またも無罪!

2008年03月06日

 4年前に北九州市で起きた殺人・放火事件について、福岡地裁小倉支部が無罪判決を出した。
 
 被告人と事件を結びつける物証も供述もない中、検察側は警察の留置場で同房だった女の証言だけを頼りに懲役18年を求刑していた。しかし裁判所は、同房者は「捜査機関に迎合するおそれが内在している」などとして、その証言には任意性も信用性も認めなかった。女が、被告人から聞いたという告白内容、つまり初めに被害者の首を刺したという点についても、「生前の傷と認めるには合理的な疑いが残り」として、真の犯人しか知り得ない秘密を暴露したものとはいえない、とした。
 さらに裁判所は、「同房者からの参考聴取は許されるが、今回はその域を超えている。本来、取り調べと区別されるべき勾留が犯罪捜査に乱用された」と警察の捜査のあり方を批判。
 鹿児島の選挙違反事件(冤罪志布志事件)や富山の冤罪事件に続き、またしても警察や検察の問題点が露わになった無罪判決だった。

 事件被害者の妹片岸みつ子さんは、当初別件の窃盗容疑で捕まった際には北九州水上署で勾留され、そこで後に”犯行告白”を証言することになるA子と同房になった。その後片岸さんは八幡西署に移されたが、なんとA子も、後を追いかけるようにして、八幡西署に身柄を移され、2人きりの勾留が続いた。この動きは、たまたま同房になったというには、あまりに不自然だ。
 雑誌『冤罪File』創刊号に掲載された今井恭平氏のレポートなどによると、A子は未成年の頃から窃盗、覚醒剤、詐欺などで数度の補導・逮捕歴があり、少年院にも2度入院しているとのこと。片岸さんと同房になった時は、成人になって初めての逮捕で、窃盗容疑だったが、逮捕直後に尿検査をされており、覚醒剤取締法違反容疑でも逮捕されたことが分かっていた。他に窃盗の余罪も8件ほどあったようだ。ところが、このA子は余罪を取り調べられることもなく、懲役2年6カ月執行猶予4年の判決で自由の身となった。
 一方の片岸さんは、別件で2回の逮捕、さらに本件も殺人容疑、放火容疑と2度に分けて、計4回もの逮捕・勾留が繰り返された。逮捕されたのが2004年5月23日、最後の起訴が11月16日というから、177日間も被疑者として警察留置場に身柄拘束された。この長期に及ぶ勾留でも、殺人・放火については否認を続けた。
 自白がとれず、片岸さんと事件を結びつける情報が欲しい捜査官と、少しでも警察の心証をよくしたいA子。この両者が、取調室という密室の中でどういうやりとりを交わしたのかは、定かではないが、警察からなんの働きかけもないのに、A子が自発的に片岸さんからの「犯行告白」を作り上げるというのも考えにくい。


 裁判所やメディアが指摘するように、この事件での福岡県警の捜査は厳しく批判されなければならない。
 と同時に、こうした捜査手法を可能にする構造的な欠陥にも目を向ける必要がある。
 本来、勾留手続きを経た被疑者は拘置所に収容することになっている。拘置所は法務省が管轄しており、警察の権限が及ばない。同じ警察で取り調べを受けている被疑者を同房にしない、という配慮をすることも可能だ。
 しかし実際には、捜査の都合や拘置所が十分でないことから、警察の留置場を拘置所代わりに使うことが認められている。こうした”代用監獄”が冤罪の温床になると言われてきたが、警察は捜査部門と留置管理部門を切り離したり、拘置所では認められない弁護士と被疑者との夜間や休日の面会を認めるなどサービスを行うことで、批判をかわしてきた。実際、被疑者が犯行を認めている事件では、被疑者本人にとっても家族にとっても弁護士にとっても、警察に身柄が収監されている方が便利だったり快適だったりすることは少なくない。
 けれど、同房者を捜査員の”手先”として使うようなことが行われているのでは、いくら警察の人事を捜査部門と留置管理部門できっちり分けたとしても意味がない。また深夜にわたる取り調べなど、無理な取り調べで自白を迫るような事態も起きやすい。
 密室の中で夫今割れる取り調べ状況が不透明であることに加えて、この代用監獄の問題は、早急に改善する必要がある。
 
 取り調べの可視化と併せ、今回のような問題捜査が再び行われないようにするためにも、少なくとも容疑を否認している被疑者の収監先は必ず拘置所にするべきだ。これは、今日にでも実行可能な対策といえる。というのは、逮捕された被疑者の大半は容疑を認めており、否認する被疑者はごく一部。そのすべてを最初から拘置所に収容させることは、決して不可能ではないはずだ。

 勾留状を発布するのは裁判所。裁判官が、勾留尋問の時に容疑を否認した者を勾留する時には、拘置所を収監先と定めるだけでも、事態はかなり改善される。残念ながら、今の裁判所は、警察・検察側が求めるままに逮捕状・勾留状を発布する”自動令状発行機”と化しているのが現状。せめて、否認事件の収監先を拘置所に指定するくらいのチェック機能は果たしてもらいたい。
 弁護人も、留置場に置いておくのが問題だと思われるケースは、裁判所に収監先の変更を求める申し立てを積極的に行ったらどうか。弁護士会は、代用監獄の廃止を主張するわりに、そうした申し立てはあまり行われていない。ある弁護士に言わせると、申し立てをしても裁判所が認めないからやらない、とのことだが、果たしてどうだろう。かつて否認する被疑者が弁護士との面会を捜査機関に妨害されていた時代には、弁護士たちが積極的に裁判所に申し立てや訴訟を行って制度を改善させた経緯がある。当時の弁護士たちの活発な活動に比べると、勾留先の問題に関しては、あまり熱意が伝わってこないのだが。
 すでに混み合っていて、否認の被疑者をすべて受け入れたら定員をかなり超えてしまう拘置所は、増改築で収容力を高めていく必要がある。「冤罪」発言で物議を醸した鳩山法相には、汚名挽回のつもりで、拘置所の収容力アップに力を尽くし、冤罪防止に努めてもらいたい。
 
