR: #c0c0c0">――万弥の体を何したっけ？　ビニールで何？　ひもは何に使ったんだい<br />
「ひも、あのう」<br />
――万弥ちゃんの死体にどうしたんだい、ひもを？<br />
「&hellip;&hellip;くるむようにですか」<br />
――ひもは縛るだんべ<br />
「あ、そうです」<br />
――万弥ちゃんの体をひもで縛ったっつんか<br />
「はい、縛ったということです」</font></p>
<p>　この遺体は黒いビニール袋に入れられ、さらにリュックサックに詰められた状態で発見されている。捜査員は、それに見合う供述を菅家さんから引きだそうと、懸命に誘導している。<br />
　<br />
<font style="BACKGROUND-COLOR: #c0c0c0">――で、その大きいビニール袋は何かにまた入れたのか<br />
「&hellip;&hellip;自分は、あのう&hellip;&hellip;ビニール入れまして」<br />
――うん<br />
「そうすっと、あのう、普通はよく透き通って」<br />
――透き通って、中身が見えないビニール袋に入れたんだろ<br />
「はい」<br />
――うん、その後、万弥ちゃんが入ったビニール袋を何かに入れたんか？　カバンか何かに？<br />
「&hellip;&hellip;」<br />
――風呂敷に包むとか、何かしたんか<br />
「ビニール入れまして&hellip;&hellip;そのビニールをよくあのう、はっきりとは、透き通るとか&hellip;&hellip;」<br />
――うん、だから、中身が見えないビニール袋に入れたんだよ<br />
「はい」<br />
――その入れたビニール袋を、そのままじゃなくて、何か<br />
――（別の捜査員）箱ん中に入れたとか<br />
――ビニールを。この包んだね<br />
「はい」<br />
――包んだっつか、こういう袋入れたでしょ<br />
「はい」<br />
――さらに何かに入れたんじゃないかって聞いてんだよ。何も入れねえのかって、そのビニールしか<br />
「&hellip;&hellip;自分は、なんか、ビニールでして」<br />
</font>（テープ反訳は毎日新聞より）</p>
<p>　捜査員は、中身が分からないようにするためには、普通はビニール袋だけで持ち歩かないのだから、何に入れたのだと言って、菅家さんを追及する。けれども何かに詰めたのかが分からない菅家さんは、返答に窮する。<br />
　休憩をはさんで、やりとりが続いた挙げ句、菅家さんは小声で「リックですか」と尋ねる。すると、捜査員は「うん、リック」と応じて、「リックちゅうのはさ、どこにあったんだよ」「おめーの家にリックはねえんか」と話を進めている。<br />
　おそらく、足利事件についても、同じような取り調べが行われ、菅家さんの「自白」は作られていったのだろう。<br />
　「自白」の任意性や信用性を判断するには、そういうプロセスが大事だ。<br />
　ところが、警察や検察は捜査過程の可視化に反対し、もし実施するにしても、取り調べが事実上完成した後に録音や録画を採る「一部可視化」にすべきだと主張している。つまり、被疑者が絶望しきって、抵抗力を失い、捜査官との会話の中で作られたストーリーをすっかり覚え込み、すらすらと虚偽の「自白」ができるようになってから録音録画を行うべし、というのだ。<br />
　それで、果たして誤判を防ぐことができるだろうか。菅家さんのテープを見る限り、一部可視化は、かえって冤罪を生み出すことにもなりかねないのではないか、と危惧する。冤罪を防ぐためには、可視化は、任意の時点から始め、被疑者に対する取り調べの過程をすべて対象とすべきだ。<br />
　<br />
　菅家さんが有罪判決を受けた当時は、職業裁判官のみによって行われる裁判だった。なので、菅家さんは、裁判所にも謝罪を求めている。<br />
　しかし今は、殺人などの重大事件は、一般市民が裁判員として判決に加わる。<font color="#ff6600" size="4"><strong>判断を間違えば、私たちが冤罪を作って、他人の一生を台無しにする加害者になってしまうかもしれない</strong></font>。そんなことになれば、裁判員として有罪判決に関わった人たちは、負い目や深い心の傷を負うだろう。<br />
　そのような事態を避けるためにも、できる限り判断を間違えないような仕組みを作ってもらいたい。<br />
<br />
　全面可視化をすれば、冤罪は防止できるかもしれないが、厳しい取り調べがやりにくくなって、真犯人を取り逃がしてしまうとか、裁判が被告・弁護人に有利になる、という心配の声もある。しかし、そうとも言えない。供述経過を記録したテープやビデオが、むしろ有罪の立証に役立つこともあるはずだ。<br />
　菅家さんの取り調べを録音した森川元検事は、再審の裁判で録音した理由を問われ、こう述べている。<br />
<br />
