国連への攻撃を許さない
2006年07月31日
ミサイルの発射実験をした北朝鮮に対して、国連安保理は満場一致で非難決議を採択した。
短い決議文の中には、北朝鮮に対する強い言葉がてんこ盛りである。
弾道ミサイルの発射については「重大な懸念」が、ミサイル発射を凍結するという約束を破ったことに対しては「深刻な懸念」が、北朝鮮が事前通告を行わなかったために海や空の安全が脅かされたことについては「一層の懸念」が、そして北朝鮮が今後もミサイルを発射する意向を示していることには、再び「重大な懸念」が示された。そして、北朝鮮のミサイル発射を「非難」し、発射は凍結するという約束を守るように「要求」し、六カ国協議への復帰を「強く要請」している。
北朝鮮の核開発や弾道ミサイルの発射実験が、アジアの平和と安定に重大な脅威をもたらすという国際社会の意思が強く示されている。
ところが、今回のイスラエルによるレバノン南部への攻撃と侵攻に伴って、国連の施設が爆撃され、国連の停戦監視要員が四人殺害された件では、どうだろうか。
すったもんだの挙げ句、安保理の意思表示としては「決議」よりレベルの低い「議長声明」が発表された。そこには、イスラエルに対する「批判」も「非難」もない。
四人が死亡したことに「深い衝撃を受け、悲しむ」とともに、イスラエル政府に対して、今回の事件の調査を行い「できるだけ早く」その結果を公表するよう「求める」。そして、国連要員の安全を「深く憂慮」し、国連要員が攻撃対象にならないように保証する「重要性を強調」しただけだった。
北朝鮮のミサイル実験では、一人の死傷者も出ておらず、他国や国連の設備が破壊されたわけではない。
一方、イスラエルによる国連施設は、4人もの死者を出した。しかも、7月12日から25日までの2週間に、国連施設周辺への攻撃は計146回にのぼり、とりわけ25日には6時間に16回(報道によっては14回)にわたって行われている。その間、あらゆるルートで国連に対する攻撃を辞めるようイスラエル政府に対して10回もの警告が発せられたにもかかわらず、無視された。イスラエル軍機による空爆は、破壊された国連施設で救援活動を行う間も続けられた、という。
アナン国連事務総長が批判したように、イスラエルが国連施設と分かって「意図的な攻撃」を行ったのは、明らかな状況だった。
その行為の悪質さや結果の重大性を考える時、北朝鮮とイスラエルに対する国連の対応は、明らかにバランスを欠いている。フェアではない。もちろん、北朝鮮に対して厳しすぎるのではない。イスラエルに対して、甘すぎるのだ。
もちろんそれは、アメリカが徹頭徹尾イスラエル擁護に回っているからだが、日本はこの問題に関して、どのように動いたのだろう。
それが気になって報道をチェックしているのだが、日本政府としての対応が全然見えてこない。レバノンに対して、200万ドルの緊急人道支援を行ったというくらいで、たとえば麻生外務大臣がEUの要人との会談も、外務省のホームページでは「先方からは、イラン核問題とレバノン情勢について言及があった」と書かれているだけで、麻生大臣が、それにどう反応したのかが出ていない。
北朝鮮に対する非難決議の時には、当初は北朝鮮をかばっていた中国も、最後は妥協し、決議の採択に協力した。今回のイスラエルによる国連施設の攻撃で殺害された監視要員の一人は中国人。その中国は、非難の文言を盛り込んだ声明案を提出していた。
国連を尊重する姿勢を明確にするためにも、靖国問題で冷え切った中国との関係を改善するためにも、日本は今回、中国をサポートする立場を明確にするべきだったのではないだろうか。中国との関係をよくしていくことは、日本にとってのもっかの最大の懸案事項である北朝鮮問題にとっても、大事なことのはずだ。
イスラエルとパレスチナの問題について、どちらとも等距離でつきあっていくというのは、それはそれで一つの方針と言えるかもしれない。が、国連が攻撃の対象になったとなれば、話はまったく異なる。それが誰の行為であろうと――イスラエルの軍事行動であろうと、イラクのバグダッドで2003年8月に起きた国連事務所の爆破のようにアラブの武装勢力(=反イスラエル勢力)による自爆テロであろうと――、断固としてその行為を批判をしなければならない。バグダッドの事件の時には、小泉首相は「強い怒りを覚える」というメッセージを発した。今回のイスラエル軍による国連への攻撃に対して、なぜ同じ対応ができないのだろうか。
それが功を奏するかどうかは別として、ブッシュ大統領の盟友である小泉さんが電話を入れて、そのことを公表する。併せて、中国に対してもお悔やみのメッセージを送る。ポスト小泉がほぼ確定的な安倍さんが、講演で今回のイスラエルの行動についてきちんと批判をする。麻生さんが、国際会議の席で今回の事件について言及する……
なぜ、そういう動きができないのだろう。アメリカに気を遣って、だろうか?
