消された言葉◆嵎刃孫餡汎本の建設」

2007年08月21日

 全国戦没者追悼式で、小泉前首相の式辞を踏襲した安倍首相によって消された、もう一つの大事な言葉は「平和国家日本の建設を進め」という文言である。
 
 小泉前首相の式辞では、次のようになっている部分だ。
 
<本日、ここに、我が国は、戦争の反省を踏まえ、不戦の誓いを堅持し、平和国家日本の建設を進め、国際社会の一員として、世界の恒久平和の確立に積極的に貢献していくことを誓います>

 これが、安倍式辞ではこう変わった。
 
<本日、ここに、我が国は、戦争の反省を踏まえ、不戦の誓いを堅持し、世界各国との友好関係を一層発展させ、国際社会の先頭に立って、世界の恒久平和の確立に積極的に貢献していくことを誓います>
  
 「不戦の誓いを堅持」を残したからいいじゃないか、というつもりかもしれない。
 しかし、「平和国家」とは、単に「私たちは戦争やりません」というだけの趣旨にはとどまらない。
 不戦の誓いを一歩進め、人間の命の尊厳を否定する一切の暴力を否定し、人々が平和の尊さを考え、国の内外で物事を暴力以外の手段で解決していく。国を挙げてそのための努力をしてこそ、「平和国家」というべきだろう。
 興味深いことに、小泉前首相が、戦没者追悼式の式辞の中で「平和国家日本の建設」に言及するようになったのは、実は自衛隊をイラクに派遣した2004年以降である。
 「平和国家」を目指すのであれば、当然のことながら、一国の利益や主張のために、暴力的手段に訴えるような行為には反対しなければならない。ところが小泉前首相は、アメリカのイラク攻撃を積極的に支持し、途中からは米軍の輸送業務を自衛隊に手伝わせてアメリカのイラク戦争に「参戦」をしてしまった。戦没者の霊前で誓った「不戦の誓い」を反故にしたのである。
 もしかして、そのことが小泉首相の心にも引っかかっていて、改めて戦後日本の原点であり、目標でもある「平和国家日本の建設」の理念を確認しようとしたのかもしれない。
 イラクへの自衛隊の「参戦」は今も続いている。そんな中、安倍首相はどういう意図で、「平和国家日本の建設」という誓いを消したのだろう。これも、安倍首相の掲げる「戦後レジームからの脱却」の一つ、ということなのだろうか。
 
 「平和国家日本」を削除する一方で、「世界の恒久平和の確立」に向けての「貢献」になると、安倍首相は「国際社会の先頭に立って」と威勢がいい。小泉式辞は「国際社会の一員として」と、それなりに身の程を知った表現だった。それが簡素すぎるのであれば、「国際社会において重要な地位を占める一員として」(細川元首相、小渕元首相)、「責任ある国際社会としての一員として」(橋本元首相)という前例もあるのだが、安倍氏としては、「一員」つまりone of themであることは、プライドが許さなかったのだろう。 
 自国が「平和国家」である目標を放り出して、「国際社会の先頭に立って」とは、かなりおこがましい気がする。
 「世界からの信頼」に「一層」を書き加え、「すでに日本は世界からは信頼されている」と胸を張るところも、いかにも安倍氏らしい。
 こうした自負は、小泉時代に冷め切った中国との関係を改善したという自信から生まれてきているのかもしれない。実際、安倍氏が首相に就任して最初の外遊先に中国と韓国を選んだのは、実に賢明な判断だった。それまでの安倍氏の言動から今後の方向性を強く危惧していた私でさえ、「ひょっとしたら、安倍氏は結構やるかもしれない」と、うっかり期待をしたほどだった。
 残念ながら、安倍外交がうまくいったのはここまでだったが、少なくとも中国との関係が小泉首相の時より改善されたのは事実だ。そんな安倍氏としては、国際関係を重視し、安倍氏なりに自分の信条と日本の国益を秤にかけたうえで、靖国神社の参拝断念を判断したのだろう。ならば、「国際協調、とりわけ中国との関係改善のために、首相である間は参拝を取りやめた」とはっきり言えばよいのではないか。批判もあるだろうが、国を代表する者としての見識だったと評価する者も少なくないはずだ。
 ところが安倍氏は、「参拝したかしないかは申し上げない」と態度を曖昧にし続けている。
 一国の首相として、日本をどのように運営し、そのために何を優先し、どういう判断をしたのかは、きちんと説明して欲しい。ましてや、それまでの自分の発言と異なる行動を選択した場合には、国民に対して説明をする責任が生じる。にもかかわらず、彼は、「参拝しなかった」という公然の事実すら認めようとしない。これは、軍事秘密ではないし、外交機密でもない、というのに。
 参拝しなかったことを認めれば、タカ派や右翼など自分のこれまでの支持層からの反発や離反が起きると恐れているのだろう。これでは、中国と自分の支持層と、両方の顔色をうかがっているだけ、と言わざるをえない。「戦う政治家」が聞いてあきれる。
 従軍慰安婦問題にしてもそうだった。国会では「狭義の強制性はなかった」と、これまでの日本政府の見解を覆すような発言をしておきながら、それがアメリカの政権内からも不興を買うと、訪米時にブッシュ大統領に対して謝罪、発言を修正した。それでも、米下院で日本政府に謝罪を求める決議が可決されると、今度は「残念」と言っただけで、自分の発言については黙りを決め込んだ。
 この問題について謝罪をするのであれば、相手が違う。アメリカの大統領ではなく元慰安婦に対してなされなければならない。あるいは、逆にこれまでの政府見解を変更して強制性を否定し、女性達は自発的にその”職”を選び、任意に”職場”にとどまったと主張するなら、国民と元慰安婦に対して、見解変更の理由を、安倍首相自ら丁寧に説明すべきだ。なぜなら、前任者である小泉前首相は、これまでの政府見解を踏襲するのみならず、内閣総理大臣として慰安婦だった方々に手紙を送って謝罪をしているからだ。
 靖国と慰安婦――この二つの問題から見えてくるのは、どうやら安倍氏は力の強いもの(国)からの外圧には弱いらしい、ということだ。首相が、こんなふうに態度や意見を相手の顔色や力の強さによって変えるのでは、日本の国や国民が誠実さに欠ける印象を世界に与え、国際社会における信頼を損なうのではないか、と心配になる。
 