「（別件２件は）起訴している事件より<font color="#993300"><strong>証拠が薄いところがあるので、</strong></font>本人が供述を維持するにしても、どういう質問にどういう供述をするのかと、<font color="#993300"><strong>供述の出方、供述態度が証拠になるだろうという思いがあって、録音していた</strong></font>と記憶している。調書で、『この時こういういことをして、ああいうことをした』と文書化されてしまうと、どういう質問に対してどう答えたか、経過がよく分からないので。特に、証拠の薄い事件だっただけに」<br />
<br />
　つまり、別件２件を起訴した場合、補強証拠として使おうと考えてテープ録音していたのだ。供述の経過を残しておくことが、検察側立証に役立つと考えていたからに他ならない。<br />
　事件と被疑者・被告人の関連性についての「証拠が薄い」という事件は頻繁に起きている。そういう事件で、真犯人が捜査段階で自白をしたのに、公判で「無理な取り調べによるもの」と主張した時、取り調べ状況を録画たビデオを裁判官や裁判員に見せれば、取り調べを担当した捜査員をいちいち法廷に呼び出すまでもなく、たやすく任意性は立証できる。<br />
　<font color="#ff00ff" size="4"><strong>真犯人を逃さないためにも、無実の人を獄につながないためにも、そして裁判員となる国民の負担を軽減するためにも、全面可視化を急ぐべきだ。<br />
</strong></font>　<br />
　民主党は、先の総選挙で掲げたマニフェストの中で、捜査過程の可視化を約束している。ところが最近、中井洽国家公安委員長の私的研究会が、可視化や司法取引などの新たな捜査手法などについて約２年間かけて検討することを決めた。総合的な研究をじっくりやるのは構わないが、可視化に関しては２年間も塩漬けにしておく必要はない。その間に、菅家さんのように冤罪に苦しむ人が新たに出るかもしれないではないか。<br />
　幸い、民主党の中でも、早期に全面可視化の法案を国会提出しようという動きもある。冤罪を防ぎ、裁判員の負担を軽減するためにも、ぜひ今国会で実現して欲しい。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>新聞の「説明責任」を問う</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.egawashoko.com/c006/000316.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.egawashoko.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=316" title="新聞の「説明責任」を問う" />
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    <published>2010-02-07T08:47:19Z</published>
    <updated>2010-02-09T01:45:52Z</updated>
    
    <summary>　民主党の小沢幹事長は不起訴となった。石川知祐衆議院議員ら、小沢氏の元・現秘書ら...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　民主党の小沢幹事長は不起訴となった。石川知祐衆議院議員ら、小沢氏の元・現秘書ら３人は政治資金規正法で起訴された。その起訴の内容を見ても、「大山鳴動して&hellip;&hellip;」という印象はぬぐえない。<br />
　政治に多大な影響を与えて捜査を強行しながら、この結果。当然、検察に対して厳しい批判の声が上がっても然るべきだろうが、メディアのうえではそうでもない。<br />
　新聞各紙は、<br />
<font color="#0000ff">＜ある幹部は「心証は真っ黒だが、これが司法の限界」と振り返った＞（毎日）、<br />
</font><font color="#800080">＜特捜部は「有罪を得られる十分な証拠はそろった」として検察首脳との最終協議に臨んだが、結論は「十二分の証拠が必要」だった＞（産経）、<br />
</font><font color="#003366">＜資金の流れ、依然謎＞（読売）<br />
</font>など、小沢氏が限りなく黒に近い灰色だと印象づける論調が目立った。<br />
　そして、<br />
<font color="#993300">＜捜査は、小沢氏側に巨額の不透明なカネの出入りがあることを国民に知らせた。その価値は正当に評価されるべき＞（朝日）</font><br />
と、今回の大々的な捜査を評価し、検察をねぎらった。<br />
　そればかりか、<br />