けれどもアメリカ国民でさえ、基本的にはイスラエルを支持しつつも、今回の軍事行動は「やりすぎ」と考えている人が大半、と報じられている。
実際、今回のイスラエルの行動は常軌を逸している。国連だけでなく、民家も攻撃の対象となり、そのけが人を運ぶ救急車も(車の上には大きな赤十字が描かれているにもかかわらず)空爆され、患者や救急隊員が死傷した。どの報道を見ても、レバノンでの死傷は圧倒的に民間人が多い。しかも、レバノン発の情報を見ていると、幼い子どもたちが無惨な殺され方をしている。イスラエルの方にも民間の犠牲者は出ていて、そちらも痛ましいのだが、数のうえで、圧倒的にレバノン側に民間犠牲者が多い。
この無差別攻撃は、イスラエルの政府要人や軍の司令官が正気を失ったかのようにも見えるが、決してそうではあるまい。この機会にヒズボラ壊滅を狙うイスラエルが、”我々は国連だろうと、病院だろうと、教会だろうと、民家だろうと躊躇はしない、だからそういう所に隠れても無駄だぞ”、強いメッセージを送っているつもりなのだろう。
そのために、むしろ意図的に国連施設や救急車を狙って攻撃しているに違いない。アメリカが味方についている限り、制裁などの”実害”に結びつくわけはない。むしろ「イスラエルは何をやるか分からない」という恐怖のイメージをばらまく方が得策という判断だから、批判の声が高まっても、イスラエルの指導者たちは馬耳東風だ。
そのうえ国連までもがイスラエルに対し、不公正に甘い態度をとり続けていれば、どうなるだろうか。
無差別殺人とも言うべき攻撃の犠牲となるレバノンの人々の数は増える一方だろう。一人の死の周りには、その人につながる大勢の人たちの悲しみと怒りと恨みが生じる。
さらに、世界のイスラム教徒たちは、この不公正に対して苛立ちを募らせていることだろう。デモや決議などの平和的な手段でその憤りを表明できる人たちばかりではない。
シーア派のヒズボラとは仲が悪かったアルカイダまで、イスラエルと戦って殉教者となるように呼びかけている。今回のイスラエルの「やりすぎ」を許した国々は、武装したイスラム過激派による事件をますます警戒しなければならなくなる。世界は、ますます不安定に、そして危険になっていく。
その中で、ひとり日本だけが安泰というわけにはいかないだろう。
それに、国連のメンバーも攻撃の対象になれば、誰が停戦の監視や紛争地域の人道支援の第一線に出るのか。アメリカでの世論調査では、今回のイスラエルによるレバノン攻撃に関しては、自国が仲裁や平和維持に人を出すのではなく、国連がやるべきと答えている人が多い。だったらなおのこと、国連施設や国連の要員への武力攻撃は、絶対に許すべきではない。
また、このような不公正な取り扱いは、北朝鮮が国連の求めを公然と無視し、軽視する格好の言い訳を与えてやることになりはしないか。イランに対しても同様である。イランの核開発が、国連でも重要な課題の一つになっているが、そのイランに言わせれば、なぜイスラエルが核兵器を持っているのは公然の秘密として許されるのに、イランはダメなのか、ということになる。この両国が、まったくブレーキが効かない状態で、自爆覚悟で突っ走り出したらどうなるのか。
現代は、様々な問題が地球規模でつながっている。北朝鮮のミサイル発射は、イランに兵器を売るためのビジネスの目的もあった、と言われている。そのイランとヒズボラは、同じシーア派であり、つながりが指摘されている。
また、北朝鮮が核開発を急ぐ背景には、大量破壊兵器などはなく、国連の査察も受け入れたのに、激しい武力攻撃を受けたイラクの例から学んでいるだろう。イラクとまったく逆のやり方をしている。つまり、大量破壊兵器を所有し、それを宣伝し、査察などは受け付けない。その方がむしろ金正日体制を長らえさせるには有利、と踏んでいるのだろう。
このように、日本の私たちにとってもっとも切実な課題である北朝鮮の問題も、中東情勢と決して無縁ではないし、無縁ではいられない。
そういう時代には、世界を大きく見据えて、今何をすべきかを展望できる人がリーダーにならなければ、日本の立場も守れないし、私たちが直面している課題にも対応できない。
今、ポスト小泉として名乗りを上げている方々から、未だそういう大局的な視点が示されていないのは、とても不安でならない。