刑事弁護を考える〜光市母子殺害事件をめぐって

2007年09月09日

 山口県光市の母子殺害事件で、殺人などに問われている被告人の弁護団に対する懲戒請求をテレビ番組で呼びかけた橋下徹弁護士が、同弁護団の今枝仁弁護士ら4弁護人から損害賠償請求の裁判を起こされた。
 インターネットを通じて弁護団への懲戒請求書のテンプレートが出回っていることもあって、弁護団に対しては全国で少なくとも3900件の懲戒請求が出されている。裁判を起こした4弁護人に対しても、それぞれ300件を超える懲戒請求が殺到。今枝弁護士たちは、その対応に追われて本来業務に支障が出ているらしい。
 訴えに対して橋下弁護士は、「発言に違法性はない」と反論し、全面的に争う姿勢を見せている。
 
 ……という報道を見て、インターネットで探したら、問題の番組を見ることができた。
 不二家を巡る「朝ズバ」でのみのもんたが話題になって時も、ネットでオンエアビデオを確認したが、こういう場合は画質はどうでもいいから、発言者の表情や声のトーン、スタジオの雰囲気が確認できるのは本当にありがたい。
 図書館に行けばいくらでも過去の記事を見ることができる新聞と違って、テレビは流しっぱなしで検証できない(させない)という難点があったが、インターネットのお陰で、ほんの一部は検証が可能になった。非常にいいことだと思う。
 
 で、その番組を見てみたら、このコーナーは最初から最後まで弁護団への罵倒で埋め尽くされていた。「品性下劣」「三百代言」など、出演者が競うようにして刺激的で口汚い言葉を口にする。この弁護団バッシングの先頭に立っているのが橋下弁護士だった。まさに口角泡を飛ばす勢いで、彼はまくしたてた。
「(被告人の今の主張は)21人というか、安田という弁護士が中心になって組み立てたとしか考えられない」
「全国の人ね、あの弁護団に対して、もし許せないとい思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求を立ててもらいたい。懲戒請求っていうのは誰でも彼でも簡単に請求を立てられますんで、何万、何十万という形で、あの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたい。(弁護士会は)2件3件(の懲戒請求が)来たって大あわてになる。1万、2万とか10万人くらい、この番組を見ている人が一斉に弁護士会に行って懲戒請求をかけてくださったら、弁護士会の方としても、処分を出さないわけにはいかない」

 弁護士がワイドショーやバラエティ番組に出演するのは、法律的な説明や理性的な解説を加えて、話が感情だけに流れないようにすることに意味があると思っていたが、橋下氏はまったく逆。人々の怒りの感情をあおり、番組を盛り上げる役割に徹していた。弁護士というより、まるで大衆受けを狙う人気取りのタレントである。橋下氏を応援する人たちは、「彼は弁護士として、懲戒請求という制度を視聴者に教えてあげただけ」と言うが、実際の彼の発言はとてもそのようには聞こえない。
 
 人を騙して家に上がり込み、女性と生後11ヶ月の長女を殺害したうえに、遺体を陵辱したこの事件は、本当にひどいと思うし、犯人の側にどういう事情があろうとも、厳罰をもって処されるべきだ、と私も思う。
 しかし、被告人がどんな冷酷で狡猾な人間であっても、その利益のために最大限の努力をするのが弁護人の仕事だ。被告人がひどい男だからといって、その職責を果たしている弁護人に懲罰を加えて、弁護士としての活動をできないようにしてしまえとテレビで煽るのは、やりすぎだ。ましてや、刑事手続きにおける弁護人の役割をよく知っているはずの弁護士が、先頭に立って視聴者をけしかけているのには、かなり唖然とした。
  
 橋下氏が、懲戒請求を呼びかけたのは、次のような理由からだった。
「弁護団は、1、2審では争わなかった犯行態様について、差し戻し審で新しい主張を始めた。しかし、主張を変えた理由を遺族や社会に説明してない」「十分な説明をしない弁護団に対し、世間は『『刑事弁護なら何をやってもいいのか』と憤っている。弁護士の信用を失わせ、品位をおとしめており、十分に懲戒事由にあたる」(9月6日付産経新聞より)
 だが、刑事事件の弁護人の仕事は、「遺族や社会に説明」することではない。弁護人の役割は、もっぱら被疑者・被告人の利益を守ることであり、法廷では裁判官に対して説明や立証を行うのが任務だ(まして、現弁護団は国選弁護人ではなく、彼らの活動に国民の税金が使われているわけでもない)。
 しかも、この弁護団は取材陣の求めに応じて記者会見をやっており、少なくとも「社会」に対しては「説明」をしている、といえる。むろん、すべての方針を明らかにしているわけではないだろうが、争いのある事件で手の内を明かさないのは当たり前だ。マスコミでは弁護側の説明のごく一部しか報じられていないが、それは個々のメディアの判断であり、弁護人の責任ではない。それに、事件に関心を持っている人は、この記者会見の内容や、主任弁護人による説明はインターネットで直接聞くことができる。
http://streaming.yahoo.co.jp/playlist-SDyVypy_FwgYQpK1OCPO4A--?myp0=list&myp1=lid576460752303545509
http://jp.youtube.com/watch?v=6lRm3zdRq3c&NR=1

