ほんまかいな?! 〜国松長官狙撃事件犯人逮捕の報を聞いて

2004年07月08日

容疑者の顔ぶれを知った瞬間、(たとえが古くて恐縮だが)手塚治虫のキャラクター、アセチレン・ランプの後頭部に灯りがポッと点るように、私の頭上に大きな?マークが浮かんだような気がした。
 1995年3月の国松警察庁長官狙撃事件で、オウム真理教(現在は、アーレフと名乗る)の現・元信者4人が逮捕された。それ以外にも、何人かが実行犯、現場指揮者などの役割で名前が挙っている。
 いずれも、以前この事件に関するウワサや報道が名前が出たことのある人ばかりだ。
 元警視庁巡査長の小杉敏行は、かつて「脳機能学者」の催眠により、「自分が撃った」と”自白”していた。事件発生から1時間後にテレビ朝日に「オウムに対する捜査をやめろ。国松に続き、井上(警視総監)、大森(内閣調査室長)がけがをしますからね」という脅しの電話をかけたのが砂押光明であることは、まもなく特定され、彼はその年の9月に職務強要罪で逮捕されている(不起訴処分)。元「防衛庁長官」岐部哲也は、その役職名が災いしてか「オウムの裏側を知る男」と呼ばれ、事件発生後に現場周辺で風貌の似た男が目撃されていることから、当初から関与がウワサされていた。元「法皇官房」トップの石川公一も、この件に関して相当に念入りな事情聴取を受けている。逮捕はされていないが、一部メディアで実名で報じられた早川紀代秀も、北朝鮮との関わりを含めて疑惑が繰り返し報じられ、本人が裁判で憤慨しながら反論したこともあった。
 これに、かつて暴力団幹部だった元信者と逃走中の平田信を加えれば、過去に関連して名前が挙った人を総出演させました、という感じだ。
 警察の執念の捜査が実り、9年ぶりに事件は解決……となれば、それは結構なことなのだけれど、果たしてどうなのか。
 私は関西人ではないけれど、「ほんまかいな?!」という以外、今の心境を表現する適切な言葉が見つからない。

小杉供述は大丈夫なのか

 警察が強制捜査に踏み切った最大の根拠は、小杉供述のようだ。その裏付けもある、という。
 ただ、小杉供述が本当に信用するに足りるものなのだろうか、という疑問がどうしてもぬぐえない。前述のように小杉は96年5月に催眠状態下の自白をしたものの、その内容には客観的な事実との食い違いがあった。銃は神田川に捨てたという彼の供述を裏付けるため、大がかりな川ざらいまで行われたが何もみつからなかった。結局、この時点で東京地検は立件を見送っている。
 しかも、「実行犯」だったはずの彼が、今度は「下見役」に格下げされている。
 これが逆ならまだ分かる。本当は「実行犯」なのに、重い罰を恐れ、当初は軽い役割だったように装っていたが、説得や追及を受けて事実を認めるようになった……そういう経緯であれば、不自然ではない。だが、もし本当に彼が「下見役」であるとするならば、なぜ自分が「実行犯」であるという嘘の自白をしたのか。
 考えられる理由は二つ。一つは、催眠療法などによって、事実ではない情報と自分の体験とが渾然一体となって記憶されてしまったという可能性だ。 
 くだんの「脳機能学者」はテレビで小杉の”自白ビデオ”を公開した。その後である捜査員が、「これでもう、小杉(供述)は使えない」と言っていたのが、とても印象に残っている。
 そうだとすれば、現時点での彼の供述が、いくら「記憶」に基づいているとしても、本当に彼が体験した事実であると言い切れるのだろうか。
 考えられるもう一つの可能性は、真の「実行犯」をかばって、自分が罪を背負おうとした、というパターンだ。
 ただ、今回の小杉供述によって「実行犯」とされた端本悟は、小杉と深い関わりがあるわけではなく、かなり無理のあるストーリーだ。

