アメリカ中間選挙を考える

2006年11月23日

 時機を逸してしまったが、今回のアメリカ中間選挙のことで気になったことを一つだけ記しておきたい。
 
 "Enough(たくさんだ)"――アメリカの中間選挙の期間中、有権者の声として一番よく耳に(あるいは目に)したのが、この言葉だった。
 民主党を支持したというより、ブッシュ政権に対する"Enough is enough(もう、うんざり)"というアメリカ国民の感情が、今回の投票結果に現れた、ということだろう。
 では、アメリカ国民は何に対してうんざりしているのだろうか。
 イラク問題が最大の争点となったというのが、おおかたのメディアの総括だったようだ。確かに、米メディアの出口調査でも投票に影響を与えた課題にイラクを挙げた人は多かった。
 かといって、アメリカ人が急に平和主義者になった、とは思えない。
 それに民主党にも、2002年の対イラク武力行使容認決議案に賛成した議員が少なくない。今回の中間選挙で大勝したヒラリー・クリントンも、その一人。しかも、彼女はその後も対イラク攻撃は誤りだったとは認めていない。
 また、イラク攻撃およびイスラエル支援の熱心な支持者であったジョー・リーバーマンは民主党の予備選挙で敗退したが、無所属で出馬。共和党支援者の支援を受けて当選した。(それでいながら、彼は民主党に復党するという。政党とか政治家の場合、政策や信念より、選挙と党利党略が優先するのは、海の東西を超えた”真理”らしい)
 共和党の上院議員の中で唯一、イラク攻撃に反対したロードアイランド州のリンカン・チェフィーは落選した。
 こうした結果を見てみても、アメリカ国民の最大の関心事がイラク問題であり、戦争に批判的な声が投票行動に結びついた、という見方は果たしてどうかな、という気がする。
 イラク国内が内戦状態と化し、アメリカが引くに引けないまま、米兵の死者がまもなく3000人に達しようという事態への苛立ちはあろう。イラクがヴェトナム化しているとも言われる。それでも、戦死者が5万8000人にも達したヴェトナム戦争に比べればずっと少ないし、当時と違って今のアメリカには徴兵制があるわけではないので、国民の当事者意識もだいぶ異なっているはずだ。
 ロサンゼルスでの取材中、私は何度かこんな声を聞いた。
「イラクでの戦いに多額の税金を注ぎ込んだお陰で、医療や福祉にお金をかけられなくなった。その結果、貧しい人たちが増えて、みんな生活が大変」「ガソリン代の高くなっているのも、イラクの戦争で中東がゴタゴタしているせいだ」
 要するに、いつまでも続く戦争が個々の経済状態にダメージを与えている、という不満の声だった。とりわけガソリンの高騰は、車社会のアメリカでは家計に直結する死活問題だ。必ずしもイラクの問題ばかりが原因ではないのだろうけれど、人々の目には戦争がガソリン高騰の最大の原因として印象づけられている。
 ABC、CBS、CNN、FOX、APなどアメリカの大手メディアが共同で行った中間選挙の出口調査でも、有権者が経済問題を最も重視しているという結果が出た。いくつかの争点について、「この課題はあなたが投票する上で重要視しましたか」という質問に対して、「経済問題」は「特別に重視した」が39%、「とても重視した」が43%で、合計82%に上った。2年前に比べて家計が悪化したと答えた人の78%が民主党に投票していることも注目される。また、次世代の生活は「悪くなる」(40%)が「よくなる」(30%)を超えており、楽観的に見えるアメリカ人も将来への展望が悲観的になっていることが見て取れる。ちなみに「よくなる」と答えた者の62%が共和党に、「悪くなる」と答えた者の66%が民主党に投票した。共和党支持者は、ブッシュ大統領の楽観主義と波長が合うらしい。
 一方、「イラクにおける戦争」に関しては「特別に」が36%、「とても」が32%で、合計68%。イラク問題は選挙民にとって重大な課題とはいえ、投票行動に及ぼす影響は、「経済問題」ほどではない。「イラクにおける戦争」よりも重視されたのは、他に「政府内の腐敗やスキャンダル」(「特別に」41%、「とても」33%、合計72%)、「テロリズムの問題」(「特別に」39%、「とても」33%、合計72%)などだった。
 もちろん「テロリズムの問題」もイラクでの戦争とは無縁ではない。イラクを攻撃したことによって、むしろイラクがテロの温床となり、さらに反米感情が煽られており、むしろアメリカは以前より危険になっているという認識がようやく広まってきた、ということなのだろう。経済問題にしても、戦争とは切り離せない課題ではある。
 そう考えると、イラク問題がブッシュ政権に大きくのしかかっていたことは事実であり、それが共和党の敗北につながったという総括は間違っているわけではない。ただし、国際問題としてのイラク問題を意識した、というより、自分や子どもたちの家計や安全に関する不安や不安、それに加えて政治倫理の低下という、極めて国内的な事情が選挙の結果を決めたと言える。身近な国内の問題に直結すると人々が感じたからこそ、イラク問題は重要な争点の一つになったのだ。
 裏を返せば、アメリカ国内の経済への影響が少なければ、イラクで何万人が死んでいようと、国際的な批判が高まろうと、さしたる問題にはならなかっただろう。
 選挙前後のイラク政策に関する批判のいくつかを見ても、大量破壊兵器もアメリカに対する攻撃意図もないイラクを攻撃したことが間違いだったというより、戦争の遂行の仕方、占領の手法がまずかったという「作戦ミス」を責め、その責任者であるラムズフェルド国防長官がやり玉に挙げる風潮が強かったように思える。たとえば、ベストセラーになったらしいボブ・ウッドワード氏の近著《State of Denial》(邦題不明。現実否定の状態、要するに『現実から目を背けて』とか『現実を認められずに』という感じか)でも同様だ。
 これまでの2作では政権への「よいしょ」姿勢が目立ったウッドワード氏だが、国民の”うんざり感”を巧みに察して、今回は政権に対する批判的な作品となった。それでも大量破壊兵器に関する信頼できる情報があったわけでもないのに、戦争を起こす決断をしたブッシュ大統領に対して厳しい批判を繰り出すわけではない。ウッドワード氏の批判の矛先は、主にラムズフェルド氏に向けられた。たとえば、氏が占領対策も国務省ではなく国防省が担当することにこだわり、担当者も当初のガーナー氏からブレマー氏に切り替えてイラク国内の警察や軍隊を解体。そのために、イラク国内が混乱し、治安の悪化を招き、テロの土壌を許してしまった。ブッシュ大統領の過ちは、そういうラムズフェルドをいつまでも使い続けたこと、という発想だ。
 戦争が間違っていたのではなく、別の人がもっとうまくやっていればよかったのに、という書き手の思いが伝わってくる。そういう本がベストセラーになった、ということは、そして今回の中間選挙の後、政権の立て直しのためにブッシュ大統領がまずやったことが国防長官のクビのすげ替えであったことは、いかにウッドワード氏と同じように感じている人が多いか、ということなのだろう。
 イラクへの軍事行動は、一時は7割近くのアメリカ国民が支持していた。大量破壊兵器が見つからなくても、支持者の方が不支持よりも多かった。けれども、自分たちの経済状態に不安や不満が出てくれば、彼らはものの見事に態度を変える。このような国民の気分や態度の変化に、政治家は、敏感に反応する。
 アメリカの大統領は、その判断によって様々な国の人々の生活や命が破壊されたりするなどの、強大な影響力を持つ。けれども、その政治権力(大統領や議会)は、実は基本的には極めて内向きなアメリカ国民の感情によって選ばれる。だから、日本の私たちの命より、アメリカ国内のガソリンの値段の方が、アメリカの政権にとっては大事、という事態もありうる。そのことを、私たちはもう一度よく確認しておく必要がある。