 安倍首相が式辞の中で誇ったように、平和に関して国際社会からの一定の信頼を勝ち得ているとすれば、それは62年の間、曲がりなりにも平和憲法を持ち続け、現実はともかく「平和を国是とし」、「平和国家」を目指す理念だけは捨てずにいたからだ、と私は思う。
 アフガニスタンの駐日本大使に、2001年以降日本が行ってきた協力の中で、一番役に立ったのは何だったかを尋ねた時、大使は間髪を入れずに「武装解除です」と答えた。人々が持っている銃などの武器を放棄してもらう活動で、自衛官OBも参加した。
 これを例えばアメリカがやったらどうか。今日も自分たちの国に爆弾を落としている国から、武器を手放せと言われても、とうてい従う気にはならなかっただろう。
 それに対し、日本は中東に対して危害を加えたことはなく、戦後は戦争を放棄し、いっったん国家としての武装解除を行った。その後も、自衛隊は最低限の防衛であって、他国の攻撃には一切加わらないできた。そういう国の人たちが働きかけたからこそ、アフガニスタンの人々も信頼をし、自ら武器を手放したのではなかったか。
 そうした信用が、イラク戦争への参戦など、アメリカの侵略行為への無批判な追随によって、どれほど損なわれたのだろうか……
 国際社会=アメリカではない。アメリカも国際社会の一部であるし、これまでアメリカ政府が常に正しい判断をしてきたわけではない。そのことを確認したうえで、アメリカへの貢献ではなく、国際社会に対して日本がいかなる貢献ができるのか、そろそろ立ち止まって考える時だ。
 世界のあちこちで爆弾が炸裂し、銃が発射され、命の尊厳を踏みにじる事件や争いが起きている。こういう時代だからこそ、「平和国家」という理念は、貴重な輝きを放つ。理想だけでは現実に対応できないだろうが、理念がなければ現実を変えることはできない「平和国家の建設」という理念を、様々な形で目に見える形で世界に発信してこそ、日本の存在感は際だつのではないか。そうして初めて、日本は「国際社会の先頭に立って」平和のための貢献ができる、と思う。
 
   