 弁護団の言い分を聞いてみると、主張が変わったのは、被告人の荒唐無稽な弁明のためだけではないらしい。例えば、被害者2人の遺体を解剖した法医鑑定書と判決で認定された犯行態様には食い違いがある、という。その食い違いが、「殺人ではなく傷害致死」との主張を裏付けるに足るものかどうかはともかく、このままでは死刑判決が下される被告人の刑を少しでも軽減するために、可能な主張はすべて展開するのは、弁護人としては当然の責務と言えよう。
 それに対しては、検察官が反論する。
 そして、最後に裁判官が判断する。弁護側の主張によほどの説得力がなければ、裁判所はそれを退けることになるだろう。
 そうやって、検察と弁護側が違う角度から光を当てながら、真相に迫っていくのが刑事裁判だ。
 弁護人が「世間」が納得しない主張はするなということになれば、耳目を集めた凶悪事件では、実質的な弁護活動はできなくなる。
 
 それに、現弁護団が弁護人として活動を始めたのは最高裁の段階からで、彼らが「主張を変えた」わけではない。会見を見ればわかるように、弁護団は1、2審の弁護人について「被告人から十分に事実を聞き出していない」として、批判をしている。
 刑事事件では、弁護人が代わって新たな視点で証拠を見直した結果、主張が変わったり、まったく違う弁護方針をとる、ということは決して珍しくない。以前の弁護人とは違う主張をしてはならない、というのでは、裁判を三審制にしている意味も半減してしまう。
 
 弁護人は、被告人が主張しているのであれば、どんな荒唐無稽な内容でも、それに沿った弁護活動をするのが仕事だ。オウム事件でも、教祖や自分の罪を免れようと、はちゃめちゃなストーリーを展開する被告人はいた。事実は認めていても、教祖を神格化し、教団を正当化する被告人もいた。教祖が宙に浮くとか、神通力があるとか、非科学的なことを前提にする被告人の話に説得力があるわけがない。それでも、被告人の主張に沿いながら、できる限りの主張をする弁護人たちの姿は、むしろ痛々しかった。
  
 橋下氏らテレビでの発言の機会が多い弁護士は、本来は「世間」に対して「刑事弁護人の役割はこういうものです」と説明をし、冷静な対応を求める立場ではないか。なのに、ただでさえヒートアップした「世間」に対して、燃料を送り込んで団扇でバタバタあおいで炎を大きくしている感じさえする。
 
 橋下弁護士は、最高裁で安田主任弁護人らが弁論を欠席したことも、「許せない」と憤っていた。
 私も、安田弁護士が欠席の理由の一つに「日弁連の模擬裁判のリハーサル」を挙げたことは不適切だと思うし、こういう余計なことを言うから、遺族が憤激することになる。
 ただ、欠席の最大の理由は、安田弁護士は弁護人を引き受けて2週間で準備ができていない、というものだった。高裁判決から最高裁が指摘した弁論期日までちょうど4年。最高裁の裁判官が、弁護側・検察側の主張を聞くための準備をするのに4年もかかったのに、弁論を行う弁護人には1ヶ月もやらないというのは、どうかと思う。おそらく最高裁は、被告人が裁判引き延ばしのために弁護人を交代させたのだと考えたのだろうが、弁護人が弁論の延期申請を出しても、事情をまったく聞かずに却下するというのは、あまりに態度が頑なだったのではないか。
 最高裁が1、2か月の期日延期をし、それをきちんと伝えていれば、遺族もあんな風に傷つくことはなかったのに……と思う。「リハーサル」を持ち出した弁護側だけでなく、裁判所も遺族に対してあまりに無配慮だったのではないか。その点を指摘しない橋下弁護士は、あまりにアンフェアだ。
 
