「主張する外交」はどこへ?
2007年02月22日
実に釈然としない。
そもそも、この人は何をしに来たのかが、判然としない。
アメリカの報道を見ても、最近のチェイニー副大統領はすっかり不人気で陰がうすい。このところニュースに出てくるのは、イラクに対する攻撃開始前の情報操作問題に関連して、偽証罪に問われているルイス・リビー前副大統領首席補佐官の裁判絡みでの報道ばかり。そういえば、チェイニー氏来日のタイミングはリビー氏の裁判も審理を終えて陪審の評決を待つばかりという段階で、ひょっとして、本国が裁判報道で盛り上がる時期を避けて、日本やオーストラリアへの旅をしたのではないか、という憶測さえしてしまったくらいだ。
あるいは、イラク問題では国民の批判を受け、北朝鮮問題でも政権の中ですっかり浮いてしまった感のある同氏は、今なおアメリカのイラク攻撃を「支持」「理解」し、北朝鮮には強硬姿勢一本槍の安倍首相に会って、慰めてもらいたかったのか……
日本政府の高官たちも、チェイニー米副大統領の来日目的はよく分からなかったのかもしれない。来日直前の新聞は、こんな政府内のさめた空気を伝えている。
<かつては「史上最強の副大統領」とも呼ばれたが、イラク戦争での失策がたたり、最近は存在感が薄れがちだ。日本側からは「何をしに来るのかよく分からない」(防衛省首脳)との声すら漏れる。>
<米政権ナンバー2の来日にもかかわらず、どことなくさめた日本の雰囲気。19日夕の塩崎恭久官房長官の記者会見が、それを象徴していた。
記者「副大統領来日の意義は?」
長官「向こうがおいでになるということだから、意義は向こうにある。我々としては副大統領が来られることは歓迎している」>(2007年2月20日10時51分毎日新聞)
「行きたい」と言われれば、日本政府としては「どうぞ。歓迎します」という以外に選択肢のない、ということなのだろう。
この毎日新聞の記事では、米政府高官のコメントとして、来日目的が次のように語られている。
<副大統領は今回の日本、オーストラリアへの訪問を「感謝の旅」と位置付けているという。アフガニスタンのテロ掃討作戦やイラク戦争で協力を惜しまなかったことへの感謝。>
実際、来日中に米海軍横須賀基地を訪れた副大統領は、空母「キティホーク」艦上で海軍兵士に対する演説で、「日本はイラクやアフガニスタン復興で最大級の貢献をしており、感謝している」と述べたそうだ。
であるならば、酷暑のサマワに派遣された陸上自衛隊員、今なお米軍の下請けとして働かされている航空自衛隊員へのねぎらいは当然あるべきで、自衛隊を束ねる防衛相との面会は必須のはず。
さらに、記者会見を開いて、日本国民に対しても、イラク問題についての説明があってしかるべきではないか。
もちろん、感謝だけではなく、安全保障問題、とりわけ日米同盟のてこ入れという意図はあっただろう。その場合も、防衛相を外すのは変な話だ。
ところが、報じられているように、チェイニー氏がイラク戦争に関すして批判的なコメントをした久間防衛相と会うのを嫌い、会談は行われなかった。
好きな人とだけ会いたい、自分の主張を100%受け入れてくれる人だけを相手にする−−こんな子供じみたわがままを、日本政府はなぜ受け入れてしまったのだろう。
「”テロとの戦い”や日米同盟に関するお話でしたら、我が国の担当は防衛相ですから、彼と会談していただきたい」と、きちんと主張すべきだった。
もしそれでも、チェイニー氏がだだをこねるようであれば、官房長官なり、外相なり、あるいは首相なりとの会談のさいに、防衛相を同席させるなどして、我が国としての姿勢を示すべきだったのではないか。
なのに、アメリカ側の要求をそのまま受け入れて、久間防衛相を会談相手から外し、その一方で天皇との懇談をセッティングしたりしている。
オレが会いたい人だけ会わせろ、天皇との懇談を含む最高のもてなしをしろとは、何とも日本をバカにした話ではないか。
北朝鮮問題に関しても、タカ派でならすチェイニー氏の個人的な思いや考えは別として、米政府の行動や方針について、日本側はきちんと問いただすべきことがあったはずだ。
日本政府はずっと、日米が緊密に協調して北朝鮮に圧力をかけることで道は開ける、と国民に説明してきた。ところがアメリカは一転して二国間協議を急ぎ、その結果、北朝鮮が核を放棄する確約もしていないのに支援を開始する事態になった。
『ニューズウィーク日本版』2007/2/28号では、《拉致を見捨てたアメリカ》という刺激的なタイトルで、こんな米高官の発言が紹介されている。
<拉致問題は重要ではない。拉致問題のことを心配する必要はない。気にかけるべきは核問題だ−−米国務省に近い筋によれば、クリスタファー・ヒル国務次官補は以前、そうしたニュアンスの発言をしたことがあるらしい。それがヒルの本音かどうかはわからない。ただ、2月8日から13日まで北京で行われた北朝鮮問題をめぐる6カ国協議で、日本の拉致問題が食べかけのリンゴのようにテーブルに置き去りにされたことは確かだ>
((国務長官の)ライスはもっと単刀直入で、「日本には固有の懸案があるが、それは日朝の二国間協議で処理される」と語った。つまり、拉致はわれわれの問題ではない。日本が自分で解決するべき問題だ、というのが本音あろう>
さらにアメリカは北朝鮮との同意の中で、テロ支援国家の指定を解除することも検討すると約束した。
多くの日本国民は、アメリカにはしごを外されたような気分でいる。
日本政府は、この点についてアメリカの意図を問いただし、さらに安倍首相とチェイニー氏が共同記者会見を開いて、それぞれが自分の言葉で説明すべきだった。
それもないのでは、日本国民としてはいったい何のための来日だったのかますます分からない。笑顔でチェイニー氏と握手をしている安倍首相の顔を見るにつけ、釈然としない気持ちは募るばかりだ。
安倍首相は、自民党の総裁選挙に出馬した時から、外交政策では「主張する外交」「強い日本、頼れる日本」をキャッチフレーズに掲げてきた。
しかし、実際の対応はどうか。「北朝鮮には主張」「アメリカにとって頼れる日本」を演じ分けているようにしか見えない。
日米関係を緊密にすることが、日本の利益につながる、というのが安倍氏に限らず、歴代日本政府の立場だった。特に小泉首相時代には、その路線が強化され、イラクに対する侵略という無謀な戦争をも支持し、戦争が遂行されている国に初めて自衛隊を送り、あるいはアメリカの基地の移転費用を(米兵の子供が通う学校の建設費用まで)日本国民の税金から出したりしてきた。
そして今、日本は安全保障上最大の懸案事項である北朝鮮の核問題に関して発言権を失いつつあり、拉致問題については解決はおろか前進する見通しすらない。
日米関係は重要だ。小泉前首相がブッシュ大統領と仲がいいように、安倍首相が個人的にチェイニー副大統領と親交を温めるのもいいだろう。
しかし、アメリカに対してはひたずら追従し主張しない、という外交方針が正しかったか否か。そろそろ結果は見えてきているように思う。