フェアではない

2006年10月19日

 釈然としない――耐震構造の偽装問題を最初に告発した、民間確認検査機関「イーホームズ」の藤田東吾社長が、架空増資に問われた裁判で執行猶予付きの有罪判決を受けた、との報道に、そんな思いが蘇ってきた。
 判決自体は、妥当と言えるだろう。
 その罪は、確認検査機関としての指定を受けられるよう、資本金を約2300万円から約5000万円に増資したとする法人登記の変更を申請したが、実際には資金がなかったため、知人の司法書士から一時的に借り入れた資金などで増資を装い、虚偽の登記申請をした、というもの。早く自分の夢を実現しようと、少し焦ったのか、背伸びをしすぎた失敗した、ということなのだろう。
 新興企業や中小企業が見せ金で資本金を大きく見せかけることは、実はしばしば行われているらしい。けれど、「みんながやっているから」は言い訳にならない。違法が発覚すれば、それなりの罰を受けるのが、法治国家なのだから。
 
 では、私が何に釈然としないかというと、一つは偽装を告発した後の藤田氏やイーホームズに対するメディアや役所の対応である。
 藤田社長が逮捕されたのは、今年4月26日。彼が偽装の事実を告発して約半年が経っていた。偽装の張本人である姉歯秀次(元)一級建築士や木村建設の社長、東京支社長らと同じ日の逮捕であり、各メディアは大々的にこの警察の強制捜査を報じた。だが、一連の逮捕者の中で、藤田氏は特異な存在だった。姉歯建築士や木村建設、ヒューザーとグルになっていたはずもなく、見せ金増資が耐震偽装と関わりがあるとも考えにくい。実際、今回の東京地裁の判決でも、「見せ金増資をもとに業務を拡大した結果、人手不足で十分な検査の実施に支障をきたした」とする検察側主張は、「証拠上明らかでない」と退けられている。その逮捕は、いかにも「”本件”に発展する見込みのない”別件”逮捕」という感じがした。
 捜査の過程で違法が発覚したからには、取り調べや訴追の対象になるのは当然としても、それまで国会などの呼び出しに応じていた藤田氏を、任意捜査ではなく、逮捕して一ヶ月近くも身柄を閉じこめておく必要があったのだろうか。むしろ、他に容疑がないのを承知で、懲罰的に逮捕・勾留したのではないか。あるいは、身柄を拘束し、その後も裁判対策に専念させて、これ以上の発言をしないよう、口封じとして増資問題を使った可能性も否定できない。
 ところが藤田氏が逮捕された直後、テレビのコメンテーターの中には、これが悪質きわまりない希代の犯罪であるかのように強調していた弁護士もいた。ヤメ検(元検察官)なら、心情的に捜査機関の味方をしたくなるのも分からないではないし、視聴者も一定の偏りを計算しながらコメントを聞くかもしれない。けれども生粋の弁護士のくせに、かくも警察に迎合した発言をするのを聞いて、私は驚きのあまりテレビの前で固まってしまった。日弁連は、こういう弁護士を野放しにしておいていいのだろうか。この弁護士には、あなたの依頼者にはこういう数字の操作をした経験のある経営者は一人もいないと自信を持って言えるのかと、聞いてみたい気もする。

 逮捕からさらに約半年。今回の判決を受けて、藤田氏は記者会見に応じた。
 その席で、彼は裁判所が主張をくみ取ってくれたと感謝の言葉を述べたほか、自らの立場や国に対する批判をかなり強い口調で述べたようだ。これまで明らかにならなかった、安倍首相と近しい関係にある業者にも、偽装の問題があることを暴露した。
 ところが、各メディアはこうした藤田氏の態度を、反省の色なし、と受け取ったらしい。
 読売新聞と毎日新聞は、藤田氏が「主張をまくしたてた」と悪意のこもった表現で記者会見の様子を伝えた。毎日など、インターネットの記事では見出しにも「まくしたてる」という言葉を使っている。そして、記事を次のような偽装マンション元住民の声で締めくくった。
<「怒りのぶつけようがない。偽装を見逃した検査機関の責任をきちんと裁けなかったのは法の落ち度ではないのか。残念だ」と沈痛な面持ちで話した>
 また、判決翌日の産経新聞も、藤田社長の記者会見を「”自己弁護”とも取れるコメントも発表した」と書いた。そして、記事の最後に、やはり藤田発言に「怒り心頭」だという元住民の発言をこんな風に紹介している。
<「偽造を見逃した藤田被告が悪いのは明らか。正義の味方のような発言をしているが、チェックがザルだったんじゃないのか」とやりきれない思いを吐露した>
 
