不可能を可能にさせた力とは

2006年05月01日

 不可能を可能にした力は、何だったのだろうか……
 この感動的なDVDに、何度も涙をぬぐいながら、そう自問した。
 
The Ramallah Concert(ラマラでのコンサート)
 Knowledge Is The Begining(まずは知ることから)

 
 世界的な指揮者・ピアニストのダニエル・バレンボイムが、アラブ諸国とイスラエルの若い音楽家たちを率いて、パレスチナ自治区のラマラでコンサートを開くまでの、6年にわたる奇跡そこでの演奏を記録した2枚組のドキュメンタリ&ライブ・コンサートのDVDだ。
 
 パレスチナ問題を巡って、長い対立を続けている、アラブ人とユダヤ人。中には、未だにイスラエルの存在を認めていないアラブ諸国もある。またテロを支援しているとして、イスラエルがシリアを空爆するなど、両陣営は常に緊張状態にある。
 その双方から集まった若い音楽家が、一緒に練習し、一つのオーケストラを結成し、席を並べて演奏する。しかも、パレスチナ自治区内で――とうてい実現不可能と思えるそんな企画は、バレンボイムと親友で文学研究者のエドワード・サイードが発案し、進めてきた。
 バレンボイムはアルゼンチンで生まれ、10歳の時にイスラエルに移住したユダヤ人。サイードは、エルサレムに生まれ、エジプトのカイロで育ち、その後アメリカに移り住んだアラブ系アメリカ人で、パレスチナの人々の解放のために発言を続けてきた論客でもある。サイードはまた、音楽は音楽を愛し、音楽評論も書いていた。
 この二人の呼びかけで、初めて両陣営の若者が集まったのは、1999年の夏。場所はドイツのワイマールだった。チェリストのヨーヨー・マも参加をした、そのイベントの様子は、その後2004年にスイスのジュネーブで行われたコンサートのライブ録音と共に、これまた実に感動的なCD&DVDとして発売されている。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000BDJ1RY/qid=1146473493/sr=1-21/ref=sr_1_2_21/249-7876385-8748323
 
 その中で、サイードとバレンボイムは、それぞれ次のように述べている。
初めはとてもぎくしゃくした雰囲気が漂っていました。けれども10日後には、アラブ音楽を演奏できるのはアラブ人だけだと主張していた子が、ヨーヨー・マにアラブ音階でチェロを調弦する方法を教えていました。明らかに彼は、中国人にもアラブ音楽が演奏できると考えるようになったのです。こうした理解の輪は次第に大きくなり、彼らは全員でベートーヴェンの交響曲7番を演奏しました。実に驚くべき出来事です」(サイード)
「私を驚かせたのは、『他者』に対する無知がどれだけはびこっていたか、ということです。イスラエルの子は、ダマスカスやアンマン、カイロにヴァイオリンやヴィオラを弾く人がいるとは想像できなかった。そして、(中略)シリアから来た子は、今までイスラエル人に会ったことがなかったと言いました。彼にとって、イスラエル人は彼の国やアラブ世界に災いをもたらしうる悪しき見本だったのです。この少年はイスラエルのチェロ奏者と隣同士で座りました。二人は同じ音を、同じ強弱で、同じ弓遣いで、同じ響きで、同じ表現で演奏しようとしたのです。一緒に何かをしようとしただけなのです。(中略)共に一つの音を作り上げてから、二人は互いに、以前と同じように見ることはできなくなりました。共通の体験を分かち合ったので。これこそが出会いの大切さだと思います」(バレンボイム)

 サイードは、2003年に白血病で亡くなった。バレンボイムはその後も、精力的にこのプロジェクトを発展させた。拠点はスペインのセビリアに移り、毎年夏に練習と演奏会が行われるほか、バレンボイムがラマラに出向いて指導をしたり、ピアノの演奏会を開いた。ラマラでの演奏会後、彼は熱狂した聴衆にもみくちゃになりながら、彼らが差し出す紙切れにサインをしていた。
 
 それでも、サイードの遺言とも言うべき、イスラエルの若者の含めたオーケストラがパレスチナで演奏会を開くのは、依然として不可能のように見えた。それが、スペイン政府がバレンボイムの働きかけに応えて、この若い音楽家たちにスペインのパスポートを発給したことで、事態は動き出す。バレンボイムに言わせると、「不可能」から「ほとんど不可能なくらい困難」に前進した。
 このツアーに参加するか否かは、若者たちが葛藤しながら、1人ひとりが自分で考えて決めている。テルアビブに向かう飛行機が飛び立つ直前にも、バレンボイムは「これが最後の機会だから、もう一度考えて。ここで辞めても怒らないから」と声をかけている。
 若者より一足早くラマラ入りしたのだろう、バレンボイムはまずはアラブ諸国からバスでやって来た若者たちを、1人ひとり握手したり抱きしめたりして迎える。その後、イスラエルの若者たちは、四輪駆動車に分乗し、期待と緊張と使命感が入り交じった表情で出発。リハーサルの直前にパレスチナの警察に守られ、サイレンと共に到着すると、バレンボイムはやはり1人ひとりを出迎える。パレスチナ側の主催者の男性が、こう挨拶した。
「我々を信頼してくれて、ありがとう」
 そして本番。ホールの壁には、大きなサイードの写真が掲げられている。バレンボイムがステージに現れるなり、客席は早くもスタンディング・オーベイション。最初に演奏されたのは、モーツァルトのオーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンのための協奏交響曲。パレスチナ自治政府代表者の挨拶をはさんで、ベートーヴェンの交響曲第5番が演奏される。この選曲は、他人任せではなく、運命の扉は自らの手で開けようというバレンボイムのメッセージだろうか。ただ、演奏中は指揮者も奏者も音楽に集中していて、それ以外のことは、頭の中から消えてしまっているようだ。特にバレンボイムは、汗だく。
 その後、サイード夫人が、このプロジェクトに寄せた思いを書いた夫の文章を読み上げた。そして、マイクはバレンボイムに渡された。
 彼は、まずステージ上のオーケストラのメンバーの勇気を褒めた称えた。
 そしてこう語った。
 