<font color="#666699"><font color="#800080">＜ほくそえむのはまだ早い＞＜&rdquo;次の舞台&rdquo;は「検審」＞（産経）</font><br />
</font>と、検察審査会で処分がひっくり返されて小沢氏が裁かれることを期待したり、検察が捜査を続けて小沢氏失脚につながる法令違反を見つけ出すことに望みを託すような記事もあった。<br />
　前回も書いたように、メディア、わけても新聞はこの間、ずっと検察と同じ方向を向いてきた。それを考えれば、不起訴とはいえ、検察擁護の論調となるのも自然のなりゆき、と言えるかもしれない。<br />
　新聞によって、この問題に取り組む動機には差異があっただろう。あからさまに民主党政権の失墜を意図した政治的な動機が読み取れる新聞もあったし、小沢氏を排除することが正義と信じ、その使命感に燃えているかのように見える新聞もあった。そういう動機の違いはあっても、いずれもが検察の正義を信じ、小沢氏の失脚をゴールとする&rdquo;クビ取りゲーム&rdquo;に狂奔していたことには変わりはない。<br />
　政治的な権力者とされる小沢氏の問題点を探して暴こうというのはいい。読売の溝口烈社会部長が<br />
<font color="#333399">＜政界最高実力者の周辺で発覚した資金疑惑への国民の関心は高く、これに応える報道は高度の公共性・公益性を有する＞<br />
</font>と書いているのは、まさにその通りだ。<br />
　だが、検察も国会議員を逮捕したり失脚させるほどの強い権力を持つ機関だ。その捜査のあり方にも監視の目を光らせる必要があるはず。そういうバランス感覚が、&rdquo;クビ取りゲーム&rdquo;に熱中する中で吹き飛んでしまった。<br />
<br />
　びっくりしたことがある。<br />
　この捜査が行われている最中、『週刊新潮』が横綱朝青龍の暴行事件をスクープした。泥酔して暴れた騒動の被害者は朝青龍のマネージャーではなく、一般人であり、しかも鼻の骨を折って全治一ヶ月の重傷だった、という内容だ。全メディアが、この記事の後を追いかけ、被害者にインタビューをしたり、目撃者の証言を報じた。そうした報道で、相撲協会に対する批判が集中し、朝青龍は引退に追い込まれた。<br />
　ところが、『週刊朝日』が東京地検特捜部の捜査のあり方に重大な人権侵害、法令違反があると指摘した記事に関しては、どこのメディアも追いかけなかった。石川議員の女性秘書が、押収品を返還すると言われて地検に赴いたところ、１０時間にわたって監禁され、小沢氏と石川議員の共謀について供述するよう迫られた、という内容だった。捜査中の事件は石川氏が議員になる前のことで、その秘書はまったく知る立場になかったのに、検事は恫喝的な取り調べを行い、子供を保育園に迎えに行く時間になっても返さず、「せめて電話をさせて欲しい」という哀願も受け入れなかった、とその記事は報告している。これが事実なら、大問題。ましてや、足利事件の菅家さんの再審の真っ最中で、警察や検察の取り調べのあり方が大いに問題になっている時期だ。なのに、なのに&hellip;&hellip;<br />
　何日か経って、いくつかの新聞が、「東京地検が『週刊朝日』に抗議文を送った」とする記事を小さく掲載。ただ、これも検察の発表をそのまま記事にしただけ。<br />
　朝青龍の騒動の時の熱意はどこにいったのだろう。もしかして、日本のマスコミにとっては、検察が違法な捜査を行っているという告発より、朝青龍の騒動の方が大事なのだろうか?!?!?!?!<br />
　　<br />
　新聞は、「検察側のリークによる報道が多い」と批判されると、激しく反発する。たとえば読売の溝口社会部長は、２月５日付紙面でこう書いた。<br />
<font color="#333399">＜民主党の一部議員は、石川容疑者らの逮捕直後から、「不当捜査だ」と主張。定義も定かにしないまま「検察リーク」を声高に叫んで東京地検特捜部の捜査をけん制し、報道を批判する動きも露骨だった。過去の政界捜査で、正直これほどのヒステリーに似た空気を感じたことはない＞＜根拠のない無責任な報道批判に対しては、40人近い記者が「検察リーク」とはほど遠い取材努力を重ねてきたことを、一言述べておきたい＞<br />
</font>　朝日新聞も、テレビ朝日のサンデープロジェクトに出演した星浩編集委員など、マスコミ批判になるとムキになって反論していた。その様を見るにつけ、新聞の反応の方にこそ「ヒステリーに似た空気」を感じなくもない。<br />
　沢山の記者を投入し、地道な取材を重ねていて、検察のリーク頼みのように思われるのは心外、と言いたい気持ちは分かる。しかし、そうした取材の努力が、検察側と目的を共有化する「小沢氏のクビを捕る」という方向にだけ向けられ、検察の捜査のあり方にはまったく振り向けられないことが問題なのだ。<br />
　その結果、マスコミは検察の応援団としての役割を発揮した。<br />
