外交下手が気になる
2006年04月16日
横田めぐみさんの夫が、韓国人の拉致被害者、金英男(キム・ヨンナム)さんと判明した後、韓国のメディアもようやく「拉致」という趣旨の言葉を使うようになったらしい。
これで横田さんご夫妻が渡韓し、金さんのお母さんに会い、記者会見をすれば、この問題に向けて、日韓の温度差も解消され、韓国世論も「韓日が協力して問題の解決に当たるべきだ」となるのではないか……。
そんな期待を込めて、朝のテレビ番組の控え室で、『コリア・レポート』編集長の辺真一(ピョン・ジンイル)さんに予測を聞いてみた。
辺さんの表情は予想外に暗かった。
「横田さん夫妻が後悔することにならなければいいが……」
この反応に、私は最初びっくりした。が、説明を聞いて、唸ってしまった。
辺さんの話を私なりに理解したのは、こういうことだ。
日本からすると、北朝鮮という外国に国民が拉致され、しかもめぐみさんは未だに安否がはっきりしない。だから、「返せ」と強く要求するし、横田さん夫妻を初め、多くの日本人は、拉致を行った組織のトップに対し、怒りを込めて「金正日」と呼び捨てる。
一方、韓国国民にとっては、北朝鮮は外国という感覚ではない。しかも、めぐみさんと違い、韓国のお母さんは、溺れ死んだかと思っていた息子が生きていて、孫もいることが分かった。78歳にもなるお母さんとしては、拉致を怒るというより、一刻も早く息子と孫に会いたい。だから、38度線まで行って、「金正日将軍様、息子と会わせてください」と敬称をつけて、哀願した。
この両者では、立場がずいぶんと違う。当初は、励まし合うかもしれないが、そのうち北朝鮮は、この韓国のお母さんを平壌に招くだろう。お母さんは、間違いなく飛んで行く。そこで北朝鮮が劇的な再会場面を演出すれば、韓国側はめでたしめでたし、となる。金さんが自由に韓国と北朝鮮を往来できるように、という問題は、離散家族の問題と合わせて、将来の課題。
そうなった時、韓横田さんご夫妻が置き去りにされるばかりでなく、国国民の目に「孫がいるのに、行きもしないなんて、冷たい」と映ってしまいかねない、と辺さんは懸念する。
「本当は、会いに行きたくてもじっとガマンをしているのに、それが分かってもらえない可能性がある。韓国国民は、情の民なので」
それでは、横田さんご夫妻が、あまりにかわいそうだ。
日本政府は、そういう韓国国民のメンタリティーや韓国国内の事情に基づいた分析をし、北朝鮮の対応を読んだうえで、横田さんご夫妻を送り出そうとしているのだろうか。
それとも、辺さんが案じている展開は、まったく想定していないのだろうか。
どうも、私には後者であるような気がして、心配でならない。
遺骨の鑑定の時と違って、めぐみさんの夫の認定に関しては、日本政府はかなり慎重に対応した。
そして、北朝鮮の外務次官が学術会議のために訪日中にこれを発表。
マスコミも、この新事実をテコに、日韓協力が進むのではないか、という期待を込めた報道をしている。
しかし、これは日本人の感覚、日本の事情に基づいた希望にすぎないのかもしれない。
いくら日本が、日本の正義に基づいて主張を展開したり、行動しても、文化や事情を異にする他国の受け止め方がまったく異なる場合もある。
敵対する関係にしろ、協力を求めるにしろ、外交交渉となれば、相手の事情、国民性を理解したうえでなければならない。それは、相手に迎合する、というのとは違う。相手の出方を読んだうえでなければ、有利な交渉は進められないし、実を取れないからこそ、相手をよく知る、ということが大事なのだ。
本当にしゃくに障るのだが、この点で北朝鮮は実に巧みだ。相手の事情だけでなく、国際情勢を読んだ上で、強気に出たり、少し軟化してみせたりしている。
核を持ち出したのは、イラクが「大量破壊兵器はない」と弁明して、国連の査察も受け入れたのに、攻撃をされたことを学習したのうえでの対応に違いない。白旗を揚げて攻撃されるなら、むしろ「核がある」と思わせた方が粘れるだけ得策、という判断だろう。実際に彼らの読みのように、事態は動いている。アメリカは、核兵器を持っていないイラクを攻撃したために、北朝鮮やイランの核軍備を促進してしまった、と言えるのではないか。おそらく今頃、アメリカの識者は、爆撃を仕掛ける相手を間違えた、と悔やんでいることだろう。
小泉首相は、アメリカのイラク攻撃が始まった直後に、諸手を挙げてアメリカ支持を表明したが、この戦争が自国が関わる問題にどう波及するか、考えていたのか、はなはだ疑問だ。
今回、日本での会議にやってきた、北朝鮮の外務次官は、マカオの銀行の資産凍結解除を要求すれば、六カ国協議再開に同意するとしたが、アメリカに拒絶された。それに対する「(再開が)遅れることは悪くない。その間に我々は多くの抑止力を作る」という北朝鮮外務次官の発言を、強がりと受け止め、北朝鮮は追いつめられている、と分析する人もいる。
果たしてそうだろうか。
そうあって欲しい。が、これも日本人の、日本的な価値観による、日本の人たちの願望を込めた見方なのかもしれない。
それより私は、この外務次官の「我々には伝統的な戦い方がある。この問題では、我々に柔軟性はない」という強硬姿勢が不気味に感じる。そう感じること事態、相手の術中にはまっている可能性はある。そこは、十分気をつけたい。
けれど、凍結された資産は北朝鮮の予算の1%にも満たないと聞くと、彼らは追いつめられているという説を、すんなり信じていいのだろうか、という疑問をぬぐいきれない。
早く六カ国協議を再開して、拉致問題も含めて解決を急ぎたい日本に対して、北朝鮮はむしろ長引かせて交渉を有利に持ち込みたいはず。資産凍結は面子にも関わるので、解除を強く求めるが、ダメならダメで、それを六カ国協議の再開を拒否する理由に使えばいいという、計算が働いているような気がする。
一方のアメリカも、イラクやイランの問題を抱えているし、北朝鮮の問題は差し迫った急務とは言えないだろう。それに、北朝鮮の要求に屈するわけにはいかない、という、こちらも面子がある。
両国の面子の間にはさまって、拉致問題の膠着状態が続いているのではないか、という危惧がある。この事態を北朝鮮は歓迎しているのだろう。アメリカの大国としての面子を知ったうえで、巧妙に立ち回っている北朝鮮のずる賢さを感じる。
それに比べて、日本はどうだろう。
今回の、めぐみさんの夫の身元確認が、この膠着状態を打破するきっかけになって欲しい。
夫である金英男氏は、めぐみさんの安否を知っている人物でもある。彼が自由な立場で、真相を語れるようにすることが、安否を確認するうえで、当面は一番大事な課題だろう。
だからこそ、政府には対応を間違えないでもらいたい。北朝鮮はもちろん、韓国の政府や国民の事情をよく知り、分析したうえで、大事に大事に対応してもらいたい。
そして、できるならば、辺さんの心配が杞憂で終わるよう、心から願ってやまない。