まずは雇用の創出を!
2008年10月31日
期待していたわけではないが、麻生首相が発表した追加経済対策の中身にはがっかりだ。
いくら当面の景気対策だといっても、長期的な展望、世界の潮流を見据える鳥瞰的な視点がまるでない。目先の、つまり総選挙までのことしか考えていない、としかいいようがない。
遊園地ではあるまいし、高速道路が休日1000円「乗り放題走り放題」なんて、どういうつもりだろうか。レジャーにはどんどん車を使って、ジャンジャン温室効果ガスをまき散らして下さいと行っているようなものではないか。ついこの間開かれた洞爺湖サミットでは、中国やインドなども交えた主要排出国会議を開き、「世界全体で温室効果ガスの排出を半減させるとの長期目標を共有」することを宣言したばかり。レジャーでの消費を刺激したいなら、JRなど全国の鉄道会社と協力して、1000円乗り放題のキャンペーンでもやった方がいい。
今後何年かで温室効果ガスを大幅に削減することができるかどうかが、人類のこれからを決める。これはもう、世界の指導者の間では共通の認識と言っていい。だからこそ、EU諸国はこの金融危機の中でも、温暖化対策は予定通り進めることを確認しているし、麻生首相自身が出席した北京で開かれたアジア欧州会議でも、その宣言の中で、温室効果ガスの排出削減について「先進国は国別総量目標などで指導力を発揮する」と明記されている。
金融問題と選挙のことで頭がいっぱいで、忘れてしまったのだろうか。
報道によれば、今回の対策の目玉の一つである定額給付金は一人1万2000円程度で、子どもと高齢者には1万円の加算ということになりそうらしい。
「重点を絞りばらまきにしない」と麻生首相は言うが、国語辞典で「ばらまき」をひけば、「金銭を広い範囲にばらまくこと」(大辞林)とある。今回の定額給付金は、国語的にもまさに典型的なばらまきだ。
ばらまきでも、効果があればいい。しかし、今回の対策は、その効果のほどがはなはだ疑問だ。
いったん固く締まった財布のひもは、将来への安心感がなければ、ゆるまない。10年前の地域振興券でも、換金を禁じられていたにもかかわらず、増えた消費は振興券発行額の3割程度だった。地域振興券を使うことで浮いた金を貯蓄に回したからだ。
今は、いつ景気が好転するか、自分の経済状態がこれからどうなるのか、まったく分からない。
そのうえ、3年後には消費税を上げる、という(麻生氏は、3年後にも首相でいるつもりなのだろうか)。
こんな状況で、いくばくかの臨時収入が入ってきても、「さあ、買い物をしよう」という気になるだろうか。とりあえず貯蓄に回しておく人の方が多いだろう。
お金に困ったことがなく、毎日ホテルのバーに通うことが当たり前の金銭感覚でいる麻生氏は、そういう一般の消費者心理が分からないのだろう。バーに行くことより、自分の金銭感覚が通常人とはかけ離れているという認識が持てていないところが、麻生首相の致命的な欠点だ。
とりわけ深刻なのが非正規雇用労働者の人たち。現在、被雇用者の3分の1は非正規雇用労働者で、その4分の3は年収が200万円未満しかない。男性の非正規雇用労働者に限っても、56%が収入200万円未満で生活している。そういう人たちは、今日食べるものに困っている場合はともかく、12000円の臨時収入があれば、「とりあえず、いざという時にとっておこう」と考えるのではないか。「いざという時」は明日来るかもしれないし、それだけあればネットカフェや個室ビデオ店を利用すれば、数日は雨露をしのぐ資金になる。
これでは、せっかくばらまいた給付金の効果がないだけではない。
非正規雇用者をこのまま不安定な雇用状態に放置して年を重ねるに任せておくとどうなるか。いずれ無年金無保険無資産の高齢者群となって、生活保護費などの社会保障費を増大させる。このまま少子化で進めばただでさえ年金を維持することが困難で、さらには大幅な財政赤字もあるのに、さらなる負担を、次の世代に負わせることになる。
少子化といえば、低所得の非正規雇用労働者の婚姻率の低さが、その要因の一つとなっている。
今、景気対策としても、少子化対策としても、社会保障費の削減など財政再建対策としても、今、もっとも必要なのは安定した雇用機会の確保だといえよう。
麻生首相のプランにも、「年長フリーター等を積極雇用する事業者へ奨励金支給」という項目はある。年長フリーターを1人雇うごとに3年間で最高100万円(中小企業の場合。大企業はその半額くらいになりそう)の助成をする。これで20万人の雇用が確保されるとのことだが、果たしてどうだろうか。いかにも机上の計算、という感じがするうえ、雇用の創出という点では規模が小さすぎる。
25〜34歳の年長フリーターは92万人(2007年厚生労働省)もいる。その枠内に収まらない”高齢フリーター”や派遣労働者もいる。労働力調査によれば、平成19年には男性だけでも25歳から64歳の非正規雇用労働が334万人に上っている。
そのことを考えると、一時的に薄く広くばらまくお金があるなら、こうした非正規雇用者を正規雇用することが、何より優先的されるべきではないだろうか。
それも、単に職業訓練とか、就職に関する情報の提供などにとどまらず、雇用を創出する工夫が必要だ。たとえば、環境や新エネルギーに関連して期待できる産業に対して、集中的な助成を行う。太陽光発電など、本来は日本が世界のトップランナーだったのに、今ではドイツに抜かれ、中国にも負けようとしているのは、国の長期的な戦略の欠落も大きな要因の一つだ。今後も世界的に伸びていく、こういうジャンルの産業や消費に対して、国はお金を使うべきだ。さらには国民的課題となっている食糧自給率のアップのための対策や耕作放棄地の増加や食の安全の問題などと結びつけて、農業と生産物の加工・販売を行う農業公社や農・食品産業を育成することも有効だろう。日本は有機農業に対する助成が少ないが、そこをヨーロッパ並みにして支援をしていけば、新規参入の農業従事者や農・食品会社も出てきて雇用が広がり、食の安全を求める消費者のニーズにも合致する。
そんなふうに、いくつかの課題を有機的につなげて雇用機会を作り出していくことが必要なのではないか。
雇用が安定すれば、まずは安心する。ここで初めて、財布のひもが少しゆるみ、消費が回復する。そして収入が増えれば、購買力も高まって内需が拡大し、税収はアップする。年金や健康保険の支払いも可能になる。家庭を持って子どもを育てようという人も出てくるだろう。将来、生活保護のお世話にもならずにすむ。貧困にあえぐ人が減れば、犯罪も減って治安もよくなる。
こういう長期的な視点を持ちつつ、現在の課題に対応していくような、ダイナミックな政策を提示してくれなければ、国民は元気になれない。「明るくなければならない」「強くなければならない」とかけ声をかけられても、溜息が出るばかりだ。