オペラの世界を堪能する

2007年09月06日

 「めくるめくような」というのは、こういう時を言うのだろう。
 サイトウキネンとチューリッヒ歌劇場のオペラ、合計3本を立て続けに観るという、夢のような、この夏最大のイベント。すべて素晴らしく、幸せな充足感とともに今年の夏は終わった。
 
 サイトウキネン・フェスティバルに行くのは3年ぶり。今年は《スペードの女王》をやるというので、わくわくしながら松本へ。
 その期待にたがわぬ……というより、予想を上回る極上の舞台だった。
 なんといっても圧巻は、主役ゲルマンを演じたウラディーミル・ガルージン。一昨年前、ソフィア歌劇場の来日公演で、《オテロ》のタイトル・ロールを歌った時も、本当に素晴らしく、最高のオテロ歌いと思ったのだが、ロシアものとなると、まさにエンジン全開。テノールでありながら、これほどの深み! 重み!! 厚み!!! 凄み!!!! これぞロシアン・テノールの極みという感じ。リーザへの恋心が狂気と化し、カードの秘密に対する執着へと変容するゲルマンの業の深さを鬼気迫る表現力で歌い上げていて、聞いていて圧倒された。
 関係者の話によると、ガルージンは本番の直前まで子どもと遊んだりしてごく普通にしていて、格別の発声練習をすることもなく、日常生活の延長のように、ふっと舞台に出ていって、ああいうすごいパフォーマンスをやってのけてしてしまうのだそう。以前にも、数日後に主役を演じる本番が控えているというのにウォッカをがぶ飲みし、タバコを吸いまくるロシア人声楽家を見て驚いたことがあったが、体力といい喉の構造といい、ロシア人はそれ以外の人類とは違うのかではないか、と思うほどだ。
 そしてリーザ役のオルガ・グリャーコワは可憐で美しく、それでいて芯が強く、こちらはまさしくロシアン・ソプラノの華。
 ”スペードの女王”と呼ばれる伯爵夫人の役もロシア人メゾ・ソプラノ。彼女もやはり強くて心を深くえぐるような凄みのある声を響かせていた。
 惜しむらくは、エレツキー公爵役のバリトン。悪くはないのだが、テノールがあれだけ深い声だと、普通の歌い手ではなんだか声が薄く感じられてしまう。ガルージンに太刀打ちできるのは、やっぱりロシア人かな、という気がしてしまう。私の好みを言えば、やっぱりホロスフスキー様! この美しいアリアを彼の声でオペラの中で聞けたら、最高だろうな。
 と、欲を言えばきりがないのだが、合唱は東京オペラシンガーズだし、オケも豊かで巧みな演奏を聞かせてくれて、チャイコフスキーの美しさを満喫できた。
 演出は、アメリカのメトロポリタンで上演されたもの。小ぶりでヨーロッパ風の松本の劇場では、いささか窮屈な感じもし、シャンデリアなどのセットが少々大きすぎてアンバランスな気もしたが、メトの演出は安心して音楽に浸っていられるし、とにかく美しい。衣装もきれいで、視覚的にも大満足だった。
 
 そして、東京に戻って、オーチャードホールでのチューリッヒ歌劇場の公演。
 演目は、《椿姫》《ばらの騎士》。どちらも、指揮者のメストが最高だった。音符の一つひとつにまで繊細な神経が行き届いた、美しい演奏。感情が高まる時ほど、抑制をきかせ、しっとりとした音楽を丁寧に奏でていて、聞いていると心の奥底からじわじわと感動が高まってくる。
 歌い手も素晴らしい。
 主な役柄3人が揃っていい《椿姫》に出合うことは、そうはないけれど(ヴィオレッタはいいけどはアルフレードがイマイチだったりすることがしばしば)、今回はまさに三役そろい踏み。特にヴィオレッタのエヴァ・メイが本当にうまい。むしろうますぎて、一幕などは気持ちが入り込めなかったのだけれど、2幕3幕と歌に心が吸い寄せられてしまった。ジェルモンのレオ・ヌッチはさすが! アルフレードのピョートル・ベチャーラも、若々しい張りのある声を響かせて、とてもよかった。
 《ばらの騎士》のヴェセリーナ・カサロヴァは光沢と厚みのある声で、とても素敵なオクタヴィアンだったし、ニーナ・シュテンメのマルシャリンも品があって大人の女の魅力を存分に発揮していた。オックス男爵のアルフレッド・ムフは、お人柄がいいのだろう、イマイチ下品になりきれないところはあったけれど、声の深さと低音域の伸びがすごかった。
 主役級だけでなく、他の出演者も粒が揃っていた。《椿姫》で言えば、フローラやドゥフォール男爵などもよくて、1人ひとりの人間としての存在感があった。
 というわけで、二つの作品を十分に堪能しきることができて、これまた大満足。
 ただ、演出に関しては不満が残った。たとえば、《椿姫》の最後の場面。ヴィオレッタが死んだ瞬間に、なぜアンニーナがバタバタ動いてロウソクをつけたりするのか。2幕の1場と2場の間に休憩を入れたのもおかしい。時間的にも気持ち的にもつながっているのに、無理矢理断ち切られた感じだ。《ばら》の2幕では、バラの騎士の到着を待つゾフィーが、どうして台所でトンカツの衣をつけたりしているのだろう。場所といい行動といい、結婚に幻想を抱き貴族にあこがれている彼女の気持ちを表すのに適切とは思えない。最後の場面で、マルシャリンが若い2人を結びつけた後、よろよろと倒れ込んだりするのもガッカリだ。彼女には、無理をしてでも最後まで毅然としていて欲しいのに……
 
 それはともかく、このチューリッヒ歌劇場の引っ越し公演は、チケットのお値段(9000〜39000円)も適正だった。最近は、イタリアの歌劇場だと、名前を聞いたこともないところでも、平気で5万円以上をつけてきたりして、主催者の金銭感覚を疑うことが、しばしばだ。それでいて、目玉の指揮者がキャンセルしたりして訴訟沙汰になるケースも。最近も、某有名歌劇場の高額なチケットを売り出すた時にはチラシにでかでか載っていた指揮者の写真が、いつの間にか別の人の写真に差し替えられていて愕然としたことがある。どうやらチケット売り出し時に、ちゃんと契約していなかったらしい。こういうのは、詐欺じゃないかと言いたくなる。そういう主催者の作為はなくても、メインの歌い手が「健康上の理由」でキャンセルすることはよくある。新国立劇場など、チケット売り出し時のキャストが本番で揃うことの方が珍しいくらいだ。生身の人間なのだから本当に体調を崩すことはあるだろうけれど、あまりの頻度に、もうちょっと何とかならないか、と思う。
 これに対して今回のチューリッヒ歌劇場(主催・招聘フジテレビジョン)は、納得のいく価格で、指揮者も主要キャストもチラシ通りの人が最高の演奏を聴かせてくれた。納得のいく価格といっても、決して安い買い物ではなく、お客からすれば約束通りの人が揃って当たり前。とはいえ、当たり前がなかなか通らない今のご時世を考えると(加えて最近の円安ユーロ高の中で)、ここは「チューリッヒ歌劇場とフジテレビは偉い!」と、ほめておきたい。次回の来日もこういう高水準適正価格を保っていただきたいし、他の劇場の来日公演もこれを見習って欲しい、と思う。
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