田母神発言・その単純明快さが危ない

2008年11月26日

 航空幕僚長を解任され、自衛隊を定年退職となった田母神俊雄氏が吠えている。
 月刊誌『WiLL』で21ページにわたって「独占手記」を寄せ、「私はもはや民間人である。遠慮はいらないだろう」と本音をぶちまけている。
 例えば、自衛隊が北朝鮮に乗り込んで拉致被害者を救出せよという意見があると述べて、彼はこう書く。
<国を守るのが「軍」の役割であり、普通の国なら当然そうするだろう。
 だが、残念なことに自衛隊にはそうした備えはない。研究すらできない。政治の指示がない限り、自衛隊は動けないのである>
<自衛隊は言われたことだけやっていればいいと考える我が国独特の文民統制は、今後議論されてしかるべきであると思う>
 自衛隊は北朝鮮に攻め入って被害者を実力で奪還してくるべきであり、政治の指示がないために、その準備さえできないことは残念であって、そのような文民統制は問題であって考え直した方がいいという彼の本音があからさまに吐露されている。
 拉致についての認識がひどく遅れ、被害者が長く放置されたことなど、日本政府やメディアに反省すべき点が多いことは事実だし、実際に動き出してからの外交交渉のあり方も、疑問を抱く部分が少なくない。だが、だからといって、ならば軍隊を出動させて、力には力で取り返すべきだと、ついこの間まで自衛隊のトップにいた人が公然と発言するのには、改めて驚く。
 また彼は、「手記」の中で自衛隊機が北朝鮮のミサイル基地を攻撃する案を取り上げ、自衛隊には未だその能力は充分にないが、せめて「議論ぐらいしてもいいのではないか」と述べる。
 攻め入った自衛隊を、北朝鮮が「はい、どうぞ」と受け入れるはずもなく、攻撃を受けてすぐに降参することも思えない。間違いなく戦争になる。北朝鮮はありったけのミサイルを、日本本土に発射するだろう。日本国内に入り込んだ工作員が、原発を含めて様々な施設で破壊工作をするに違いない。どれだけの死者やけが人が出るだろうか。
 韓国や中国、ロシアが、黙って日本のやることを見ている、とも考えにくい。
 憲法の制約はもちろんだが、そういう被害の発生を考えれば、北朝鮮に攻め入ったり、先制攻撃をしかけるなどという選択肢はありえない。なのに、なぜそういう「研究」が必要だというのか。むしろ被害者救出の名目で、北朝鮮を攻撃しようという意図を勘ぐられかねない。そうなれば、中国が黙っているはずもなく、6カ国協議は崩壊してしまう。
 「研究」くらいいいじゃないか、「議論」くらいはいいじゃないかと言うが、自衛隊や政府が行う「研究」や「議論」は、それ自体に意味を持ち、国際関係に大きな影響を与える。
 そんなことも分からないのだろうか。威勢ばかりはいいが、思考の浅薄さ、視野の狭さ、あまりの単細胞ぶりに、この程度の人物がいざ有事となったら実際の作戦を統括する制服組のトップにいたのか……と愕然とした。
 なぜ、こういう人が空幕長の立場まで上り詰めることができたのだろうか。それほどまでに、自衛隊には広い視野と識見を備えた人材がいない、ということなのだろうか。だとしたら、これは大変なことだ。

 その単細胞ぶりは、国会での証言の時にも感じた。
 田母神氏は、こう述べた。
「日本には今、日本の国が悪かったという論が多すぎるというふうに思います。(中略)私も今回びっくりしてますのは、日本の国はいい国だったと言ったら、解任をされたと。そしてまた、責任の追及も、いい国だと言ったような人間をなぜ任命したんだといわれる」「変だなあというのが私の感想です。日本の国が悪い国だという人をつけなさいということですから」
 「手記」の中でも、彼はこう書いている。
<私は端的に言って「日本はいい国だった」と言ったのだ。すると日本がいい国だったとは何事だ、政府見解では悪い国になっているんだ、ということで航空幕僚長を解任されてしまった。
 なんという、強引な単純化だろう。 
 彼の発想では、戦前や戦時中の日本について、たとえば中国への侵略行為を認め、政府や軍部に反省すべき点があると認めると、日本は「悪い国」となってしまう。逆に、歴史家が認める事実も否定し、日本は相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはなく、日中戦争も日米開戦も相手が仕掛けたワナが原因であって日本に一切非はない、と強弁することが、日本を「いい国」と認めることになるのだそうだ。
 しかし、そもそも歴史の問題を考えるのに、こういう風に「いい国」「悪い国」と二元論的に評価する発想はなじまない。たとえば、日本は長い歴史と豊かな文化を持っている。昭和の初期に他国に対して多大なる迷惑をかけたことがあったと認めたからといって、その長い歴史や豊かな文化のすべてを否定して、日本は「悪い国」とレッテルを貼り付るようなことができるはずがない。
 日本の統治下の朝鮮や台湾で、子どもたちの教育に尽くした日本人教師など、地元の人々に慕われた素晴らしい人たちもたくさんいた。そのことは、私たちは子孫として誇りに思っていいと思う。政策の一つひとつを見れば、日本が国としてやったことの中には、インフラ整備など地元に貢献するものもあっただろう。けれども、インフラ整備などは日本の統治をよりよい形で進めるためであったわけで、いい効果もあったからといって、日本の支配そのものを正当化することはできない。いくら、朝鮮人も日本人と同じように扱ってやったと言っても、日本人にはなりたくないと思っている朝鮮の人々にとっては、迷惑千万な話。支配のやり方が、ヨーロッパの植民地支配と比べていいか悪いかを論じても意味がない。よその国を自分の支配下に置くという方法で国力を伸ばそうという帝国主義を推し進めた当時の政府、さらにはその政府の指示にさえ従わずに勝手に行動を展開した軍部については、厳しい批判がなされて当然だ。そして、後世の私たちは、日本をよりよい国にするためにも、過去の過ちからよく学んで、二度と同じ轍を踏まないようにしたい。負の歴史を次の世代にも学ばせようとするのは、よりよい未来を築くためだ。
 歴史から学ばないとどういうことになるか。それは、ブッシュ大統領が始めたイラク戦争を見れば明白だ。
 「日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない」と田母神氏は言う。その通りだろう。日本との関係では被害国の中国や韓国も、よその国に対して侵略的行為をやったり、それに加担して非人道的な行為を行ったことがある。しかも、そのことを深く反省したり、次の世代に教えていくようなことはしていないように見える。
 でも、だからといって日本も反省する必要はない、というのは違うと思う。反省は、被害国のためというより、むしろ日本の未来のために必要なのだ。日本の人々が将来にわたって平和で豊かな暮らしができるように、そして他の国々からの尊敬を得られるために、過去から学んで、よりよい国造りをしていくことが大切なのだと思う。
 それに他国の例を引き合いにするなら、ドイツを見てみればいい。過去の問題と今でも向き合い、次の世代に負の歴史をきちんと伝えようとしている。それは国家レベルだけではない。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が創立125周年に映画《帝国オーケストラ》を制作し、ナチス政権のプロパガンダにオーケストラが一役買ってしまった負の歴史を徹底的に検証した。映画からは、よりよい未来を思えばこそ、負の歴史に学んでいこうという、同オーケストラの強い意志が感じられた。このオーケストラを「自虐的」だの「悪いオーケストラ」と非難する人はいるだろうか。
 