  
 しかも橋下氏は、懲戒請求をする者の負担については、何も述べていない。
 人に懲罰を与えて欲しいと求めるのであり、場合によっては弁護士の職を奪おうという請求なのだから、当然厳格な手続きがなされる。請求した側も、弁護士会に書類の提出や口頭での事情説明を求められることがある。
 「教えて!goo」に、この弁護団への懲戒請求を出した人からの相談が乗っていた。弁護士会からは配達証明郵便で、書類の提出を求められたうえ、調査の過程で必要な時に事情を聞く場合があるという書面を受け取ってびっくりしてしまった、という。

<私の勉強不足でした。
 私は、弁護士の懲戒請求を求める「署名運動」のようなモノかと思い、つい義憤にかられて懲戒請求書を5部郵送しました。
 着いた配達証明を読むと、私が懲戒請求者となって、第二東京弁護士会に出頭して書類を提出し、懲戒請求理由を述べるのでしょうか。
 私はそのような法律知識は持ち合わせていません。
 また、出頭しなくても、綱紀委員会に書類を提出する義務があるのでしょうか。
 もしそうなら、当方はそのような書類を書く専門知識を持っていませんので、懲戒請求を取り下げたいのですが。>
 
 請求の内容によっては、懲戒請求をされた弁護士の側から訴えられる可能性もある。実際、懲戒請求をした側が敗訴し、50万円の慰謝料を支払うよう求める判決が出ているケースもある。橋下弁護士は、そういう負担やリスクを説明せず、ただ「誰でも簡単に」できると、気楽なノリでしゃべっている。
 そのくせ、自分は懲戒請求をしてない。「時間と労力を費やすのを避けた」そうだ。橋下弁護士の話に共感して懲戒請求を行った人たちの「時間と労力」はどうでもいいのだろうか。煽るだけ煽って、自分は面倒だからと何もしないのでは、無責任のそしりは免れない。
  
 今回の弁護団に対する批判の一つに、死刑廃止運動にこの事件を利用している、というものがある。安田主任弁護人が死刑廃止運動のリーダー的な存在であることは知られており、「死刑を回避するために、弁護人が入れ知恵をして、被告人に荒唐無稽な主張をさせている」という”弁護団主犯説”も展開されている。
 弁護団は、死刑廃止と事件の弁護を結びつけるのは間違いだと反論しているが、私もこの弁護団の成り立ちは、死刑を巡る議論と切り離すことはできない、と思う。
 日本では18歳未満の者には死刑が禁じられており、これまでは18歳の犯罪においても死刑は回避されてきた。この事件で死刑が認められ確定すれば、被告人は犯行時最年少の死刑囚となる。また、名古屋高裁が、大阪、愛知、岐阜で4人が殺された連続リンチ殺人事件について、犯行時18歳だった被告人に対しても死刑判決を言い渡し、被告人たちは最高裁に上告中だ。
 このままでは、死刑のハードルは19歳から18歳へと低くなる。弁護団には、こうした死刑廃止とは逆行する厳罰化の流れを阻止したいねらいがある、と私は思う。そういう目的があるからこそ、たった1人の被告人に、21人もの弁護士が手弁当で集まったに違いない。
 そうしてできた大弁護団の存在が、被告人の態度に影響を与えている可能性もあるだろう。
 弁護団によれば、被告人は精神的に未熟で人に影響されたり迎合しやすいらしい。そのために、捜査段階や1、2審では、警察、検察官、弁護人らに迎合する形で、罪を認めてしまった、というのだ。そういう人間は、弁護人にも影響されやすいはず。打ち合わせの中で、弁護人の”期待”に答えるような主張を作り出していることも考えられなくはない。
 そういう意味での影響力は考えられるとはいえ、だからといって、弁護人がストーリーをでっち上げて被告人に言わせていると言うのは、無理があるのではないか。
 裁判が被告人の望むような展開にならなかった時、やけになった被告人から「今までの主張はすべて、弁護人に無理矢理言わされていた」と暴露されてしまえば、それこそ懲戒ものであり、弁護士生命にかかわる。21人もの弁護士が揃ってそんなリスクを冒すとは思いにくい。
 それでも「弁護人の入れ知恵でこうなった」と決めつけるのであれば、それなりの根拠を示す必要がある。
 
 もちろん、弁護団に対する批判や論評をしてはならない、ということではない。
 私個人の感想を言えば、記者会見での説明を聞いても、私は被告人の言い分は納得できないし、弁護団の戦術にも違和感を感じている。同じ内容の主張をするにしても、もう少し被害者側に配慮した対応はできるはずだ。なのに、もっぱら権力に敵対して権利を主張することを美学とする”原理主義”的な態度が、遺族の感情を逆撫でし、それに共感する多くの人たちの反感を招いている。裁判所も、凶悪犯罪に対して厳罰を求める時代の空気は十分感じているはずで、被告人の立場はますます悪くなっている。原則論だけで押し通そうとする弁護団の前時代的でKY(空気が読めない)的な対応は、被告人にプラスになっているとは思えない。
 しかし、今のように感情的なバッシングの嵐が吹き荒れていると、それには加担したくないと思えば、意見の表明がしにくい、実に不自由な状況になってしまっている。
 
