オペラの真髄を超お手頃価格で楽しむ

2006年10月25日

 オペラをやるには金がかかる――多くの人はそう思っている。
 だからチケット代が高いのもしょうがない――多くの人は、そうあきらめているのではないか。
 そんなイメージに便乗してか、「この劇場で(orこの演目でorこのキャストで)、このお値段?!?!?!」と叫びたくなる、不相応に高額なオペラ上演もある。
 もっとも、オペラを制作するには、相当にお金がかかるのも事実のようで、主催者は企業や諸団体、公的機関などに頼みまくり、必死に資金を確保しなければならないらしい。
 でも、そんなにお金をかけなければ、オペラの楽しさは絶対に味わえないのだろうか?
 
 否!
 
 そう断言できるオペラに行ってきたので、ご紹介したい。
 ただしこの催し、正式名称がやたら長い。
 
《サントリーホール20周年記念フェスティバル公演・モーツァルトで二期会週間 第二夜 美的調和の夜 姿優しく声美しく!!》

 要するに、二期会のベストメンバーで、モーツァルトの名作オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》を、サントリーホールの小ホールでやる、というもの。
 ダイジェストなので、上演時間約3時間のものを、休憩をはさんで2時間ほどで。というわけで、アリアは全部カット! 望月フェランドのソロを聞けないのは、ちょっと涙。
 でも、その代わり、重唱をたっぷり。美しい姉妹の二重唱あり、恋人も交えた四重唱、そして全員揃っての六重唱……なんと19曲も!! やっぱりなんといってもこのオペラの最高の魅力は、アンサンブルだもの!  
 しかも、歌い手陣が超豪華!
  フィオルディリージ(ソプラノ) 澤畑 恵美
  ドラベッラ(メゾ・ソプラノ)  林 美智子
  フェランド(テノール)     望月 哲也
  グリエルモ(バリトン)     黒田 博
  デスピーナ(ソプラノ)     砂田 恵美
  ドン・アルフォンソ(バス・バリトン)池田 直樹
 
 二期会のベストメンバーというより、「日本でこの作品をやるなら、絶対この人たち!」と言いたくなるような最高の布陣だ。
 小ホールなのでオーケストラは入れない。だから、演奏はピアノで。といってもピアニストは、オペラのオケパートをピアノで演奏させたら、日本で1、2のうまさと定評のある河原忠之さん。期待にたがわぬ抜群の演奏で、モーツァルトの美しい音楽の世界を作り出す。
 舞台もとても狭いが、それを逆手にとるように、客席の2本の通路も舞台にしてしまう演出だった。フィオルディリージとドラベッラの姉妹と、その恋人であるフェランドとグリエルモがそれぞれ通路に降りて二重唱を歌った時は、ステレオ効果がバッチリ。別方向から聞こえてきた二つの声が融け合っていくのを体で感じて、うっとり。望月フェランドは、私の席の近くで止まって歌ったので、透明で伸びのよい、それでいて温かみのある声に浸ることができて、心はすっかりトロトロに。
 音楽は美しく響き合うあうのに、心はすれ違っていたり、思いはいろいろだったり、駆け引きがあったり。指揮者もいないのにどうして?と不思議に思うほど、タイミングも表現も、歌い手たちの息はぴったり合って、本当に素敵。
 
 衣装は、黒いパンツスーツやドレスなど、それぞれ自前の服。セットは6脚の椅子、小道具はサングラスなどの眼鏡類だけ。小間使いのデスピーナが、結婚式の公証人に化けた時には、東急ハンズで売っていそうな、高い鼻とちょび髭のついた偽眼鏡だった。
 しかも字幕もなし。でも、なにしろ芸達者な歌い手ばかりなので、演技力でその場その場の状況を作り上げて行く。むしろ、こういうシンプルな形の方が、歌手たちの力量が見えてくる、と言えるのかもしれない。
 で、その演技が最高! アルフォンソの挑発で、フェランドとグリエルモが出征したフリをし、そのあと別人に化けて恋人のところにやってくる。別れの際の、望月フェランドがしつこく林ドラベッラといちゃつくのが、なんともおかしく、客席は笑いの渦。別人になりすました二人は、黒い上衣を脱いで、白いシャツに派手なサングラス姿で登場する。その時もお客は大爆笑。黒田グリエルモのすかした仕草が、かっこよくもあり滑稽でもあり。キザな色男が似合い、笑いを誘いながら素敵に演じるのは、黒田さんの魅力の一つだ。その魅力に負けて、林ドラベッラは陥落。グリエルモが指で作ったハートマークは、ドラベッラの胸に飛び込んでしまう。その二人の駆け引きが絶妙。かたくなに「鉄の貞操」を誓っていた澤畑フィオルディリージも、「だめよ、だめよ」と言いながら、フェランドの求愛を受けてしまう。その掛け合いも、歌は美しいのに、見ていると笑みがこぼれてしまう。砂田デスピーナが医者に化けて”治療”を施す場面、そして公証人となった所でも、客席全体が大笑い。池田アルフォンソの思わせぶりな芝居も、おかしくってたまらない。なんとピアニストの河原さんまで、一度だけ演奏の合間に役者になった。それが実におかしくて、やはり爆笑。
   
(練習風景。本番は前の二人は白シャツ=二期会提供)
 
 解説は極力少なく、最小限の日本語の台詞を上手に入れるだけで、もっぱら音楽でお話をつないでいく。今年1月に静岡AOIで演じたコジは、シンプルながらも衣装はつけて、地元の業者から借りたアンティーク家具などを並べてそれらしいセットを作った。でも、今回はそういうものさえないのに、ドタバタ喜劇風の物語の面白さと人の心模様、声が重なり合い音が響き合う音楽の美しさという《コジ・ファン・トゥッテ》の真髄を、たっぷりと味わうことができた。
 それでいて、チケット代は4000円!! 小さいホールだし、歌い手は後ろの席まで歩いて行ったりする演出だったので、どの席もS席みたいなもの。なんだか申し訳ないくらいのお値段だ。
 大がかりなセットや凝った衣装を準備したり、大編成のオーケストラを揃えるには確かにお金がかかりそうだけれど、それがなくても、素晴らしい歌い手・ピアニストがいれば、そして素晴らしい作品であれば、オペラはこんなに楽しめる。ってなことを、今回の企画は証明してくれた。
 ああ、楽しかった! このメンバーで、もう一度この作品を聞きたいな〜♪
 二期会さん、ぜひともヨ・ロ・シ・ク!
 でなければ、地方の小さなホールでいかが? この企画なら地方遠征しても、もう一回聞きたいのだけれど。

【追記】
 この演出は、メゾ・ソプラノの林美智子さんによるもの。なんでも演出の仕事は林さんにとって初めてのお仕事だそう。声よし姿よし演技よしと、神様が二物も三物も与えた人だわ〜と思っていたけれど、「演出のセンス」というもう一物、計四物も備えた人だということを、今回の上演で実証した。
 
【追記2】
 経済観念のしっかりしている”林一座”は、唯一のセットである椅子6脚を、公演終了後売りに出した。私は前の方で手を挙げて、赤い椅子をゲット! 一脚1万円也。裏側に出演者のサインが付いている。大事なお宝になること間違いなし。
 

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