 それにしても”うんざり感”が、(どうせ何をやっても……)という無力感に結びつくのではなく、(だったら政治を変えよう)という前向きな行動に結びつくアメリカには、やはり草の根レベルの民主主義というものが息づいている。
 そういえば、私のロス取材最後の日、反ブッシュデモに参加したおばさまたちに話を聞いたら、彼女たちの周りにも、イラクに対する攻撃が始まって、福祉の切り捨てで苦しむ人たちがいる、と言っていた。自分たちは民主党支持でも共和党支持でもない、とのこと。格別、何かの運動体に参加している活動家でもない、普通の生活者だった。やはり、民主党だって戦争に賛成したではないか、という思いは強い。
「今は民主党も共和党も、私たちの声を代弁してないわ。第3の政党が必要よ。人民のための人民による人民の政党が、ね。そう、リンカーンよ!」
 そうおばさまたちは怪気炎を上げていた。
 不満をグチるだけで済まさず、不安を目先の楽しみでごまかしてやりすごさずに、こうやって行動で示していくという人たちを、少しうらやましい気持ちで見ながら、いろいろ問題を抱えながらも、アメリカが依然として世界のスーパーパワーとしての地位を保っているのは、こういう民衆の底力があるからなのだろうな、と思った。
 


 (写真は反ブッシュデモに参加した、無党派のおばさまたち)

Copyright 2006 © Shoko Egawa All Right Reserved.
CMパンチ:ホームページ制作会社:港区赤坂