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資料集

1 1993年細川首相式辞より
 苛烈を極めたあの戦いの中で、祖国の安泰を願い、家族を案じつつ、戦場に、職域に、あるいは戦災に倒れ、さらには戦後、遠い異郷の地に亡くなられた三百万余りの戦没者の方々を思うとき、悲痛の思いが胸に迫るのを禁じ得ません。心からご冥福をお祈りいたします。
 歴史の教訓に学んで、国際紛争解決の手段としての戦争を永久に放棄することを国家の意思として宣言し、平和国家としての再生の道を戦後一貫して歩んできた日本国民の総意として、この機会に、あらためてアジア近隣諸国をはじめ全世界すべての戦争犠牲者とその遺族に対し、国境を越えて謹んで哀悼の意を表するものであります。
(中略)
 先の大戦から学び取った多くの教訓を改めて心に刻み、国際社会において重要な地位を占める一員として、世界平和の確立と、国際社会に調和した我が国の真の豊かさの実現のため、全力を尽くすことをここに改めて誓います。
 
2 1995年村山首相式辞より
 苛烈を極めたあの戦いの中で、祖国の安泰を願い、家族を案じつつ、戦場に、職域に、あるいは戦災に倒れ、さらには戦後、遠い異郷の地に亡くなられた三百万余りの戦没者の方々を思うとき、悲痛の思いが胸に迫るのを禁じ得ません。心からご冥福をお祈りいたします。
 また、あの戦いは、とりわけアジアの諸国民に対しても多くの苦しみと悲しみを与えました。この事実を謙虚に受けとめて、深い反省とともに、謹んで哀悼の意を表したいと思います。
 戦後、我が国は、平和主義を国是とし、国民一人一人の英知とたゆみない努力により、飛躍的な発展を遂げてまいりました。この平和で豊かな今日においてこそ、過去を謙虚に振り返り、悲惨な戦争による幾多の尊い犠牲があったことを忘れることなく、若い世代にも語り継がなければなりません。再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう、不戦の決意のもと、世界の平和秩序を作り出すことは、我々に課せられた重大な責務であります。このことこそが、過去に対する償いとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めることになるものと信じます。本日この式典にあたり、帰らざる人々の尊い願いを無にすることなく、先の大戦から学びとった多くの教訓を深く心に刻み、世界の恒久平和の確立と、安心して幸せに暮らせる社会の実現のため、全力を尽くすことをここに改めて誓うものであります。
 

3 1997年の橋本首相式辞より
 苛烈を極めたあの戦いの中で、祖国の安泰を願い、家族を案じつつ、戦場に散り、あるいは戦禍に倒れ、さらには戦後、遠い異郷の地に亡くなられた三百万余の戦没者の方々のご心情に思いを馳せ、ご遺族の深い悲しみを思うとき、今なお悲痛の思いが胸に迫ります。心からご冥福をお祈りいたします。
 戦後わが国は平和を国是とし、幾多の困難を乗り越え、国民の努力により目覚ましい発展を遂げました。
 この平和で豊かな今日においてこそ、過去を謙虚に振り返り、戦没者の方々の尊い犠牲を次世代に語り継ぎ、国際社会で再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう、恒久平和を確立することが、われわれに課せられた重大な責務です。このことこそが、過去に対する償いとなり、犠牲になられた方々の御霊を鎮めると信じます。
 先の大戦から学んだ多くの教訓を改めて心に刻み、国際社会で重要な地位を占める一員として、世界の恒久平和確立と、心豊かに平和に暮らせるより良い社会の実現のため、全力を尽くすことを、ここに誓います。
 
 
4 1998年小渕首相の式辞より
 苛烈を極めたあの戦いの中で、祖国の安泰を願い、家族を案じつつ、戦場に散り、あるいは戦禍に倒れ、さらには戦後、遠い異郷の地に亡くなられた三百万余の戦没者の方々のご心情に思いをはせ、残されたご遺族の深い悲しみを思うとき、今なお悲痛の思いが胸に迫り来るのを禁じえません。心からご冥福をお祈りいたします。
 あの戦いは、わが国のみならず多くの国々、とりわけアジアの近隣諸国に対しても多くの苦しみと悲しみを与えました。私は、このことを謙虚に受け止め、深い反省とともに、謹んで哀悼の意を表します。
 戦後わが国は平和を国是とし、幾多の困難を乗り越え、国民の努力により目覚ましい発展を遂げました。
(後略……あとは橋本式辞とほぼ同じ)


5 2000年森首相の式辞より
(前略……小渕式辞とほぼ同じ)
 二十世紀は、世界の多くの国々が、科学技術や生活水準の面で、霊私的な進歩を遂げた世紀でありましたが、一方で戦争により多くのいたましい犠牲を生んだ世紀でもありました。
 二十世紀の終わりという大きな節目に行われるこの式典に当たり、私は、先の大戦から学びとった多くの教訓を改めて深く心に刻み、来るべき二十一世紀に向けて世界の平和と繁栄により一層貢献していくとともに、心豊かに暮らせるより良い社会の実現に向け、全力を尽くしていくことを改めてお誓い申し上げます。
 
