涙と陶酔の《ボエーム》

2006年02月26日

 何度観ても、泣けてしまう――《ラ・ボエーム》はそんなオペラの一つ。
 今回は同じキャストで2回観たのに、4幕ではやっぱり涙、涙……でした。
 二期会が久々に上演した『ボエーム』。私が行ったのは、福井敬・大岩千穂コンビのA組ですが、とりわけ2日目(B組をまじえた公演全体としては3日目になります)は、個々のソリストが伸び伸び生き生きと役柄を演じつつ、オーケストラも含めたコンビネーションもばっちり!
 
 主な配役は次の通り。
 ロドルフォ 福井敬
 ミミ 大岩千穂
 マルチェッロ 大島幾雄
 ショナール 宮本益光
 コッリーネ 斉木健詞
 ムゼッタ 飯田みち代
 
 私の大好きな歌手たち大集合!
 その中でも、なんと言っても特筆すべきは、やっぱり福井さんでした。
 近頃の福井さんは、声に一層、厚みを増していて、パバロッティ(の輝きとスケール)とドミンゴ(の深さと表現力)を足して(2で割らずに)1.5を掛けたような感じ。いつ聞いても裏切られることはない、それどころか、新たな驚きを感動を与えられます。
 今回もそうでした。
 『冷たい手を』は、若者らしい生気とミミへの思いがほとばしる熱唱。ホール全体が福井さんの美しくて張りのある黄金色の声で満たされたのでした。そして重唱では若手歌い手陣をぐいぐいと引っ張り、さらには抜群の演技力で涙を誘う…… 
 とくに、ロドルフォは福井さんが本格的にオペラ・デビューをされた役柄でもあり、ご本人にとっても思い入れが強いようで、素晴らしい力演でした。

 大岩さんのミミは、初日と2日目ではかなり違った印象です。
 初日は、幸薄く、内気で控えめで一途な乙女ミミ。2幕のカルチェラタンの場面でも、ムゼッタに気後れしているのか、歌も遠慮がち。死の場面では、ひたすらロドルフォだけを見つめ、思いを残して息絶えます。
 2日目は、短い一生の一瞬一瞬を精一杯生きる女のミミでした。
 好みの問題かもしれませんが、私としては、圧倒的に2日目がよかったです。
 そのミミは、恋心が高まると、病気のことも忘れ、恋に命の炎を燃やします。2幕は幸せの絶頂。帽子を買ってもらい、仲間に紹介され、ロドルフォの恋人として認められて、実に幸せそうです。ムゼッタとマルチェッロをやりとりを横目に、「ま〜大変。でもわたしたちは幸せだもんねぇ〜」とばかりに、ロドルフォにかわいく甘えるミミ。彼女にとって最大の悲劇は3幕の、ロドルフォとの別れを決意する場面です。4幕の死の場面でも、死にゆくミミは決して不幸ではありません。愛するロドルフォのもとに戻り、ショナールやコッリーネらに囲まれて微笑みます。マルチェッロに、「ムゼッタはやさしい人よ」と語りかけ、2人の幸せを思うミミの心情に、涙をそそられます。
 愛する者たちに囲まれ、心満たされて逝くミミに比べて、永遠に彼女を失うロドルフォは……悲しみは、生きる者に残るのです。
 福井ロドルフォの「ミミ〜ッ」という叫びに、遺された者の悲しみと辛さが凝縮されていて、あとは怒濤のような涙・涙・涙。
 
 マルチェッロの大島さんは、男性4人衆の中で最年長ですが、それを感じさせないほど、思いっきり青春していました。今回の演出では、マルチェッロの動きがかなりあるのですが、なんなくそれをこなして、豊かな声を聞かせてくれたところは、演技派でもある大島さんの面目躍如。4幕のミミが入ってくる直前のドタバタでの大島マルチェッロの演技には、観客席から笑い声が起きていました。
 
 宮本さんは、茶髪のカツラをつけて、とっても若々しい明るく無邪気なショナール。だからこそ、ミミの死を彼が最初に気づく場面、胸が詰まりました。この方も、コミカルな演技が上手ですし、本当に一瞬一瞬の動きが見逃せません。
 コッリーネの斉木さんは、若手バスのホープ。温かみのある豊かな声の持ち主で、本当に楽しみな人材です。外套のアリアも、お腹にず〜んと響いてきました。 
 ムゼッタ役の飯田さんも、声がよく響いて、存在感抜群!
 
