歌に酔い、美しい舞台にしびれる

2006年06月27日

 まさに豪華絢爛にして古色蒼然。オケの響きは重厚にして、ヴィジュアル的には壮麗、そして美妙なる歌声。奇をてらわなず、一目瞭然で分かりやすい演出で、美しい物語の世界を描き出す。
 メトロポリタン歌劇場の引っ越し公演「椿姫」は、セットといい、衣装といい、そして登場する歌い手といい、まさに「めくるめく」という形容詞がぴったりの、ゴージャスでリッチなパフォーマンスだった。
 直前に見たボローニャ歌劇場が、秘伝のトマト・ソースと特産のチーズやサラミのおいしさで一切れまた一切れと次々に手が出てしまうピッツァだとすると、メトは、一皿で十分堪能させるような、極上のソースを添えた上質のステーキにたとえられるかもしれない。
(写真はプログラムより)

 大がかりなセットは、カーテンのレースや調度品など細部に至るまで贅を尽くし、女性の髪飾りなど衣装や小物も一つひとつが美しい。現実のあんなこと、こんなこと、といった煩わしさをすべて忘れ、まったく別世界にどっぷりと浸らせてくれる。心は、2006年の東京を脱出して、1850年頃のパリの社交界へ、そしてパリ郊外の一軒家へと、飛んでいく。
 特に2幕の第2場は、幕が開いたとたん、「ぅわあ〜っ」と歓声とため息の入り交じった感嘆が客席から上がった。フローラ宅のパーティ会場の豪華さに、うっとりして実に幸せな気分
 最近のオペラは、「斬新」な演出が流行らしい。中にはもちろん素晴らしいものもあるけれど、演出家が「自分らしさ」を出そうとするあまり、作品や一般の観客が置き去りにされているものも少なくない。評論家など専門家の間では、トラディショナルで一般受けする演出は蔑まされがちだけど、大枚はたいてチケットを買って見に行くお客は、そんなに「斬新」なものを求めているんだろうか、と思うことがある。
 おどろおどろしい、あるいは奇妙きてれつな、決して美しいとは言い難い演出を見たりすると、「今日初めてオペラに来たという人は、二度をオペラに足を運ぼうと思わないだろうな」と、悲しい気持ちになる。
 今回のメトの舞台を見て、「たまには、こんなふうに思い切り贅沢な気分を味わえて、あれこれ悩まず美しい音楽と舞台に酔っていられるオペラを見たいわ!」と思ったのは、私だけではないと思う(ただ、このお値段はナントカならないのかしら……。ボローニャも含めて、海外オペラの引っ越し公演の価格はあまりに高い!)。
 
 演技がとてもうまい歌手なのか、それとも、歌がベラボーに上手な女優なのか――オペラで主役を張れる歌い手をこの二つに分けるとすると、ヴィオレッタ役のルネ・フレミングは、圧倒的に後者という気がする。
 彼女の演技は、それだけでヴィオレッタの悲劇を十分に伝えるような説得力と存在感がある。その表現力で、豪華なセットときれいな衣装が作り出す物語の世界に命を吹き込み、リアルな生きた空間に変えてしまう。このワザは見事だ。
 しかも、あの音響の悪いNHKホールでも、客席の隅々までその歌声を美しく届けようという、執念にも似た歌い手としてのプロ意識にも圧倒された。第3幕は、そんな思いが前面に出た、彼女のショーという感じ。
 
 私の一番のお目当てはジェルモン役のディミトリー・ホロストフスキー様!
 こんなに若くて素敵な彼が、何もこういう老け役をやることはないでしょうに、と思うのだが(しかも以前より体が引き締まって、ますます若々しくなっているというのに)、実は彼はこの役がすごく気に入っているらしい。確かに、音域はぴったりで、彼の声の魅力を十二分に表現できる役柄ではある。
 実際、「プロヴァンスの海と陸」など、深みのある声をたっぷりと、そしてレガートに響かせて、客席をうっとりさせた。
 アルフレード役のラモン・ヴァルガスの明朗で伸びのある美声は、この役柄にぴったりでとてもよかったのだけれど、私がヴィオレッタなら、彼よりもパパ・ジェルモンを選んでしまいそう。ついでにいうと、ヴィオレッタのパトロンである男爵も、クラーク・ゲーブルを品よくしたようなハンサム。これだけいい男が揃うと、ひげ面のヴァルガス君は、ヴィジュアル的にかなり分が悪い(でも、くどいようだけれど、歌はよかった!)。
 