　新聞などに激しく叱責されて、民主党の議員も捜査批判をまったくしなくなった。鳩山首相も、あれだけターゲットにされた小沢氏自身まで、検察の捜査は「公正公平」などと言っている。メディアが検察批判を封じ込んだ格好だ。確かに与党が検察に圧力をかけることがあってはならないが、不公正だと感じたことを不公正と言うことも許されないというのはいかがなものか。<br />
　検察批判は許されないという風潮の中、検察に圧力をかけるように見られたくないからと、鳩山政権は選挙の時にマニフェストで約束した、捜査過程の全面可視化まで動きを停滞させている。いくら何でも萎縮のしすぎだ。<br />
　　<br />
　ただ、小沢氏が不起訴となって、「検察の説明責任」にふれる新聞も出てきた。<br />
　朝日新聞は、検察の会見の主な一問一答を紹介。「言えない」「言わない」「コメントしない」「お答えを控えたい」&hellip;&hellip;と記者の質問に対する検察官がほとんどまともに応えない様子を伝え、＜検察はどこまで説明責任を果たすべきなのか＞と、実に遠慮がちに問うている。<br />
　そうした問いをすることはいいだろう。<br />
　だが、私としては、ついこんな問いを発したくなってしまう。<br />
　「ところで、ご自分たちの説明責任はどうなっているのですか」<br />
　　<br />
　検察が石川議員ら２人の起訴と小沢氏の不起訴を発表した記者会見に出席できたのは、朝日新聞など大マスコミで作る司法記者会（記者クラブ）だけ。しかもカメラを入れたいという要請も断られている。カメラの前で堂々と語ることができない検察をなぜ、批判しないのだろう。しかも、匿名で検察幹部が「心証は真っ黒」などと語るのを無批判に載せる。これはいいかがなものか。<br />
　一方の小沢氏の記者会見は、フリーのジャーナリストなども参加可能で、カメラの持ち込みももちろん可。事情聴取を受けた後の会見は、インターネットで生中継されたりもした。その説明内容は万人が満足するものではないにしろ、検察と比べれば、はるかに開かれた対応をしている。なのに、そのことは伏せて、小沢氏が国民に説明することから逃げているようなイメージ作りをするのは、あまりにもアンフェアだ。検察はあくまで正義、小沢氏はあくまで不透明で閉鎖的というイメージ作りに、マスコミは大きな役割を果たしてきた。果たしてこれが、公正公平な報道と、報じている側は考えているのだろうか。<br />
　捜査の進展についても、毎日、この問題の報道を読んでいた読者は、小沢氏はゼネコンから裏金をもらっている証拠があり、その裏金を隠ぺいするために小沢氏が石川議員に政治資金収支報告書に嘘を記載するように指示し、当然のことながら起訴されると思っていた人が少なくないのではないか。ところが、東京地検特捜部の徹底した捜査でも、この問題での小沢氏と石川議員の共謀は明らかにされず、裏金の存在も証明されず、小沢氏は在宅起訴もされなかった。<br />
　記者たちは情報源である「関係者」に騙されて、間違ったネタをつかまされたのか。それとも記者たちが、「小沢のクビを取りたい」と思うがあまり、情報の真偽を判断する目が曇っていたり、独自の解釈を加えてしまったのか。あるいは、小沢氏がカルト以上に強烈なマインド・コントロールを秘書たちにかけていて、逮捕された３人は捜査を混乱させるためにわざと供述を二転三転させ、マスコミをも翻弄した、というのか。そうしたところは、ぜひとも聞いてみたい。<br />
　新聞によっては、石川議員が小沢氏との共謀を自白したとする記事を大きく掲載したところもある。石川議員の弁護士は「完全な誤報」と主張した。なのに、その新聞では訂正記事は出ていない。いったい、あれは誤報だったのか、それとも弁護士が嘘をついたのか。どうか説明して欲しい。<br />
　そうした検証をちゃんとやっておかなければ、近い将来、新聞はまた検察の応援団としての役割を担わされかねない。<br />
　石川議員らの公判を、公正な形で報道してもらうためにも、国民が正しい情報を元に政治について論評したり判断したりするためにも、今、新聞の説明責任を問うておきたい。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>東京地検特捜部の判断は常に正しい、のか</title>
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    <published>2010-01-19T06:58:43Z</published>
    <updated>2010-01-20T10:55:19Z</updated>
    
    <summary>　民主党幹事長の現・元秘書３人を逮捕し、それに対して小沢氏は断固戦う旨を宣言した...</summary>
    <author>
        <name>egawa</name>
        
    </author>
            <category term="社会のこといろいろ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.egawashoko.com/">
