五輪開会式ボイコットはあり、だ

2008年03月20日

 このニュースを読んで、なるほど、そういうやり方もあるな、と思った。
  
<[パリ 18日 ロイター] 国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」は18日、各国の関係当局者らに対し、8月に行われる北京五輪の開会式をボイコットするよう呼び掛けた。チベット自治区の騒乱に対する中国政府の態度を非難する動きで、フランスは検討する可能性を示唆している。
 パリを拠点とする記者団は声明で「中国は五輪開催地に選ばれた2001年に交わされた約束を尊重していない。それどころか、中国政府はチベットでのデモを容赦なく鎮圧し、完全な情報統制を強制した」と非難。
 北京大会自体のボイコット呼び掛けは避けているが、記者団は「世界の政治指導者はこれ以上、この状況を前に沈黙していることはできない」と主張。開会式のボイコットによって、中国政府のやり方に対する不満を表明すべきだとしている。
 これに対し、フランスのクシュネル外相は記者会見で、北京五輪のボイコットには賛同しないが、国境なき記者団が提唱した開会式不参加については検討する用意があることを明らかにした。>
 
 この、競技には参加するが開会式はボイコットという選択肢は、日本を含め各国が大いに検討に値するものではないだろうか。 
 
 中国政府は、「事件はダライ集団が念入りに画策、扇動したものだ」(温家宝首相)の一点張りで、ダライ・ラマ法王がかねてから「独立を求めない。高度の自治を求める」としてきたことも、「偽善に満ちたうそ」などと決めつけた。
 これに対しダライ・ラマ法王は、中国政府、チベット人双方に自制を求めている。中国政府には話し合いを、我慢の限界だとして武装蜂起を主張するチベット人に対しては、自身の退位にも言及しながら、非暴力を訴えている。
 また、中国政府は死者は13人と発表。死者の中には僧侶はいない、武装警察は発砲していない、と主張している。
 しかし、ロンドンに本拠を置くNGO<Free Tibet Campaign>のサイトに掲載された血だらけのチベット人の遺体写真には、銃創が何カ所も見える。僧衣姿の遺体もある。これが、今回の事件の犠牲者の遺体に間違いないなら、中国の発表は事実にまったく反することになるhttp://www.freetibet.org/march2008.html
 また、インド・ダラムサラのチベット亡命政府によれば、死者はすでに99人にも上っているという。
 真相を確かめようにも、中国政府は、事件発生直後には外国人をチベットから追い出し、ジャーナリストに自由な取材・報道をさせない。外から、電話などで取材をしようにも、ラサへの電話は不通状態だという。
 ダライ・ラマ法王は、国際的な調査団による調査を求めたが、中国政府はこれも拒否。
 また、中国国内からYou TubeやBBCなどのサイトへのアクセスもできなくなり、中国国民には”大本営発表”の情報しか与えないなど、徹底的な情報統制を行っている。
 おそらく、中国政府要人の頭の中には、武力天安門事件の記憶が蘇っていることだろう。民主化を求める若者たちを人民解放軍が虐殺する模様が、BBCやCNNなどを通じて、全世界に中継された。あの轍を踏まじ、ということで、”外の目”を排除することに躍起になっているのに違いない。
 このような状況で行われた、中国政府による一方的な「調査」に、どれだけの信頼性があるというのだろう。
 
 そもそも今回、ダライ・ラマ法王が唱える非暴力主義に公然と反発する人たちが出るほどの状況が生まれたのは、中国がチベットで行ってきた文化と環境の破壊に原因がある。学校ではチベット語で教えることを禁じられ、ダライ・ラマ法王の写真を持っていただけで身柄を拘束されたり、激しい拷問を受けるなど、チベット人たちのアイデンティティと人権を踏みにじってきた。
 自由を求めて、脱出するのも命がけ。2005年9月には、ネパールとの国境近くで、無防備なチベット人の一行を人民解放軍が銃撃し、17歳の尼僧が殺され、数十人が拘束された場面を、たまたま近くを登山中だったルーマニア人がビデオで撮影し、You Tubeで世界に伝えられた。
 このような非人道的な行為と情報統制による事実の隠蔽。これに対して、国際社会はもっとはっきりと、NO!の声を挙げていくべきではないだろうか。
 すくなくとも、情報コントロールによって真相隠しをしようとする態度に対しては、厳しい批判がなされて当然だ。
 ところが、各国とも懸念の声は挙げているものの、経済大国となった中国に遠慮しているのか、オリンピックが混乱するのを気にしてか、あるいは北朝鮮問題の解決に支障が出るのを恐れてか、発言のトーンが弱い。
 そのうえ早々と、「オリンピックはボイコットしない」と宣言して、中国政府を大いに安心させたりしている。
 
 中国の人権に関する政策は、チベット以外でも、問題になっている。スーダン・ダルフールでの大虐殺でも、民兵組織の支援を行っているスーダン政府を中国が支えている。ジャーナリストの長井健司さんが殺されたことで日本でも注目されるようになった、ビルマの民主化運動を弾圧するミャンマー軍事独裁政権も、中国を頼りにしている。
 スピルバーグ監督が、ダルフール問題を理由に、北京オリンピック開会式・閉会式のアーティスティック・アドバイザーから降りた。中国政府は、「オリンピックの政治化に反対する」と反論したが、中国もオリンピックを国威発揚の場にしており、十分に「政治化」していると言えるのではないか。
 

 これまで長年努力を重ねてきた選手たちのことを考えれば、競技のボイコットは最後の最後の手段であり、極力避けたい事態ではある。
 しかし、開会式・閉会式は一種のお祭りであり、中国の存在感を見せつけるためのイベントでもある。差別を受け、弾圧を受け、アイデンティティを奪われ、血を流している人々をよそに、私たちはお祭りに興じたり、中国の国威発揚に協力したりしていいのだろうか。それは、中国による人権侵害を認め、支持することに等しい、と思う。
 自由と人権を大切な価値と認める国々は、せめて開会式をボイコットするという選択肢は排除すべきではない。そのうえで、まずは国際機関での調査やジャーナリストの自由な取材を受け入れ、真相を明らかにするよう、中国に対して強く迫っていかなければならない。
 この機を逃したら、新たな革命でも起きない限り、中国の人権に関する政策を改めさせることはできないのではないか。

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