”冤罪オペラ”を観る

2008年03月11日

 こんな面白いオペラが、なぜ日本ではこれまで上演されなかったのだろう。
 日本初演だという藤原歌劇団「どろぼうかささぎ」を見て、そう思った。
 実は、海外でもこの作品はあまり上演の機会がないらしい。そういえば、CDやDVDを探しても見あたらない(ネットオークションに出ていたけれど、1万2000円という高値がついていた)
 
 ロッシーニのオペラというと、明るくて、底抜けに楽しいかったり元気で力強かったり、という印象だが、この作品は主人公が冤罪で死刑を言い渡される、シリアスでドラマチックな物語だった。
 簡単にあらすじを記しておくと――
 
 ニネッタは、元々は裕福な農園主の娘だったのに、家が没落して別のお屋敷にメイドとして働きに出ている。そのお屋敷の跡取り息子ジャンネットと相思相愛の関係で、農園主ファブリーツィオもかわいがっているが、その妻ルチーアはどうもこの娘が好きになれない。以前、銀のフォークが紛失したのはニネッタが盗んでいるのではないかと疑ってもいる。
 そこへ、ニネッタの父親フェルナンドがこっそり会いに来る。彼は外出許可をくれない上官と争いになり、剣を抜いてしまった。上官への反逆は死刑にもなる重罪だが、仲間がこっそり逃亡させてくれたのだった。ニネッタに、唯一の財産である銀の食器を渡して、これを売って金を作るように頼む。ニネッタは言われた通りにする。ところが、それと相前後して、ファブリーツィオ家の銀のスプーンが一本紛失。ルチーアはニネッタの金を見て、この娘が盗んだと思いこむ。
 事態を複雑にするのは、悪代官ゴッタルドの存在。彼はニネッタに惚れていて、激しく迫るのだが拒絶されて頭に来ている。ルチーアの話を聞いて、ニネッタを逮捕。使用人が主人の持ち物を盗んだ場合には最高死刑という重罰で脅して、自分に服従させようという企みだ。けれど、ニネッタはガンとして拒絶し続ける。裁判でも、無言を貫く。というのは、自分の身の潔白を訴えようとすれば、父親のことを言わねばならず、そうなると父親が自分の元を訪ねたことが明るみに出て、捕まってしまうかもしれないと恐れたからだ。
 自分のために娘が犠牲になると知った父フェルナンドは、勇気を奮い起こして裁判所に駆け込む。けれど、娘を救うことはできず、自分が捕まってしまうだけ。ニネッタは「お父さんを救うために自分は死ぬのに…」と悲しむ。 
 裁判官は、ニネッタに死刑を言い渡す。思いの他の展開に、「こんなはずでは」とルチーアは激しく後悔し、悪代官も動揺するが、もう判決が出てしまった後はどうしようもない。
 刑場に連れて行かれるニネッタ。その頃、ファブリーツィオ家の召使いのピッポが、かささぎの巣から紛失した銀の食器を見つけていた。実は、どろぼうの犯人はかささぎだった。ピッポは慌ててかけつけるのだが……
 パーンと一発の銃声がなる。
 ヴェルディがこの物語をオペラにしていたら、一歩遅くて処刑は終わっていた、という展開で、悲劇にしていたに違いない。
 でも、そこはロッシーニ。めまぐるしいどんでん返しを用意して、ハッピーエンドにむけて(いささか強引に)突っ走る。銃声も、「間に合わなかった!」と思わせておいて、実は「祝砲だ」とのこと。冤罪が晴れ、釈放されるニネッタにルチーアは許しを請い、晴れて彼女はファブリーツィオ家の嫁として祝福される。フェルナンドにも国王からの恩赦が出る(ちょっと都合よすぎる気がしなくもないが、よいよい、ロッシーニだもの)。というわけで、悪代官以外はみんな幸せになって幕。
 
 ハッピーエンドだと分かっていても、途中はドキドキハラハラ…
 そうでなくても、ロッシーニの音楽は、聞いていると胸の鼓動がどんどん早くなっていく。特に重唱を聞いている時の気持ちの高まりは、本当にたまらない。そのうえ、ストーリーがこれだから、どんどんのめり込んで、あっという間に終わってしまった。
 あ〜、もう1回最初からみたい!
 
 以前、やはり藤原歌劇団でロッシーニの《チェネレントラ》《ランスへの旅》を指揮したアルベルト・ゼッダさんが素晴らしく、オケのリズムと盛り上がりが、「本当に日本のオケ?」と思うくらい。かなりのお年のようだが、お元気な限り、ロッシーニの魅力を日本に伝えて欲しい。
 ニネッタ(チンツィア・フォルテ)の伸びのある声、ジャンネット(アントニーノ・シラグーサ)の幅広い音域を難なくこなす軽やかな美声にうっとり。そして、悪代官(妻屋秀和)の密度の濃い声と存在感、ルチーア(森山京子)の厚みのある声で息子の嫁候補に対する複雑な母親心を歌う表現力も印象的だった。
 あと、若手では裁判官(安東玄人)が、張りのある声で、なかなか。プログラムを見る限りまだ20代半ば?というのに、権威の権化のような役柄にふさわしい重々しさを醸し出していた。こういう若手のよい低音が出てくると、本当にうれしくなる。
 
 演出も、奇をてらわず、安心して物語の世界に入り込めた。 
 室内なのに上から木の葉が振ってくるなど、余計なところもないわけではなかったけれど、ストップモーション効果を上手に使ったり、パネルの角度を変えることで場面展開をはかったり、テンポのよい音楽を上手に視覚化する工夫がなされていた。
 それにしても、ラジコンのかささぎにはびっくり。
 出てくるたびにちょっとドキドキしたけれど、本当に上手に飛んで、大事な役割をしっかり務めていた。最後のカーテンコールの時には、リモコン操作をしていた人(イタリア人?)が、歌舞伎の黒子のような衣装を着て登場し、かささぎが客席の上をぶい〜んと飛んで拍手喝采。
 こういう、上演の機会が少ない名作を積極的に取り上げる藤原歌劇団にも、思い切り「あっぱれ!」をあげたい
  
 それにしても、物語に出てきた裁判所は、「正しい人を守り、悪人に雷を落とす」と言ってるわりに、いい加減な裁判で死刑を言い渡す。
 これは決してオペラの世界だからこその誇張した話、ではないと思う。
 ロッシーニの時代もそうだっただろうし、今の日本でもいくつもの冤罪事件がある。「名張毒ぶどう酒事件」のように、事件と本人を結びつける客観的証拠は何一つないことが分かっても、過去の死刑判決を後生大事に守って、なかなか再審を開かないという事件もある。
 1800年代初頭のイタリアと、21世紀に入って8年目になる日本とでは、時代も場所も変わらないけれど、裁判所の体質は古今東西、本質的に変わってないのかも。
 希薄な証拠で死刑判決を下してしまうけれど、罪がないことが分かればすぐに訂正されるオペラの中の裁判所の方が、ずっとまともに思えてきたりしなくもない。
 
 ところで、終演後、藤原歌劇団の人に最初の疑問をぶつけてみた。
 なぜ、今までやらなかったの?
 そうしたら、すぐに返ってきた答えは「難しいから」。
 「いい歌い手が揃わないとできないし」
 オケも難しそうだし。
 でも、こんなに面白いオペラなんだもの、機会を見て、再演して欲しいな。
 
 
 なお、この公演はNHKが収録していた。
 6月頃に、芸術劇場で放送する予定らしい。
 録画を忘れないようにしなくっちゃ!

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