        <![CDATA[<p>　民主党幹事長の現・元秘書３人を逮捕し、それに対して小沢氏は断固戦う旨を宣言した。事態は、検察と小沢氏の面子をかけた戦い、戦力を奪い合う闘争といった様相を呈している。<br />
　このままでは、自民党に愛想をつかした国民の民主党への期待がしぼむだけでなく、結局どこも一緒じゃないかという政治不信に陥りかねない。国会も、景気対策を含めて、国民の生活や国の経済に関わる論議はそっちのけになりそう。「政治と金」の問題での疑惑を積み残し、政治資金団体をそのまま受け継ぎ親の遺産をごっそり無税で相続する、という裏技で&rdquo;節税&rdquo;してきた世襲議員をたくさん抱え、そのうえ情報の公開には消極的だった自民党が倫理や透明性を訴えても、「あなたが言う？」となんだか空しく響く。<br />
　そのような事態は、国民の利益を大きく損なう。そのことを考えれば、小沢氏は早くに事情聴取に応じてもらいたかったし、捜査中の事件とはいえ、与党幹事長という公の立場であることを考えて、できる限り国民の疑問にも答え、早期に事態を収束する努力を見せて欲しかった。<br />
　刑事事件の捜査の渦中に置かれている時に、洗いざらい何でもかんでも明らかにするわけにはいかない、という事情も分からないではないが、たとえば金融機関に関する情報を小沢氏サイドから検察側に提供したことなどは、民主党の党大会で明らかにするくらいなら、その前に行った記者会見で述べてもよさそうなものなのに&hellip;と思う。<br />
<br />
　しかし、それにしても今回の東京地検特捜部の&rdquo;やる気&rdquo;は、尋常ではない。ターゲットを定めたら、徹底的にあらを探し、強制捜査の権限を存分に行使し、メディアを抱き込む世論操作を行う&hellip;。その異様なまでの執念には、恐ろしささえ感じる。<br />
　検察当局は、小沢一郎を権力から排除することが正義と信じてやまないようだ。その検察からすれば、昨今の小沢氏の言動は、憤慨に堪えなかっただろう。<br />
　昨年５月、このまま民主党が選挙に勝てば、代表だった小沢氏が首相になる、という時に、大久保秘書が起訴された事件の責任をとって、彼は代表の座から降りた。ところが、この事件が思いの外発展しなかったうえ、総選挙に大勝したことで小沢氏は政権に多大な影響を与える実力者となり、実質的には民主党政権の最大権力者となった。しかも、その民主党政権は、検察など官僚の権限を押さえ込み、捜査過程の全面可視化も行うと公言している。小沢氏が検察の出頭要請を無視し、囲碁なんぞに興じている姿も、検察としては大いにプライドを刺激されただろう。今度こそ、小沢氏を権力の座から放逐してやるという検察当局の意気込みが、メディアを通じて伝わってくる。<br />
<br />
　だが、<font color="#ff0000" size="4"><strong>「検察の正義」が常に「社会の正義」とは限らず、検察の判断が常に正しいとも限らない</strong></font>。<br />
　私たちはこのところ、いくつもの冤罪事件を通して、検察の判断の誤りを見て来た。かつては冤罪と言えば、警察の無理な取り調べが最大の原因とされてきたし、最近明らかになた冤罪の数々でも、警察の捜査の問題は大きい。だからこそ、取り調べ課程の全面可視化の必要性が叫ばれているのだが、問題なのは警察ばかりではない。<br />
　たとえば、昨年12月に最高裁で再審開始決定が確定した布川事件では、別件逮捕された２人が警察の強引な取り調べでやむなく「自白」したが、拘置所に移送された後、検察官に対して否認した。すると、なんと検察は２人を警察の留置場に送り返し、再び「自白」に追い込んだのだ。そのうえ、裁判や再審請求の課程でも、検察側は２人に有利な証拠を隠し、真実の発見を遅らせた。<br />
<br />
　とはいえ、こんな声もあるだろう。「今回の小沢氏を巡る事件を捜査しているのは、東京地検特捜部だ。東京地検特捜部といえば、エリート検事の集団。ロッキード事件を初めとする数々の難事件を解決してきた東京地検特捜部が自信を持って捜査を行っているのだから、まず間違いはない」<br />
　果たしてそうか。<br />
　もしかして、それは&rdquo;東京地検特捜部幻想&rdquo;なのかもしれない。<br />
<br />
　経営破綻した旧・日本長期信用銀行の旧経営陣３人が、証券取引法違反と商法違反の罪に問われていた事件で、最高裁は１、２審の有罪判決を覆し、無罪判決を言い渡した。（当然のことながら）その無罪判決はそのまま確定した。３人は、東京地検特捜部の捜査によって粉飾決算を行なっていたと判断され、起訴されていた。<br />
　この判決について、「刑事も民事も経営者が責任を問われなかったのは、ツケを負担した国民としてなんとも釈然としない」（08年７月19日付朝日新聞社説）という不満がある一方で、経済アナリストの森永卓郎氏は、「見識のある素晴らしい判決であり、最高裁が正義を貫いた結果」と絶賛し、次のように書いている。　<br />
