日本相撲協会と相撲「ジャーナリスト」を嗤う

2007年09月12日

 ニュースを知って、思わず「ばっかじゃなかろか」という言葉が口を突いて出た。
 朝青龍問題を巡って民放の情報番組に連日出演していた元NHKアナウンサーの杉山邦博氏が、なんと日本大相撲協会から取材証の返納を求められ、それに応じていた、という。
 
 相撲協会側の言い分は、次のように報じられている。

<北の湖理事長は8月中旬の番組を一例に挙げ、「相撲協会が朝青龍に下した処分に弁護士や識者を入れた方がいいとするコメンテーターの見解があったが、杉山さんはうなずいていた。同調したも同然で、おかしな話だ」などと批判した。
 さらに、「取材証は会友に発行している。テレビに出演する時は評論家、国技館では会友と肩書を使い分けている」とした上で「評論家すべてに取材証の発行はできない。評論家として何を言ってもらっても構わないが、相撲協会の取材証は返納してもらう」などと説明した。>(読売新聞YOMIURI ONLINEより)

 本人が批判をしたわけでもない。うなずいただけで、取材証は没収をされてしまったのだ。
 取材証は本場所の取材に必要で、これがなければ支度部屋などでの力士の取材はできない、という。要するに、100%相撲協会を代弁してくれる者でなければ、取材はお断り、ということ。
 私も何度もテレビで杉山氏の出演場面を見たが、彼はむしろ協会や親方連中を擁護していた。対応を批判されている高砂親方のことさえ、「人がいいから」などとかばっていた。相撲「ジャーナリスト」とはいっても、八百長疑惑や17歳の力士が急死し遺体に暴力を受けた痕跡のあった事件など、相撲協会の体質に切り込む取材をやらず、世の中の朝青龍叩きの風潮に乗って、感情的な批判を繰り返しているだけではないかと、私はテレビを見る度に歯がゆく感じていた。相撲協会のネガティブな側面を取材してきたジャーナリストの武田頼政氏が、朝青龍を叩くだけでなく、相撲協会の体質や北の湖理事長の問題点などを鋭く指摘しているのと対象的で、杉山氏はジャーナリストというより、業界の中の人であり、相撲協会お抱えの評論家なのだな、と思ってきた。
 その杉山氏が、別のコメンテーターの発言にうなずいただけで拒むというのだから、相撲協会のトンチンカンぶりには、本当に呆れ果てる。「やっぱりダメだわ、この人たちは……」という感じだ。
 自分たちのご用聞き程度に思っていた人が、朝青龍問題という相撲協会としては頭の痛いスキャンダルで連日テレビに出ていることで、裏切られた気持ちでいるのだろう。これでは、現場を取材したうえに建設的な批判をするようなことはできるはずもない。相撲協会の極端な反応に、協会と相撲「ジャーナリスト」の日頃の関係がうかがうことができる。
 今回の一件では、メディアの対応にも問題がある。しかし、問題が大きく、かつ長引いたのは、相撲協会の責任も大きい。たとえば、朝青龍の住むマンション周辺に張り込んでいたマスコミ関係者を退去させておきながら、NHKだけに朝青龍の外出する場面を撮らせるというような、稚拙な情報操作を行った。NHKは少なくともカメラを2台待機させており、朝青龍はそれに驚いた様子もなく出て行ったところを見ると、NHKと相撲協会の間で密約があったことは明らかだ。こういうことをするから、民放などが相撲協会の広報は信用せずに、躍起になってモンゴルまで朝青龍を追いかけていくことになる。
 自らを反省することもなく、杉山氏を攻めるのはお門違いだ。ほとんど八つ当たりでしかない。
 高砂親方と朝青龍もそうだが、相撲業界がいかにコミュニケーション能力が貧困であるを、今回の騒動でまざまざと見せつけられた気がする。「ごっつぁん」で通る人以外とは、まともな関係を結べないのかもしれない。協会の不手際にうんざりしている人たちは少なくなく、力士の処分には弁護士や有識者などが関わった方がいいというコメンテーター氏の意見には、テレビの前にいた多くの人がうなずいただろう。それだけでなく、相撲協会の運営、広報なども、もう少し知恵のある人たちが加わった方がいいのではないかと思った人も、結構いるのではないか。
 メディアの向こうには多くの人々がいて、自分たちはそういう人たちに支えられているという謙虚さが、相撲協会にはかけらもない。
 こういう組織にだけは、自分の子どもを預けたくないと思った親御さんもいると思う。それ以前に、このような業界には、そもそも若い人が魅力を感じないだろうが……。
 日本相撲協会の化石化は、今回の一件でさらに進むだろう。
  
 私の「ばっかじゃなかろか」は、実は相撲協会だけでなく、杉山氏にも向けられている。
 相撲協会から求められてすぐに取材証を返却したというのでは、あまりに情けない対応ではないか。
 その彼の言い分は、次のように報じられている。

<杉山さんは「大相撲がよい形で存続していけばと思い、『朝青龍問題は伝承文化である大相撲の根幹を揺るがしかねない』と発言してきたが、相撲協会を批判したことは一度もない。こんなことになって残念だ」と話す。
 没収の理由となった「うなずき」は8月13日のTBS系番組に出演した時のことらしいが、杉山さんは「理事長の指摘の内容は違う。『個人の権利があるから、もし弁護士がいて裁判になったらどうなるのだろう』という意見に、そういう見方もあるのか、と思っただけ。相撲評論家という肩書もテレビ局が便宜上つけたもの。私はそんな名刺も持っていない。いずれも誤解だ」としている。 >(朝日新聞asahi.comより)

<杉山氏は「大相撲の発展を考えて発言した。協会を切り捨てるような発言は一切ない。ジャーナリストとしてこういう扱いを迫られるのは信じがたい。残念な気持ちだ」と反論したが、混乱を避けたいとして取材証の返還に応じた。>(YOMIURI ONLINEより)

 こういう当局や権力者の横暴に対抗するために、記者クラブがあるのではないか?! 東京相撲記者クラブは、今回の対応について抗議声明を出したそうだが、肝心の杉山氏が取材証返却済みというのでは、なんとも迫力がない。杉山氏は取材証を返してから、こんなふうに協会のご機嫌を直してもらうための弁明をするのではなく、まず取材証の返還は拒否し、しかる後に記者クラブが抗議の声を挙げて相撲協会の暴挙を社会に訴える、というくらいの抵抗はすべきだった。
 朝青龍問題での杉山氏の言動は支持していなかった私も、そういうことであれば、取材や言論の自由を守るために、意見の違いを超えて、声を挙げたであろう。
 なのに、抵抗どころか「(北の湖理事長の)お立場も分かるので返しましょう」とホイホイ取材証を返却してしまったというのだから、これまたあきれ果てる。
 杉山氏の対応を見ていると、結局は強いものには弱く、弱いものには強く出ているだけではないか、と思う。自分よりはるかに年長の方にこういうことを言うのは心苦しいのだが、杉山氏には相撲協会の取材証より、「ジャーナリスト」という肩書きを返上していただきたい。
 あるいは、今回のことで気持ちを切り替えて、長年の取材で知り得たことで、これまで相撲協会の「立場」を配慮して表に出さなかったことを、ジャーナリストとして明らかにしようとするなら、それはどれで大変結構なことだ。
 今回の出来事は、ジャーナリストと権力の関係を考えるうえで、格好の題材でもある。単に嗤うだけではなく、私自身の問題として注目し、考えていきたい。

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