 
6 2001年小泉首相の式辞より
 新たな世紀を迎え、改めて、先の大戦の苦難に満ちた往時をしのぶとき、今なお悲痛の思いが胸に迫ってまいります。
 あの苛烈を極めた戦いの中で、三百万余の方々が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは戦後、遠い異郷の地に亡くなられました。これら戦没者の方々に思いをはせ、ここに心からごめい福をお祈りします。そして、現在我々が享受している平和と繁栄が、祖国のために心ならずも命を落とされた戦没者の方々の犠牲の上に築かれていることに思いを致し、戦没者の方々に敬意と感謝の誠をささげたいと思います。
 また、先の大戦において、我が国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。国民を代表して、ここに改めて深い反省の意を表するとともに、犠牲となられた方々に謹んで哀悼の念をささげます。
 我が国は、戦後、平和を国是として、国民のたゆまぬ努力により、焦土の中から立ち上がり、幾多の困難を乗り越え、めざましい発展を遂げてまいりました。この平和で豊かな今日においてこそ、我々は、過去を謙虚に振り返り、戦争の悲惨さと、そこに幾多の尊い犠牲があったことを次の世代に語り継ぐとともに、国際社会から孤立しないよう、近隣諸国との友好関係を維持発展させ、世界の恒久平和を確立する責任を負っております。そして、その責任を果たすことが、過去に対する償いとなり、犠牲者の方々に報いる途であると確信するものであります。
 二十一世紀の初めの年に行われるこの式典に当たり、私は、先の大戦から学び取った多くの教訓を改めて心に深く刻み、世界の恒久平和の確立と、希望に満ちあふれ、心豊かに暮らせる社会の実現のため、全力を尽くしてまいりますことを、ここに改めてお誓いする次第であります。


7 2006年小泉首相の式辞より
先の大戦では、多くの方々が、戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは戦後、遠い異境の地に亡くなりました。
 また、我が国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します。
 終戦から61年の歳月が過ぎ去りましたが、今日の平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とした方々の尊い犠牲と、戦後の国民のたゆまぬ努力の上に築かれています。
 世界中の各国・各地域との友好関係が、戦後の日本の安定を支えてくれていることも忘れてはなりません。
 私たちは、過去を謙虚に振り返り、悲惨な戦争の教訓を風化させることなく次の世代に継承する責任があります。
 本日、ここに、我が国は、戦争の反省を踏まえ、不戦の誓いを堅持し、平和国家日本の建設を進め、国際社会の一員として、世界の恒久平和の確立に積極的に貢献していくことを誓います。平和を大切にする国家として、世界から信頼されるよう、全力を尽くしてまいります。
 終わりに、戦没者の方々の御霊の安らかならんことと、戦没者遺族の今後のご平安とご健勝を心からお祈り申し上げて式辞といたします。

 

8 2007年安倍首相の式辞より

 先の大戦では、300万余の方々が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に倒れ、戦禍に遭われ、あるいは戦後、遠い異境の地に亡くなりました。また、我が国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します。

 終戦から62年の歳月が過ぎ去りましたが、今日の平和と繁栄は、戦争によってかけがえのない命を落とした方々の尊い犠牲と、戦後の国民のたゆまぬ努力の上に築かれています。
 世界中の各国・各地域との友好関係が、戦後の日本の安定を支えていることも忘れてはなりません。

 私達は、過去を謙虚に振り返り、悲惨な戦争の教訓を風化させることなく次の世代に継承する責任があります。

 本日、ここに、我が国は、戦争の反省を踏まえ、不戦の誓いを堅持し、世界各国との友好関係を一層発展させ、国際社会の先頭に立ち、世界の恒久平和の確立に積極的に貢献していくことを誓います。国際平和を誠実に希求する国家として、世界から一層高い信頼を得られるよう、全力を尽くしてまいります。

 終わりに、御霊の安らかならんことと、戦没者御遺族の今後の御平安と御健勝を心からお祈り申し上げて式辞といたします

 


9 2001年「元慰安婦の方々に対する小泉内閣総理大臣の手紙」より
いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます。

 全文はこちら
     ↓
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/letter.html
 

10 2005年4月22日 アジア・アフリカ首脳会議における、小泉首相のスピーチより
 我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。今後とも、世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意であることを、改めて表明します。
 
 全文はこちら
     ↓
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/17/ekoi_0422.html 


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