＜長銀のやったことは、大部分の大手銀行がやったことと同じだったのだ。だが、大手銀行にはおとがめがなかった。これは明らかに法の下の平等に反するのではないか。<br />
　では、なぜ長銀の旧経営陣だけが罪を問われたのか。そこには、世間に対するアピールがあったのだ。なにしろ、長銀には累計で約８兆円の公的資金が注入され、そのうち４兆8000億円がいまだに戻ってきていない。国民一人当たり約４万円、一つの銀行の破たん処理としては空前絶後の税金がドブに捨てられたのだ。だから、<font color="#ff0000" size="4"><strong>どうしても誰かに責任を負わせなければならない空気になっていたのである</strong></font>＞　<br />
　<a href="http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/o/144/index.html">http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/o/144/index.html</a><br />
<br />
　読売新聞も社説の中で、こう指摘している。<br />
＜東京地検特捜部が摘発した大型経済事件での無罪確定は、過去にほとんど例がない。<br />
　不良債権処理に公的資金が投入された旧住宅金融専門会社（住専）の事件以降、住専の母体だった銀行への批判が強まり、「国策捜査」と言われる摘発が続いた。<br />
　銀行批判という<font color="#ff0000" size="4"><strong>時代の&ldquo;空気&rdquo;に流された面はなかったか。検証が必要だろう</strong></font>＞（０８年７月19日＞<br />
　&rdquo;空気&rdquo;に流された検察も検証が必要だが、その&rdquo;空気&rdquo;を作ったのは、読売新聞を含めたメディアではなかったか、という観点での「検証」も、必要だったのではないか。<br />
　ちなみに、やはり東京地検特捜部が捜査を行った旧日本債券信用銀行の経営陣が粉飾決算を行ったとして旧証券取引法違反に問われた事件も、最高裁が１、２審の有罪判決を破棄し、高裁に差し戻した。<br />
　それ以外にも、最近の事例では、東京地検特捜部が捜査・起訴したコンサルタント会社「パシフィックコンサルタンツインターナショナル」（ＰＣＩ）の元社長が、昨年10月に東京地裁で無罪判決を受けている。<br />
<br />
　では、政治家を巡る事件はどうか。<br />
　ダム建設を巡る談合を背景にした汚職事件で知事が賄賂を受け取ったとして、東京地検特捜部が<font color="#800080"><strong>元福島県知事・佐藤栄佐久氏</strong></font>を逮捕したのは2006年10月。ダム工事を準大手ゼネコンに受注させた見返りに、弟が経営し、佐藤氏も役員に名前を連ねていた会社の土地を、下請けの建設会社に実勢価格を上回る高額で買わせとされ、その差額が賄賂と判断された。<img alt="" align="right" width="150" height="215" src="/upload/Image/img161sato-eisaku.jpg" /><br />
　クリーンさを強調してきた県知事が汚職に手を染めていたということで、メディアはこぞって大々的に報道。弟を隠れ蓑に、清廉の仮面をかぶってきたと、佐藤氏の人格も含めて激しく非難した。<br />
　ところが、<strong><font color="#ff6600"><font size="4">１審、２審と判決を受けるたびに事件は小さくなっていった</font>。</font></strong><br />
　検察側は、土地の売却代金約８億７０００万円とその後に追加で１億円、計９億７０００万円が佐藤氏の弟に支払われたとし、土地の実勢価格は約８億円と判断。その差額１億７３７２万円を兄弟が共謀して賄賂として受け取った、として佐藤氏を起訴した。<br />
　１審判決では、追加で支払われた１億円に関しては佐藤氏の関与を否定。賄賂性なしとした。そして、残り７３７２万円について賄賂と認め、有罪とした。<br />
　ところが２審は、土地の売却代金と時価に差があるという検察側の主張を退けた。となると差額の利益はなく、佐藤氏側が受けたのは「換金の利益にとどまる」とした。しかも、土地を金に換えた主たる動機は、弟が経営難に陥っていた会社の再建資金調達とされた。そうなると、何がいったい賄賂なのか分からなくなってくる。限りなく無罪判決に近く、弁護人の宗像紀夫弁護士（元東京地検特捜部長）は有罪判決に不満を示しながらも、「検察側の主張の中核が飛び、中身のない収賄事件ということが示された」と語った。<br />
　この事件は現在、最高裁で審理が行われている。<br />
