贈る言葉
2007年06月06日
安倍内閣が迷走している。
年金問題と松岡農相の自殺で内閣支持率は急落。かつて安倍氏は、支持率低迷について、「一喜一憂しない」「私は、コップの水をこれだけ減ったとは考えず、まだこんなにあると考える」などと泰然自若を装っていたが、相当に無理をしている感じがした。今回は、一時的に支持率が上向いて強気になっていた後だけに、予想外のダブルパンチを二発くらって慌てふためいているのだろう。
本当に心配だ。
ただし、心配なのは、安倍氏の評価やその内閣の命運ではなく、こういう人に導かれている日本とそこに暮らす私たち国民の命運の方。
我が恩師、故内田満・早稲田大学名誉教授の最後の著書『政治の品位』(東信堂)の中に、サッチャー元英首相のこんな言葉が引用されている。
「政治では、予期しないことが起こると、いつも予期していなければならない」
ましてや一国のリーダーたるもの、予期せぬ出来事(その多くは悪いこと)が勃発した時に、冷静さを失うようでは困る。
今の安倍氏の周章狼狽ぶりを見ていると、日本に何か危機的な突発事が起きた時、いったいどうなるのだろうと、心配でならない。
安倍さんとその側近の頭の中は、次の参院選のことでいっぱいのようだ。
そんな彼らに贈って差し上げたい警句が、内田先生のこの本にはいくつも紹介されている。
例えば――
「小政治家は次の選挙を考え、大政治家は次の時代を考える」(アメリカの評論家、ジェームズ・F・クラーク)
安倍氏に限らず、果たして日本に「大政治家」がどれだけいるのだろうか。
とりわけ自民党のセンセイ方は、逆風が吹く中、自分の選挙のことで必死のご様子。社会保険庁改革関連法案の趣旨説明と質疑が行われた6月4日の参院本会議への自民党の出席率は6割だった。改選議員の多くが選挙対策のために地元にとどまっていたため、と報じられている。
そういうセンセイ方は、次の言葉をよくよくかみしめた方がいいのではないか。
「再選されることばかり考えていると、再選に値することがきわめて難しくなる」(ウッドロー・ウィルソン元米大統領)
政治家を選ぶ有権者の方も、「憲政の神様」こと尾崎行雄のこの言葉を反芻したい。
「哀訴歎願したから投票するとか、縁故や情実に依って去就を決するとか云ふ如きは(中略)立憲国民として最も恥づべきことである」
泣き落としや土下座はもちろん、冠婚葬祭や就職、入学の際にお世話になったとか、仕事でもうけさせてくれたから、といった私情絡みで投票するのは、恥ずかしいことだと尾崎は国民を叱咤する。タレント候補頼みの今の選挙を見たら、尾崎はどのように慨嘆しただろう。
首相である安倍さんには、イギリスの首相経験者のこんなアドバイスが必要かもしれない。
「首相の成功の主要な条件は、夜の熟眠と歴史のセンスである」「歴史のセンスを欠いていては、首相は、目を覆われているも同然である」(ウィルソン元英首相)
国会では、このところ重要法案での強行採決が相次いでいる。
多数決で決めてなぜ悪い?!という意見もあるだろう。
しかし、これは本来の議会制民主主義のあるべき姿、と言えるだろうか。
内田先生は、議会制民主主義での政治は「妥協の芸術」だとして、同書の中で次のように指摘している。
<妥協よりも「千万人といえども吾往かん」といった生き方の方が颯爽としていますし、大方の喝采を博するでしょう><妥協がとかくマイナス・イメージで受けとられているのは、いわゆるタシテ2で割る式の無原則的妥協を思い浮かべてしまうからでしょう。しかし、民主主義の手法として望まれるべき妥協は、与えられた条件の中で自分の信念、理想に出来る限り近づける努力を重ねた上でのギリギリの妥協です>
<議会制デモクラシーは、議会での討論を重ねて対立する意見の妥協点を探り、決着をはかる政治の方式である>
議論を尽くし、接点を求めても不調だった場合は、多数決という手続きを取らざるをえない。しかし、議会制民主主義にあって、それは本来最後の手段のはず。数を頼みに力ずくで自説を押し通すというやり方を連発する今の状況は、決して「力強いリーダーシップを発揮」などと褒められるものではなく、議会制民主主義の敗北というに等しい、ゆゆしき事態と認識すべきだ。
民主主義の本来のあり方に立ち返れと警鐘を鳴らすこの本には、「日本政治の新しい夜明けはいつ来るか」の副題がつけられている。
まさに月明かりもない闇夜のまっただ中という感のある今の日本の政治状況。
このような暗闇を形成している議員のセンセイ方、とりわけリーダーの地位にいる安倍氏には、日本の政治を少しでも夜明けに近づけるために、ぜひともこの本を読んでいただきたい。
え? 選挙対策で忙しくて、そんな暇がない?
同書には、こんな警句も紹介されている。
「権力の座にいる人には、本を読む時間がない。しかし、本を読まない人は、権力の座に適さない」(マイケル・フット元英労働党党首)