 歴史だけではない。今の日本を見ても、世界に誇れるような「いい」面と、恥ずかしくて隠しておきたくなるような「悪い」面が混在している。報道機関や事件や政局など、どちらかというと負の部分を報じることが多いが、でもだからといって、記者たちは日本を「悪い国」だと決めつけているわけではなく、嫌っているわけでもないだろう。と同時に、国際大会での日本人選手の活躍を報じるスポーツ担当記者が、日本はどこも問題がない「いい国」と信じ込んでいるというわけでもない。
 よその国の評価にしてもそうだ。アメリカは、イラクで大儀のない戦争を引き起こし、地球環境を悪化させ、金融危機の元凶となって世界に迷惑をかけている。その一方で、今回の大統領選挙では、アメリカの草の根民主主義の底力を見せられ、これこそがこの国の本当の強みなのだと世界中に知らしめた。そのアメリカを、「いい国」とか「悪い国」とか断じることに、どんな意味があるだろうか。そうではなく、アメリカにはどういう問題があり、どういう素晴らしいところがあるのかを見て、そこから学んでいけばいいのだ。
 あるいは、サダム・フセイン政権下のイラクはどうだろう。ブッシュ大統領は、イラクを「悪の枢軸」の一つだと決めつけ、「悪い国」だと断じた。確かにフセイン政権は非常に独裁的で強権的だった。言論・表現の自由はなく、汚職がはびこっていた。ただし、その一方でキリスト教を保護したり、女性の社会進出に寛容であり、首都バグダッドなどは夜間女性が出歩いても安心なくらい安全だった。フセインから解放されて、イラクは「いい国」になったのだろうか。確かに人々は衛星テレビを見ることもできるし(ただし、停電でテレビのスイッチが入らない時が未だに長いと聞く)、新聞もいろいろ発行されるようになった。けれども汚職は相変わらずのようだし、外国からの武装勢力が入り込み、イスラム教の宗教勢力が強くなったためにキリスト教徒が迫害され、女性の社会進出も大きく後退した。何より、9万人前後の市民が、戦争のために命を落とした。アメリカにとっては、それでも「いい国」になったと主張するのだろうけれど、イラクの人たちにとってはどうなのだろうか。
 アメリカ人の多くが、今ではイラク戦争はブッシュ大統領の失政の一つであると考えているようだ。この失敗は、イラクを「悪い国」と決めつけたところから始まった。「悪い国」という結論に合う情報だけを集め、それ以外のたくさんの情報や意見は無視し、戦争への道を突っ走った。
 一つの国に「悪い国」のレッテルを貼り付けることが、いかに危ういことかは、このアメリカの失敗がよく示している。単純化とレッテル貼りによって、真の姿が見えにくくなるのだ。
 「いい国」「悪い国」という二極化、単純化は、歴史を見る時にも、今の社会を考える時にも、断じて慎むべきだ。

 田母神氏は、航空自衛隊の制服組のトップであり、幹部を教育する統合幕僚学校長をしていたこともある。考え方があまりに単純で、複雑な事柄も二元論的な見方をする彼の発想が、自衛隊の幹部に浸透しているのだろうか。
 彼は、今後テレビに出たり、講演会なども予定されているという。彼に共鳴している人も少なくないようだ。ただでさえ、威勢がよく、シンプルな物言いが受けるご時世。彼の単純明快さは、受ける要素があるのかもしれない。
 威勢のいい発言は、聞いていて気分が高揚し、心地がいい。単純すれば、難しい国際情勢も複雑な歴史もたやすく分かったような気になれる。だから、ついついそういう発言に惹きつけられる心理は分からないではない。
 しかし単純明快に語れば語るほど、威勢のいい言動を重ねれば重ねるほど、歴史の真相からも国際社会の現実からも遠のいていく。このことは、よくよく肝に銘じておきたい。「単純明快」は悪魔の誘惑でさえあると思う。

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