 それにしても、返す返すも残念なのは、公演会場。
 確かにメトの舞台を再現するには、それなりの大きさが必要なのだろうけれど、NHKホールはマイクやスピーカーを駆使する紅白歌合戦の会場であって、生の声で登場人物の様々な思いを表現するオペラにふさわしい場ではない、と言わざるを得ない。
 なにしろ2階でも奥の席になると、微妙な音は聞こえない。まして3階席をや、という感じ。だいぶ前にヴェルディのレクイエムを2階の隅で聞いた時には、チェロによる静かなイントロの音が届かず、いつ演奏が始まったのか分からないくらいだった。
 今回のメト一座は、東京に来るまえに新しくできた兵庫県立芸術文化センターで公演をしているのだが、オケの一員はNHKホール、「ドン・ジョバンニ」を上演した東京文化会館より、この兵庫のホールがずっとずっとよかった、と言っていた。
 しかもNHKホールは客席が横に広いので、翼の席になると舞台がよく見えない。私も奮発してS席にしたのに、1幕では左の小部屋がほとんど見えず、ヴィオレッタが視界から消えた時には、がっかりした。
 そういうNHKホールが、海外の引っ越し公演ではしばしば使われる。一つは、客席数が3746席と、オペラが上演できる構造のホールとしては、都内で最大の規模であるためだろう。東京文化会館が2303席、新国立劇場が1814席であるのに比べて、圧倒的な収容力を誇る。東京で最高のオペラホールである新国立劇場は、なぜか海外からの引っ越し公演をやることがない。新国立が貸したがらないのか、それとも一回の公演でなるべく多くの客を入れたい主催者側が嫌うのかは分からない。いずれにしても、オペラをやる場としては、日本で1、2を競ういいホールではなく、ひょっとして最悪の部類に入るかもしれないホールが、歌い手もオケも演出も最高水準の一座の来日公演のメイン会場となるのは、すごく残念な気がする。
 NHKホールや東京文化会館よりも、神奈川県民ホール(2488席)の方が、ホールの美観やアクセスの問題に目をつぶれば、ずっといい。
 日本を代表する場である東京が、海外の大がかりなオペラを受け入れる場としては、NHKホールしかないなんて恥ずかしい……と石原都知事は思わないのかしらん? 

 ところで、メトの一座が去った後、ホロストフスキー様のリサイタルがサントリーホールであった。
 今回のプログラムは、チャイコフスキーなどオール・ロシア歌曲。夜、闇、死など、暗くて重いテーマをとりあげた作品が集められていた。
 雄大なの森林を思わせる深遠で厚みのある声で、朗々とロシアの魂を歌い上げた。
 とりわけラフマニノフのドラマチックな歌曲は、一つひとつがオペラのアリアを聴いているような充実感。
 私はこのホールでも一番音の響きが好きな、2階のLBブロックで聞いたのだが、彼の声とオーラで全身が包み込まれたような心地よさだった。
 事前の宣伝不足か(そういえば、このリサイタルのチラシって、ほとんど見てない気がする)、オペラ続きでファンの財布も疲れてしまったせいか、客の入りという点では今一つ。けれども、彼はそういうことはまったく意に介さず、一曲一曲魂の籠もった演奏を披露し、すべての客に笑顔と会釈で挨拶をし、渡された花束は一つひとつしっかりと香りを嗅いで、ファンの心に応えた。そのステージ・マナーに、改めて彼の人間性に惚れ直した。
 アンコールも5曲。彼のリサイタルでは定番となりつつある、ピアノ伴奏なしのロシア民謡は、ロシアの広大な大地からわき上がってくるような迫力と神々しさで聞き手を圧倒。最初のインタビューの時から、彼にヤーゴをやってもらいたいと言っていた私としては、オテロの中から一曲歌ってくれたのも、うれしかった。
 終演後、「ヤーゴをやらなくっちゃ!」と言う私に、「やるよ。準備はしてる。まだ予定ははっきりしないけどね」とのこと。
 彼がヤーゴをやるなら、デズデモーナとオテロの人選は、本当にしっかりやって欲しい。
 そして、もっともっとうれしいことに……
 彼は、メトで再来日することになるだろう、とのこと。
 しかも予定されている演目は、私が愛してやまない「ドン・カルロ」!!!!

 ホロストフスキー様のロドリーゴが日本で聞けるなんて!!!!!!!!
   (コレ↑は当サイトの特ダネです!)
 ドン・カルロは誰がやるのかしら。エボリ公女は? フェリペ2世は? エリザベッタは?
 招聘元は、今回と同じジャパン・アーツのはず。しっかりやって最高のキャスティングを実現してくださいよ〜と、ここで声援を送っておきたい。
 ああ、今から本当に楽しみ! それまでにしっかり資金を貯めておかなくては!! その時はせめて一公演でも、新国立劇場か神奈川県民ホールでやって欲しいと、これも主催者には強く強くお願いしたい。
 「ドン・カルロ」と聞いた瞬間、私は思わず大歓声を挙げてしまい、ホロ様&奥方様の笑いを誘ってしまった。ちなみにホロ様の奥様は、女優ではないかと思うほどの超美人だ。しかも朗らかな方で、私もついつい一目惚れ。「(アンコールの)最後の曲は、君のために歌ったんだよ」とホロ様が目の前で奥方と熱い熱いキスを交わすのを、私はただただぼお〜っと見つめていたのであった。

 

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