 また、多くの人が、弁護士は身内に甘い、と思っていることも、弁護士会は真剣に受け止めた方がいい。
 たとえば、富山で再審が行われている冤罪事件。逮捕された男性は、面会に来た弁護士に無実を訴えたのに何もしてくれなかった、と言っている。結局誰に言ってもダメだと絶望した男性は、裁判でも無罪の主張はせず、実刑が確定。刑務所で服役することになった。
 被疑者の主張を無視し、不利益を与えたというのに、この弁護士は特に懲戒処分を受けているわけでもない。
 それから、オウム真理教教祖麻原彰晃こと松本智津夫の控訴審の弁護人。刑事訴訟法で「出さなければならない」と明記されている控訴趣意書を提出せず、結局控訴棄却の決定を受けて死刑が確定した。これについては、長年オウム問題に取り組んでいる横浜弁護士会の滝本太郎弁護士が、「被告人の裁判を受ける権利を侵害した」として2人の弁護人に対する懲戒請求を行っている。ちなみに、滝本弁護士に懲戒請求を起こされているうちの1人、松井武弁護士は、今回の光市母子殺害事件の弁護団の一員でもある。
 裁判の早期決着を求める側からすれば、控訴審や上告審を長々開くことなく、判決が確定したことは喜ばしい。しかし、被告人からすれば、公開の法廷での審理を受けられないまま死刑が決まったのは不本意だっただろう。法に反した弁護活動によって被告人の利益を損なったのだから、即座に懲戒処分が決まってしかるべきではないか。なのに、1年も経つというのに、弁護士会は未だ判断を出していない。
 こんな風に、被疑者・被告人の利益を守らない弁護士を放置していながら、外に向かって被告・弁護人の権利を主張しても、あまり説得力がないのではないか。
 
 もう一つ、メディアのあり方も考える必要がある。
 橋下弁護士の問題発言があった読売テレビ「たかじん そこまで言って委員会」は、生放送ではない。橋下氏も、「ここはカットされるかもしれないけれど」と前置きして話をしているところをみると、実際の放送時間より相当長い時間をかけて収録しているはずだ(出演者の顔ぶれを見ても、収録時間は相当長いだろうなと想像できる)。橋下弁護士の”煽動”が公共の電波に乗って放送されたのは、この発言を選んで放送したテレビ局の判断がはたらいている。
 番組では、橋下弁護士以外の出演者もすべて弁護団を叩いており、違う角度からコメントをする者は1人もいなかった。弁護団の言い分がVTRで紹介されることもなかった。一方的な「行け行けドンドン」の雰囲気で、果たして現在進行形で審理が行われている事件ものを扱うやり方として、適切だったと言えるだろうか。
 この事件では、懲戒請求だけでなく、安田弁護士を名指しで脅迫する実弾入りの文書が新聞社は弁護士会に届いた。そのほか、法律事務所にも脅迫電話がひっきりなしにかかってきた、という。気に入らない言動に対して暴力で攻撃する事件が相次いでいる今の風潮を考えると、人々の感情をとらえるような話題に関しては特に、「これを放送したらどういう反応がおきるか」という想像力や物事を客観的に眺めるようなバランス感覚が求められる。
 特に、とかく刺激の強い発言を求めがちになるヴァラエティ番組で、刑事事件を話題にする時には、どこまでの表現が許されるのかなど、自主的な枠組み作りをする必要があるのではないか。
 特に、刑事事件に関しては、再来年には裁判員制度が導入され、一般国民が被告人を裁くようになることを考えなければならない。
 「あいつら許せん」という感情で裁判を行うわけにはいかないわけで、そのためにも、裁判員が予断を持ったり、「世間」が裁判員に危害を加えたりすることのないよう、冷静な判断を行える環境作りがメディアにも求められる。
 自主的な対応ができず、今のように感情を煽るような番組が垂れ流されている状況が続けば、様々な規制がかけられる事態も考えられる。そうなれば、事実を詳しく伝えたり、批判をしたりする報道の自由も危うくなってしまう。
 弁護団が裁判に訴えたのは橋下弁護士1人だが、NHKと民放で作っているBPO(放送倫理・番組向上機構)の「放送と人権等権利に関する委員会」や「放送倫理検証委員会」などで、今回の番組について、自発的な検証がなされるべきだろう。

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