だから早く可視化を

2008年10月23日

 だから、取り調べの全課程を録音録画することが必要だと言っているのに……
 そんな歯がみする思いで、このニュースを読んだ。
 
<大阪市浪速区の個室ビデオ店で16人が死亡、4人が重軽傷を負った放火事件で、大阪地検は22日、小川和弘容疑者(46)を現住建造物等放火と殺人、殺人未遂の罪で起訴した。地検は、店内が狭く逃げにくい構造で、火を放てば他の客を巻き込む危険性が高いと小川被告が認識していたとして殺意を認定した。簡易鑑定の結果、責任能力についても問題はないと判断した。

 小川被告は当初、大阪府警浪速署捜査本部の調べに容疑を認め、「これまでの人生を振り返って、このまま生きていても面白くないと思い、焼け死んでやろうと思った」と動機を供述していた。しかし、現在は否認に転じ、「火を付けた記憶がない。たばこの不始末かもしれない」と話しているという。

 小川被告は放火直前の心境について、「(入店後に)部屋が狭く、機器の使い勝手も分からなかったため、居心地が悪くていらいらした」とも供述。捜査本部は、その不快な気分に加え、それまでの人生を思い出して暗い気持ちになり、刹那的に火を放ったとみている>(毎日新聞より)
 
 当人が、無罪を主張している以上、弁護人はそれを前提に弁護活動をしなければならない。
 たとえ「事件直後は動転したのと、まだ被害の規模も分からなかったこともあって犯行を自白したけれど、後から『このままでは死刑になる』と分かって、否認に転じたんじゃないの?」と思ったとしても、弁護人たるもの、それを表に出すわけにはいかない。本件の場合、有罪とされ責任能力が全面的に認められれば、死刑が言い渡されることはまず間違いないので、「正直に話して反省すれば罪が軽くなるかも……」と説得するわけにもいかない。「警察官に無理やり言わされた」と本人が言うのであれば、そ人の言い分を最大限に主張してやるのが弁護人の役割ということになる。
 ということで、裁判は、責任能力のあるなし以前に、果たしてこれが放火だったのか、それとも失火なのかが、徹底的に争われるだろう。
 裁判官たちは、仮に「目撃者もいないし、否認し続ければウソが通ると思っているんじゃないかな」と疑ったとしても、そういう予断は封印して裁判に臨む(ことになっている)。死刑判決を念頭におけばなおのこと、裁判には慎重さが求められる。検察官が一点の曇りもなく有罪を立証しているかを、後々問題にならないよう、きちんと吟味しなければならないし、弁護側が十分な主張や立証をできるよう気を配る必要がある。被告人の自白以外の証拠を調べ、被告人の供述の作成経緯もしっかり検証することになるだろう。
 当然、それなりの時間も手間もかかる。

 しかしもし、捜査過程をすべて録音録画してあったらどうだろうか。
 捜査員が暴力や威嚇を伴う不当な取り調べをしておらず、本人が任意に犯行を認めている様子がビデオに収められていれば、いちいち取り調べに当たった捜査員を複数呼びつける必要もなく、自白の任意性と信用性はたちどころに証明されるだろう。
 逆に、もし警察や検察の取調官が暴力的に自白を求めていたのだとしたら、今度は捜査のあり方が問題にされることになる。これまでは、不当な取り調べがあっても、それを裁判官に分かってもらうのは難しかったが、ビデオで見れば、問題はやはりたちどころに理解されるだろう。
 
 犯罪とは無縁の市民を刑務所まで送ってしまった富山の冤罪事件、警察が事件を作り上げた鹿児島の選挙違反事件などの経験から、冤罪防止のために可視化を求める声が高まった。しかし、可視化は冤罪防止だけに役立つのではない。実際に犯罪を犯した者が、いったんは罪を認めたのに、刑罰を免れるためにあれこれ言い逃れをすることも阻止できる。
 つまり可視化は、被告・弁護側に有利とか、検察側の利益になるとかではなく、真実発見と裁判の迅速化に大いに役立つと言うべきだろう。
 
 可視化を求める世論に押される形で、当初は反対していた検察・警察も「部分的な可視化」は認める方向に動き始めている。それは、完全に自白した被疑者の取り調べの仕上げに、ビデオでの犯行告白をさせようということのようだ。
 しかし、今回の大阪の事件でも分かるように、自白する瞬間、あるいはそれに至る過程が分からないのではまったく意味がない。

 かつては、機材も大きく、記録用メディアもかさばって保管が困難など長時間の記録には障害があった。だが、今は、そういう問題点は克服されている。科学技術の進歩の恩恵を、司法が拒絶する理由はない。
 速やかに、取り調べの全課程、とりわけ自白に至るまでの経緯や初期の段階の供述が後から検証可能な形での可視化がなされるべきだ。
 人を殺めた人間が罪から逃れたり裁判の引き延ばしをしたりするのは、極力防がなければならない。と同時に、冤罪で苦しむ人をこれ以上決して出してはならない。

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