 批判やとがめは、犯した罪に見合う程度のものでなければならない。マスコミの藤田氏への非難は、誰も被害者のいない見せ金増資への批判として、適切なものなのだろうか。もし、裁判所が否定した増資の問題と耐震偽装との関連を、メディアが「ある」と考えるなら、それなりの根拠を示せばよい。それも行わないまま、雰囲気と被害者発言を頼りにバッシングをするのは、あまりにバランスを欠いている。
 欠陥マンションを買わされるはめになった被害者にすれば、「彼の会社が姉歯の犯行を見過ごさなければ」という悔しさがあるのは当然だ。しかし、藤田氏が告発をしていなければどうだっただろう。偽装の張本人である姉歯秀次・(元)一級建築士はいまだに金を稼ぎまくって高級外車に愛人を乗せ、ヒューザーの小嶋進・(元)社長は自家用飛行機を乗り回し、木村建設や総研は新たな偽装マンションやホテルを次々に建てていたかもしれない。今よりもっと多くの被害者が出ていただろう。実際に地震が起きて建物が倒壊して犠牲者が出るまで明らかにならなかったかもしれないと思うと、本当にゾッとする。
 そういうことを考えれば、藤田氏の告発はもっと評価をされてしかるべきだ。少なくともメディアは、もう少しフェアな取り扱いをすべきだ。
 偽装を見抜けなかったのは、他の民間検査機関もそうだったし、自治体も同様だった。見落としが発覚して問題となった4民間検査機関が国土交通省から処分を受けている。ただし、確認検査機関としての指定を取り消されたのは、イーホームズだけだ。国交省側は、同社がもっとも見逃し件数が多かったなどと説明しているが、最初に事実を明らかにした者が、最も重い処分というのは、果たして適切な対応と言えるのだろうか。
 なぜイーホームズを含めて検査機関は偽装を見抜くことができなかったのか。その原因については、当事者を厳しく問いただすと共に、検査のシステムをきちんと検証する必要はある。イーホームズ独自の問題についても、たとえば効率を重視するあまり、検査が甘くなる余地はなかったかどうかを、再検証することは有意義なことだ。
 それと同時に、権力を監視する役割を果たすべきメディアとしては、行政の処分や捜査のあり方、なによりもこんな偽装を許した国の責任を厳しくチェックをしなければならないのではないか。藤田氏の新たな告発を受けたのだから、それを速やかに報じ、行政や政治家の問題を検証していくことも大切だ。
 なのに、新たな告発については、ほとんどのメディアが報じなかった。もし、名前の挙がった企業やその経営者、政治家らの「名誉」に気を遣うなら、藤田氏の人権についても少しは配慮が必要ではないのか。被害者の「やりきれない思い」を代弁するつもりなら、今なお、明らかになっていない被害者の救済も急ぐべきではないか。こういうメディアのダブル・スタンダードは、権力を持つ者には遠慮がちに、そうでない者には居丈高な対応をしているように映る。本来の役割からすれば、むしろ逆の態度で臨むべきなのに。
 もう一つ、今回の藤田氏の記者会見についての記事を書いた記者や編集作業にかかった者たちに、聞いてみたいことがある。あなた方の中に、自分が務める会社に問題が生じた時、会社を潰す覚悟で実名で告発をする、と自信を持って言える人がどれだけいるだろうか、と。
 自らは安全な場所に身を置き、水に落ちた(落とされた?)犬を叩く姿は見苦しい。ジャーナリストの端くれとして、私はそんな同業者たちが恥ずかしい。

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