 演出は、格別奇をてらうわけではなく、舞台全体が、まるで立体絵本を見るようなきれいな造りでした。(ただ、1幕と4幕の屋根裏部屋は、少し小さすぎるような気が……)
 2幕のカルティエ・ラタンのにぎわいは、一人ひとりがとても楽しそうで活気がありました。演出家の鵜山仁さんは、若い頃にフランスで勉強されたようなので、ご自身の青春時代を懐かしむ思いも、込められているのかもしれません。4幕の前半の男性陣のドタバタは、実に愉快愉快。二手に分かれて一方は決闘をし、他方はダンスをしていたのに、部屋を出てまた入ってくる時には入れ替わり、喧嘩をしていた方がダンスに興じ、仲良く踊っていた2人が殴り合いの喧嘩になっているのです。それにいても、こんな激しい動きの後で、息も弾ませずにすぐに歌い出す4人の歌手陣は、すごいと思いました。これだけの歌手陣がそろったからこそできた演出、と言えるかもしれません。
 ただ、女性の描き方(特に初日の)は、いささか不満がある……というか、私の好みとは違うな、と思いました。
 ミミは、果たして内気で清純なだけの乙女なのでしょうか。確かに、プログラムに掲載されている解説によれば、プッチーニは「理想化された純愛の美しさ」にこだわっていたそうです。でも、ミミは本当に、たまたまロドルフォが一人になった時に火を失い、たまたま鍵を落とし、そのうえ偶然に火がまた消えてしまったのでしょうか? それとも……
<ある日ある時、ミミはアパートの入り口で(あるいは階段)で、ロドルフォとすれ違います。「あら」と振り返るミミ。「素敵な人」――ふとそう思ったミミの中で、ロドルフォは「気になる存在」となります。その後も何度も姿を見かけるのですが、どうしても声を掛けられません。クリスマスイブの夜、ミミは一人部屋でお祈りをします。「神様、私に勇気をお与えください」。すると、ドカドカとマルチェッロたちが階段を下りる音がしました。誰かが転げ落ちた様子。上の部屋から、ロドルフォが「コッリーネ、死んだか」とからかっている声が聞こえました。「彼は部屋に残っている!」。そうつぶやいたミミは、ふっとロウソクの火を消します。そして――>
 このオペラが始まる前に、こんなミミの物語があったような気がしてならないのです。たぶん鍵だってわざを落としたんだろうし、出口で再び火が消えるのも、風のいたずらではなさそう。病気がちではあっても、若い女性らしく恋にこがれ、幸せな将来を夢見ていたミミの、一世一代の大勝負がこのイブの夜だったように思えるのです。ただの偶然が重なってロドルフォを出会い、運命に流されていく受け身の人間ではなく、彼女なりに相手を選び、人生を選択しようとしていたと、思いたいのです。そんな彼女だからこそ、最期は本当に愛する人のところで……と必死に階段を昇ったのでしょう。
 ムゼッタは、ミミよりずっとずっと華やかで、本能に忠実な女です。内にこもらず、外にむけて「あたしが主役よ」と言わんばかりに存在感をアピールします。男の視線をエネルギーにして走る真っ赤なスポーツカーみたいな存在。でも、決していわゆる”あばずれ”ではありません。その証拠に、プッチーニはムゼッタにとてもきれいなテーマ曲を与えています。どれだけ自由奔放にしていても、絶対に下品にはならない、うらやましい存在です。しかも、罵詈雑言を口にはしても、心根は優しくて、気性はさっぱり。
 今回の演出では、純で清らかなミミとの対比が強調されるあまり、ムゼッタはいささか汚れ役のようになっていました。大のムゼッタファンとしては、女にとって憧れともいえる彼女の魅力をもっと出して欲しいと、残念でした。
 
 ……と、こんな風にじっくり自分なりのボエームを考えるのも、なかなか楽しいものです。そういう余地を、お客に残してくれた演出、と言えるかもしれません。
 
 それにしても、最近、いろんな意味での「試み」が多く、観ていて頭を抱え込むことが少なくない二期会が、久しぶりにスコーーーーーンとクリーンヒットを打ってくれた感じです。あれこれ悩むことなく、シンプルに「観て楽しく、聞いて感動」のオペラでした。
 ぜひとも、このキャストで再演をお願いしたいものです(その時には、字幕をもう少し工夫していただきたい)。それから、頭をひねらなくても別世界に遊ばせてくれるような、こういう公演を、もうちょっと増やしてくださいと、重ねて要望しておきたいです。
 素晴らしい音楽に酔い、その後に友人と一緒においしいワインに酔って……オペラの醍醐味を味わった公演でした。

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