　佐藤氏が有罪とされたのは、本人などの自白調書があることが、裁判所に大きな影響を与えていると思われる。部下が検察の厳しい取り調べを受ける中で自殺を図ったまま意識を回復せず、逮捕後の取り調べで自身の言い分は聞き入れてもらえず、やはり逮捕された弟が精神的に不安定になっていると知らされ、次第に精神的に追い込まれた末に、不本意な「自白」に追い込まれていく経緯については、佐藤氏自身が著書<font color="#800080" size="4"><strong>『知事抹殺』（平凡社）</strong></font>の中で生々しく書いている。<br />
　この事件でも、佐藤氏が「天の声」を発したと強調され、弟の会社の土地を買い取った（つまり賄賂を提供したとされる）のが水谷建設であり、小沢氏を巡る事件でも頻繁に見聞きする用語や固有名詞が出てくる。それだけではなく、佐藤氏の事件の捜査を東京地検特捜部副部長として指揮した佐久間達哉氏は、現在、小沢氏を巡る事件の捜査を行っている特捜部長だ。<br />
　ちなみに、被告人全員が無罪となった長銀事件も、佐久間氏が担当していた。<br />
　こうした大きな事件は1人の判断だけで動くものではないし、佐久間氏の能力にケチをつけるつもりはサラサラないが、このように東京地検特捜部が鳴り物入りで捜査を行い、それをメディアが大々的に報じたからといって、その時点での検察の判断が正しいとは限らないのだ。<br />
<br />
　日本歯科医師連盟が自民党の橋本派にヤミ献金を行っていた問題も、東京地検特捜部が捜査を行った。ところが、１億円の小切手を受け取った者橋本龍太郎、野中広務元自民党幹事長、青木幹雄自民党参院幹事長の3人はいずれもおとがめなしで、その場にいなかった、村岡兼造橋本派会長代理が起訴された。収支報告書に記載しないことを決めたとされる派閥の幹部会には、村岡氏の他に、野中氏や青木氏も出席していたのだが&hellip;。<br />
　政治的判断が働いて核心に踏み込むことはせず、かといって、大々的に報じられ国民の関心も高いこの事件を立件しないわけにもいかず、村岡氏一人をいわば人身御供にする形になったのではないか、という疑念はぬぐいきれない。なお、青木氏はその後も参院の「ドン」として権勢をふるい、次の参院選挙にも出馬するとのことだ。青木氏は、十分に「説明責任」を果たされたのだろうか&hellip;&hellip;<br />
<br />
　このように、東京地検特捜部といえども、その判断に疑問を抱かざるをえない事例はいくつもある。なのに、今回もマスコミ、とりわけ新聞などの活字メディアでは、「東京地検は正しい」という前提の報道ばかりがセンセーショナルに行われている。マスコミの中でも、まだテレビは検察側の主張を鵜呑みにすることには慎重なコメンテーターが出る番組もあるし、多様な見方を伝えたいと考えているプロデュサーもいる。ところが、新聞は朝日、毎日から読売、産経に至るまで、まるで検察の広報紙になったような記事ばかり。逮捕した石川議員の供述の一部が、小出しにされて報じられている。各紙とも小沢氏の幹事長辞職を求め、説明責任を果たしていないと糾弾。小沢氏があたかも暴君であるような人格批判やら、事実上の収賄に関与しているかのような報道まである。<br />
　私は、小沢氏の人となりを直接知らないし、格別支持・支援する立場でもないので、彼を擁護したいとは思わない。彼の権限のふるい方にも、違和感を感じてきた。彼に、単に形式的なミスではすまされない問題があるならば、彼の権限の大きさからして、厳しく処断されて当然だと思う。しかし、刑事責任を問う一連の報道の仕方には、「メディアの過去の教訓や反省はどこにいったのだろうか」と嘆かわしく思わざるをえない。<br />
　<font color="#993300"><strong>報道機関の役割の一つは権力を監視することなので、政権与党の最大実力者の小沢氏の言動を厳しくチェックすることは当然といえる。だが、検察も権力機関だ。なのにその検察のやることについては無批判に受け入れるだけでいいのだろうか。</strong><br />
</font>　私も、小沢氏は国民に対してできるだけ詳細な説明をした方がいいと思う。しかし、捜査の対象となっている小沢氏にだけ「説明責任」を求める、というのは、フェアではない。一方の東京地検特捜部は、顔と名前を伏せて、自分たちに都合のいい情報ばかりをメディア（とりわけ新聞）に流している。しかも、こうした情報が間違っていても、これでは誰も責任をとることはない。<br />
　<font color="#993300"><strong>流していい情報ならば、発言者が隠れていないで、佐久間部長自らが堂々と顔と名前を出して国民に「説明責任」を果たしてもらいたい。一連の捜査にかかっている経費も、国民の税金からまかなわれているのだ。万が一、流してはいけない捜査情報を、検察庁の誰かが流しているのであれば、そういう輩は特定し、守秘義務違反できっちり処分するべきだろう。</strong></font><strong><font color="#993300">&nbsp;その辺の説明もしっかりしてもらいたい。</font></strong><br />