「このプロジェクトは、平和のオーケストラだとかなんとかと、持ち上げられることがあります。けれども、これは言わせてください。皆さんもお分かりのように、何もこのオーケストラが平和をもたらすわけではありません。ここに集った素晴らしい人たちが、平和をもたらすわけではないのです。このプロジェクトがもたらすことができるのは、他の人の言い分に耳を傾けるために、理解する力、忍耐、勇気、そして好奇心です。そうすることで、誰もが自分をのびのびと語ることができるわけです。そして、同じように大切なのは、他の意見に耳を傾けることです。だからこそ、私たちはここにやってきました。私たちは、政治的な主張ではなく、人としての心のメッセージを携えてやって参りました。自由を求めてやまないパレスチナの人々、そして中東全域の思いへの連帯の気持ちと共に参りました。
 私たちは、軍事的な方法でこの対立が解消するとは思いません。ここには、二つの民族がいます。パレスチナの人々とイスラエルの人たち。この両者は、将来にわたって分かちがたい関わりを持っています。一方が豊かで、公正で、幸せであるならば、もう一方もそのようになります。
 だからこそ、私たちはやってきました。私たちは、この地域の人たちに考え方を変えてもらいたい。ここには二つの民族がいて、どちらの人々の考えも思いも歴史も、この土地に根ざしていることを、多くの人に考え始めていただきたい。共存する道をみつけるのは、私たちみんなの責任です。みんなが殺し合いをするつもりでなければ、分かち合うべきものは分かち合うことを学ばなくてはなりません。それを伝えたくて、私たちはやってきたのです」
 
 1人ひとりの奏者と握手をするバレンボイム。
 アンコールを一曲演奏した後、スタンディング・オーベイションと共にコンサートは終わった。再び、舞台の袖で、彼は奏者たちを1人ひとり抱きしめる。
 それぞれが充実した表情の奏者たち。ただ、安全のために、イスラエルから来た奏者たちは、着替えをする暇もなく、慌ただしく車に乗り込み、帰途につかなければならず、ゆっくり感動を味わっていられないのが気の毒だった。
 
 この演奏会が実現し、見事に成功するためには、バレンボイムが言うように、参加した人たちの勇気が必要だった。奏者だけではない。その準備をした多くの人たちが、過激な意見を持つ自国の人たちに敵視されかねなかった。その危険性が一番切迫しているのは、バレンボイムその人だろう。双方が理解し合うための活動を進めている彼を快く思わないイスラエル人はいるし、ユダヤ人の彼を亡き者にしたいと考えるアラブ人もいるだろう。
 その一方で、彼の粘り強い活動が、多くの人たちに共感を呼んだ。スペイン政府の協力は本当に大きな力だったに違いない(真の「国際貢献」とは何か、日本政府も学ぶところが大きいのではないか)。
 これが不可能を可能にした。
 では、1人ひとりが恐怖に打ち勝ち、共感を広げていく原動力は何だったのだろうか。
 それは「希望」だと、私は思う。
 サイードは、こんな言葉を遺している。
 
「音楽を演奏する喜びを分かち合うときのような、強調と共存を通してならば、少しは期待がもてるかもしれない。暗雲がたれ込め、現在の状況は絶望的にみえるが、わたし個人はあくまで楽観的である」

 希望を持ってコトに当たっても、事態が改善するとは限らない。それでも、あきらめたり、投げやりになったりせずに、希望の灯火を守り続ける。そうすれば、いつかは不可能を可能になるかもしれない。パレスチナ問題に限らず、私たちが抱えている困難も含めて、山のような難問に直面している今の世界にとって、一番必要なのは、この希望を保ち続ける力、ではないだろうか
 一つのコンサートが、すべての問題を解決するわけではない。問題全体の大きさを根深さを考えると、小石のように小さい成果かもしれない。でも、大きな城も、そうやって小石を一つひとつ積み上げていくことから始まる。
 映像を見て、音楽を聴いているうちに、希望が心と体の中に広がっていく。少しばかりの勇気と人間としての共感が芽生えてくる。
 そんなDVDと出会えたことが、本当にうれしい。
 
(この2枚組DVDは、日本語字幕と日本の音楽評論家による解説を付して、ワーナーミュージックhttp://www.wmg.jp/classic/から発売される予定、とのことです)

Copyright 2006 © Shoko Egawa All Right Reserved.
CMパンチ:ホームページ制作会社:港区赤坂