端本には隠す理由がない

 この端本実行犯説にも、大いに違和感を感じる。
 端本は、坂本弁護士一家殺害事件の実行犯の一人であり、松本サリン事件の噴霧車の運転もした、として東京地裁、東京高裁で死刑の判決を受けた。彼は、自身が関与した事件はすべて供述しており、謝罪を繰り返してきた
 彼は、私の自宅に毒ガスホスゲンがまかれた事件にも、関与していた。検察官は彼に対する被告人質問の中で、起訴もされていない私の事件を持ち出してきた。不意を打たれたことに憤慨したのだろう、この時すぐには彼は何も述べなかった。
 私は、弁護人を通じて端本に「裁判が終わってからでいいから、知っていることは教えて欲しい。あなたに不利益になることは、私の口からは公表しないから」と伝えた。私は、単に自分の身に何が起きたのかを知りたかったのだ。
 彼からの返答は、「法廷ですべて話します」というものだった。自分自身の情状が悪くなることを覚悟のうえで、公の法廷で洗いざらい話をして、私に謝罪した。
 裁判が始まった当初から、彼は極刑を覚悟していたよう。一審判決の後も自ら控訴することは拒んだ。結局弁護人が控訴をしたが、彼はひそかに貯めた睡眠薬を一気に飲んで拘置所内で自殺を図った。
 そんなふうに、自ら死刑を執行してその死期を早めようとまでした人間が、こと国松長官事件に限って、事実を隠さねばならない理由はどこにあるのか。
 彼の性格を考えても、事実を隠しているとは考えにくい。彼は、潔癖、男らしさ、友情や仁義といった価値観、彼なりの美学にとてもこだわりを持っている。その彼からすれば、自分がやったことを友だちになすりつけるなど、到底許されざる卑劣な行為のはずだ。
 これまで国松事件の実行犯として、小杉以外にしばしば名前が挙った平田信は、端本にとっては友人だ。もし端本が真犯人だとすれば、平田が逃げていて反論しないのをいいことに、黙っていることで友人に罪をなすりつけていたことになる。そんなことがありえるのだろうか。少なくとも、私にはちょっと考えにくい。
 端本は、小杉らが逮捕された後、自分の弁護人に対して、「僕は絶対にやってない」と関与を完全に否定している。
 それに、端本は空手が専門で、拳銃のような飛び道具に関しては素人だ。1994年にオウムが3回ほど、ロシアに”射撃ツアー”を行った中で、一度彼も参加をしている。しかし、それは小銃から自動小銃までいろいろな武器を体験させてくれる催しで、格別な訓練を行ったわけではない。
 国松長官に対しては、4発発射したうちの3発が命中するなど、その犯人の射撃の腕前は相当高いと言われている。果たして、端本にそんなウデがあるのか。
 こんなふうに、端本実行犯人説にはいくつもの疑問が浮かんでしまう。

冷静に見守りたい

 事件が起きたのは、オウム事件の大がかりな強制捜査が始まってまもなく。不審な出来事はすべてオウムと結びつけられるような異様な雰囲気だった。
 国松長官が撃たれた直後、多くの人が直感的にオウムを疑った。
 私自身、オウムに関与していることで死を身近に意識したのも、この事件のすぐ後だった。最も厳重な警備がついているだろう警察庁長官までが襲われるのでは、私などがどんなに警戒していても無駄だ、と思った。
 ただ、時間が経って冷静に考えてみると、本当にオウムの事件なのかという疑問がわいてきて、それが次第に大きくなった。
 当初の小杉実行犯説が崩れた後、私は、オウム事件なのか否かを含め、白紙に戻して捜査をやり直す必要があるという発言を何度も行った覚えがある。オウムはあやしいけれど、それだけに絞るのではなく、もっと幅広い捜査を行う必要がある、と思ったからだ。
 警察は、そうやって一から捜査をやり直した結果、やはりオウムだ、やはり小杉だとなって、今回の逮捕劇になったのだろうか。それとも、ずっとオウムにこだわる捜査を続けてきた挙げ句の手詰まり感を打破するため、一か八かの賭けのような形で、強制捜査に踏み切ったのか……それが気になる。

 これがアタリであれば、事件は長い空白の時を越えて、一挙に解決に向かう。
 捜査機関のトップを狙ったテロは、刑事司法、ひいては日本の法に基づく秩序や国の枠組みに対する挑戦だ。そういう重大事件を未解決のままにしておくことは決して望ましいことではなく、それが解決に向かうとすれば大変結構なことだ。
 もしハズレであった場合どうなるのだろう。
 またぞろ、オウムが権力の弾圧を受けている被害者であるような論調が出てきて、彼らの問題性が薄められなければいいけれど、という心配がつい先に立つ。
 最近明らかになったように、彼らは麻原彰晃こと松本智津夫が最初に行った犯罪、偽薬でボロもうけをしたようなことと似た事件を引き起こしている。この事件は、自らの利益のためには人の命や健康をもてあそぶオウムの体質は、全く変わっていないことを何より示している。
 そうした彼らの問題性こそが、今最も語られなければならないと思っていただけに、今回の事件がどのように展開するのか、とても気がかりだ。
 捜査機関の持ち時間は、最大23日間。この間に、検察庁が公訴に耐えうると判断して起訴するかどうかが問題だ。果たして公訴を可能にする客観的な証拠や供述は得られるのだろうか。
 まさに手に汗握るような気持ちだが、何はともあれ、冷静に捜査の行方を見守りたい。

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