耽美の世界を堪能する〜オペラ《ダフネ》を観て

2007年02月14日

 嗚呼、こんなにも美しい世界があったのですね〜♪
 R・シュトラウスのなんとも甘美な音楽と、それを視覚的に最大限に増幅して見せた演出。美に耽り、美に溺れ、美を貪る……東京二期会《ダフネ》は、そんな耽美の世界でした。


 
 物語は、ギリシャ神話が元に展開されています。漁師の娘として生まれ育ったダフネ(釜洞祐子)は、自然を愛する無垢な乙女。人の営みよりも木々の動き、風のささやきに親しみを感じています。きょうだいや親子の慈しみには心を動かされても、男からの求愛は嫌い、幼なじみのロイキッポス(樋口達哉)から思いの丈を告白されても拒絶。彼女を見初め、姿を変えて降臨してきた太陽神アポロ(福井敬)のことも、「兄」としては受け入れても、その真意が分かると激しく拒みます。女装して祭りに紛れ込み、ダフネを奪おうとしたロイキッポスにアポロは怒り、稲妻で一撃。殺してしまいます。一時の激情に身を任せたことに後悔するアポロ、自分の曖昧な態度が幼なじみの命を失わせたのだと自らを責めるダフネ。アポロの願いを聞き入れたゼウスのはからいで、ダフネは人間の姿を捨てて、月桂樹として蘇るのでした。
 
 指揮者の若杉弘さんが「本当に美しい音楽ですから」とおっしゃっていた通り、心も体もとけてしまいそう。とりわけ、ダフネが月桂樹に変身する場面は、聞きながら、自分の魂も浄化され肉体から解放されていくような気持ちになります。この世のゴタゴタした人間関係もトラブルも、すべて忘れて陶酔感に浸ったのでした。
 初めて聞くオペラということもあって、CDを繰り返し聞いてはいたのですが、やはりナマの演奏は、耳だけでなく体で感じるものがあり、はるかに心を揺さぶられます。
 本番の回数を重ねていくごとに演奏者にもゆとりが出てくるのか、最終日のオーケストラは、初日の何倍も音楽の美しさが際だっているように感じられました。
 
 今回の目玉は、コンテンポラリーとオペラのコラボレーション。
 一見異色とも思える組み合わせが、美しく融合していました。
 舞台が、歌は歌、ダンスはダンスというように分断されることなく、きれいにつながっているのです。歌い手にも細部にわたるまできれいに演出がつけられ、舞台上の動きも音楽と同様、流れるように展開していきます。
 その点で、ロイキッポスの樋口さんと二人の乙女(平井香織、日比野幸)が、特に大事な役割を果たしていたと思います。特に樋口さんは歌と容姿(女装の場面、かわいかった!)がすばらしかっただけでなく、動きにおいても繊細な表現をされて、いわば歌い手とダンサーをつなぐ役割も果たされていました。踊っているかのように、歩き方は軽やかで、手の動きもしなやか。殺された後にダフネに抱きかかえられる場面でも、歌っている釜洞さんの負担にならないように自らを支えながら、客席からはすっかり脱力して死体になりきっているように感じさせるなど、最後の最後まですばらしい表現力でした(ご本人によると、「稽古の時は、死体になってからの方が、ダメ出しが多かった」そうで、やはり難しかったのでしょうが、それを立派にやりとげらました)。他の歌い手たちも、実に丹念な動きをされていて、それは演出の大島早紀子さんの仕事の丁寧さと、出演者たちの力量の高さを示していると思いました。
 
 ダフネの釜洞さんは、初日は出だしが抑え目のように感じられましたが、最終日は最初からエンジン全開。清楚でかわいらしく純なダフネ像を作り上げていました。この方は《インテルメッツォ》のクリスティーナのような思いの激しいわがまま女も、《欲望という名の電車》のブランチのような哀しい女もよかったですが、今回は一転して、無垢で清楚な乙女をたおやかに愛らしく演じていました。
 そして、なんといっても福井さん!!!! 持ち前の輝かしく豊かな声で太陽神の輝かしさを歌い上げ、卓越した表現力で、神らしからぬ振る舞いを恥じたり一時の激情で人間を殺してしまったことを悔いる心の揺れを描き出していました。神々しく、それでいて人間臭いアポロでした。その声の、オケの大音量を貫き通す強さにしびれ、金色にきらめく美しさにうっとり……まさに至福の時でありました。
 さらにゲーア(板波利加)の滋味のある低音、威厳ある家長としての存在感を示したペナイオス(池田直樹)も印象的でした。そして出番は少なかったですけれど、注目の若手バス斉木健詞さん(第4の羊飼い役)の豊かなバスが聞けたのもうれしかったです。

 セットも衣装も照明も、本当にきれい。釜洞さんの衣装など、胸元にはビーズで模様が描かれているなど、かなり手が込んだものでした。
 ダンスも、特に木の精たちの踊りなど、なんとも美しかったです。クラシック・バレーのようにトントンと着地音がしないのもいいな、と思いました(最後の場面で、セットの移動音はちょっと気になりましたが)。ただ、視覚的な刺激がとても多かったので、初日に見た時には、私はダンサーの動きに気をとられすぎてしまいました。どうしてこんな動きができるのかとか、空中であんな激しく動いて大丈夫かしらとか、そんなことが気になってしまって…。個人的な好みを言えば、もう少し動きが穏やかな方がいいなと思う場面もないではありませんでした(特に最初と最後)。
 もっとも、展開が分かった二度目になると、私も自分なりに意識の振り向け方が分かってきて、音楽を存分に堪能しながら、美しい舞台を味わうことができました。
 最後は、終わってしまうのが本当に残念で、せめて一秒でも余韻を楽しみたい……なのになのに……自己顕示欲の強いブラボーおやじのダミ声に、夢の世界を断ち切られてしまったのが残念でした。

 いずれにしても、今回の音楽とコンテンポラリー・ダンスの融合という冒険的な試みは成功でした。
 東京二期会は、昨年のコンヴィチュニーによる《皇帝ティトの慈悲》に続くこの《ダフネ》で、独自の方向性を打ち出したような気がします。これからも新しい挑戦をしつつ、日本では上演の機会がなかった作品を、美しく(あるいは楽しく)見せて欲しいな、と思います。

<写真は東京二期会提供>


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