 それから、今回の事件で、警察と同じく、というより、それ以上に糾弾されなければならないのは、同房者の供述だけを頼りに片岸さんを起訴し、懲役18年の求刑まで行った検察である。 
 すでに警察によるでっち上げが明らかになっている冤罪志布志事件でさえ、裁判所は一部被告人の捜査段階での「自白」の「任意性」を認めた。日本の裁判所は、検察側が提出した証拠や証言の「任意性」を安易に認めてしまうのが常だが、今回はその裁判所ですら「任意性」を認めなかったのだ。
 こんな証拠価値のない”証言”に依存して30回に及ぶ公判を維持してきたことを、検察当局は大いに恥じ入って欲しい。検察側からの控訴はすべきでなく、むしろ自分たちがやっていたことや判断をきちんと反省すべきだ。
 志布志事件でも、富山の冤罪事件でも、検察は警察の捜査をチェックすることはまったくなく、無罪方向の証拠を無視し続けた。今回の北九州市の事件でも、検察は警察の捜査のチェック機関としての機能をまったく果たしていない。これでは、なんのために検察官がいるのか分からない。こうも続くと、一人二人の職務怠慢な(あるいは能力の低い)検察官がいるというのではなく、検察全体の質の低下、劣化現象が起きていると言わざるをえない。あるいは、何らかの構造的な問題があるのかもしれない。
 検察当局は、志布志事件を「冤罪でない」と認識しているらしいが、今回も不幸にして証拠が十分揃わなかっただけ、と自分たちの責任を軽視するような受け止め方をしているのかもしれない。早急に検察官の再教育を行うなどの改善策をとらなければ、国民の検察当局に対する信頼は、低下の一途をたどるばかりだ。検察は、もっと危機感をもって、今回の無罪判決を受け止めるべきだし、そうなるよう鳩山法相には指導力を発揮してもらいたい。

 
 それ以外に、この事件を巡って感じたことをいくつか。
 
 被告人となった片岸さん本人だけでなく、その子どもたちが顔も名前も公にして、母親の無実を訴えている。支援者が作っているサイトには、片岸さん一家の思い出の写真が何枚も掲載され、息子さんが顔写真つきで、「母は無実です」と訴える肉筆のメッセージを寄せている。息子さんと娘さんはブログhttp://blog.hikinoguchi.com/も開設しているが、やはり実名で顔写真も載っている。
 とりわけ息子さんは、勤めていた会社も辞めて、母の支援活動を続けてきた、という。
 日本では、身内が逮捕されれば、冤罪であっても、家族は顔を伏せてひっそりと暮らさざるをえなくなることが多い。そんな中、堂々と顔をさらして訴えを続けている姿には心を打たれる。
 
 本件である殺人・放火事件について無罪が出た後も、新聞はどこも片岸さんを「片岸被告」と書いている(テレビでは、少なくともテレビ朝日は「片岸さん」と呼んだ)。
 確かに、今なお「被告人」であるには違いないが、無罪が出た以上、敬称は「さん」にすべきではないだろうか。
 それから、片岸さんが窃盗罪や威力業務妨害で有罪判決を受けたとは書いてあっても、その中身にほとんど触れていないため、「やっぱりお兄さんのお金を盗んだりした人なんでしょ」という負のイメージは強く残る。
 
 ちなみに、支援者のサイトhttp://hikinoguchi.com/index.htmlでは、この2つの罪名について、弁護人が次のように説明している。 

<この窃盗容疑なるものは、生前から預かっていたお兄さんの通帳から、預金を引き出したというものです。 しかし、みつ子さんが預金の引き出しを行ったのは、お兄さんの生前の意思に従ったものでした。預金を引き出したことは隠さずに警察にも話し、刑事にもその引き出したお金を見せて確認してもらっていました。
通常、このような事案で立件されるかは大変疑問ですし、まして逮捕されることなど考えられません。明らかに殺人での自白強要のための別件逮捕でした。(中略)
 7月1日には、威力業務妨害で再逮捕されました。兄嫁がお兄さんと別居生活を続けながら、実家の離れをほぼ独占的に公文教室として使用していましたが、離れの所有者であるお兄さんやお母さんに使用してもらうため、その一部に壁を作って間仕切りしたということを事件から2年も経って持ち出してきたのでした。明らかな別件逮捕であり、実際の取調べも、相変わらず殺人容疑の厳しい追及が連日なされました。>
 
 被害者は、アルコール依存症を患い、妻子と別居して、事実上は片岸さんが後見人のような立場で面倒を見ていた、とのこと。その兄の死後、生前に預かっていた通帳から、お金を引き出したのが、果たして窃盗になるのかな、という気がする。
 威力業務妨害に至っては、家族間のトラブルにすぎないのではないか。
 これを有罪ととしたのはなぜか、本人の主張と裁判所の判断について、メディアはもう少し丁寧に触れてもらいたかった。

 メディアは、捜査段階の報道などで、片岸さんの負のイメージ作りには(その意図はなくても)一役買ってしまっている。それを考えると、無罪判決後の報道では、被疑者・被告人となった人たちの名誉回復にもう少し気を遣うべきではないか、と思う。

 

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