　<font color="#993300"><strong>捜査対象となっている小沢氏の「説明責任」を求めるなら、捜査中にも関わらず情報をリークして世論操作を行っている検察当局の「説明責任」も追求していかなければならない。</strong></font>小沢氏の記者会見はフリーランスのジャーナリストにも開かれているのに対し、検察の記者会見がフリーランスの記者にもオープンになったとは聞かない。なので、<font color="#ff00ff"><strong>検察の「説明責任」を追求していくのは、もっぱら新聞社を初めとする記者クラブの役割のはず</strong></font>だ。その役割を、新聞社はきちんと果たしているだろうか。<br />
<br />
　マスコミが検察の監視役ではなく、露払いや煽り役を果たしてしまった前例は少なくない。先に挙げた長銀事件もそうだろう。多額の税金を投入しなければならなくなった責任を誰もとらないというのは釈然としないという国民感情を背景に、誰かを「犯人」にしなければ気が済まない雰囲気が醸成された。それにメディアは大きな役割を果たしている。<br />
　リクルート事件にも、そういう面があった、と思う。未公開株の政治家への譲渡が明らかになった1988〜9年のメディアの報道は、競って&rdquo;新事実&rdquo;を報じ合い、世論を巻き込んで検察を煽るような熱気を帯びていた。そうした時代の雰囲気は、今になって思えば、異様ですらあった。与野党問わず汚れきった政界の浄化を検察に託そうという世論の風潮に押されるように、東京地検特捜部が捜査を進め、江副浩正・リクルート会長や藤波孝生元官房長官らを逮捕、起訴した。<br />
　<img alt="" align="left" width="120" height="172" src="/upload/Image/img160ezoe.jpg" />その当事者である江副氏が、昨年になって著書<font color="#800080" size="4"><strong>『リクルート事件・江副浩正の真実』（中央公論新社）</strong></font>を出版。自分の意図や記憶とまったく異なる報道が嵐のように激しく飛び交い、逮捕後は何を言っても検察側には受け入れられない無力感、リクルート社の今後を託した後任者まで逮捕されるのではないかという不安に加え、硬軟交えた取り調べに心を揺さぶられ、不本意な自白調書が作られていく課程が、詳しく書かれている。保釈後も孤独感にさいなまれ、精神状態が不安定な状態が続いた、という。この本を読むと、私たちがそれまで「真実」だと思っていたのは、「検察の真実」にすぎなかったのではないか、と考えさせられる。<br />
<br />
　国の最高権力者であっても、罪を犯しているのであれば、捜査機関は粛々と捜査を進めてもらいたい。小沢氏だけが、除外されるべきとは思わないし、それどころか、権力を持つ者は、それ以外の人たち以上に、厳しい監視の目にさらされると覚悟しておくべきだろう。検察側の狙い通り、小沢氏に問題があると分かれば、当然責任を取るべきだ。その時に「なんで僕ばっかり」とグチられても、同情はされないだろう。<br />
　しかし、捜査機関の判断は必ずしも「常に正しい」とは限らないことは、報道機関はもちろん、その報道に接する一人ひとりが忘れてはなるまい。だから、なるべく冷静に、極力慎重に、そして複眼的に捜査の進展を見守りたい。<br />
　&hellip;&hellip;そういうことを述べると、「小沢を擁護するのか」「検察批判をするな」と頭に血が上って、じっとしていられなくなる方々がいる。私もそうした方々からのメールを受け取ったし、中には意見というより、罵詈雑言と呼びたくなるものもあった。そうした&rdquo;東京地検特捜部幻想&rdquo;にとらわれている方々には、佐藤栄佐久氏と江副浩正氏の前掲書、それに元検事で名城大学教授の郷原信郎氏の<font color="#800080" size="4"><strong>『検察の正義』（ちくま新書）</strong></font>をお読みになるよう、お勧めしたい。<br />
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<br />
　過去の事例から学べば、取り調べの課程をすべて可視化する必要があるのは、警察に限らない。今回の事件も、石川議員らの捜査段階での「自白」が裁判になってから問題になってくることもありうる。供述の任意性や信用性が問題になれば、裁判に長い時間を要することになり、真相の解明にも悪影響を及ぼすことを考えれば、これを機に、検察の捜査も含め、任意段階からの全面可視化を急いでもらいたい。<br />
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