足利事件2 真の謝罪のために

2009年06月16日

 冤罪「足利事件」で、栃木県警の石川正一郎本部長が菅家利和さんに直接謝罪することになった、という。
 謝罪ということであれば、謝る側の方が出向くべきであって、謝られる菅家さんの方がわざわざ足を運ぶというのは、なんだか変な気がする。とはいえ、住まいも当面の生活費も用意されることなく、事前の告知もないまま、いきなり釈放されてしまった菅家さんは、主任弁護人の自宅に身を寄せている状態で、県警本部の人たちがどやどやと来られても困る、ということがあるのかもしれない。
 先日、石川本部長名のコメントを刑事部長の記者クラブで代読させ、「これが謝罪とは言えるのか」と批判を招いたこともあったのだろう。比較的早い時期での直接謝罪となったのは、悪いことではない。どういう文言や態度での謝罪になるのか、注目したい。
 いきなり引っ張っていかれて、無理やり自白させられ、挙げ句に刑務所に送られて、合計17年半も拘束されていた菅家さんにとっては、本部長が1回謝っただけで、許せる心境にはならないだろうし、当時の捜査関係者、とりわけ自分に自白を迫った人たちに直接謝ってもらいたいという思いはあるだろう。
 警察や検察の謝罪が、通り一遍のものではなく、本当に実のあるものとするには、直接当人に謝ること以外にも、やらなければならないことがある。たとえば――
 
 *きちんと賠償をする
 *このような冤罪が生まれた原因を究明する
 
 再審で無罪が確定すれば、菅家さんには刑事補償が払われる。その金額は、1日当たり1000円以上12500円以下で、おそらく菅家さんには最高金額が支払われるだろう。
 しかし、刑事補償は失われた財産を補填するという趣旨で行われるもので、警察や検察、裁判所などの誤った権力行使に対する償いとは異なる。失われた17年半を取り戻すのは不可能でも、せめて一定の賠償金を支払って、償いの意思を示してもらいたい。
 しかも、菅家さんには生活の拠点もなければ、生活のあてもない。62歳という年齢を考えれば、これから老後の蓄えをすることは難しいだろうし、十分な年金も得られないだろう。また、無実を晴らすためには、多くの弁護士がこれまで手弁当で弁護活動をやってきたわけで、彼らに対する報酬も払われるべきだ。そのためにも、国と栃木県は話し合って、なるべく早い時期に菅家さんへの賠償金を支払えるように準備をして欲しい、と思う。
 また、菅家さん側は、なぜ無実の罪を着せられることになったのか、その原因を知りたいと願っている。その要請には、警察や検察も、なるべく協力をすべきだ。たとえば菅家さんと弁護団は、再審請求審に、捜査段階で最初のDNA鑑定を行った警察庁科学警察研究所の技官らを証人申請している。そういう申請には反対をすることなく、速やかに証人尋問が実現するようにしてもらいたい。取り調べを担当した栃木県警の捜査員にも、再審などの課程で、どういう経緯で菅家さんに自白をさせるに至ったのか、正直に述べて欲しい。
 警察や検察は、今回の捜査や裁判の進行について、それぞれ内部で検証を行う意向らしい。しかし、特に警察の場合、これまでも誤ちがあっても検証の結果を公表してこなかった。そのため、他の警察が教訓を学ぶこともなく、同じような過ちが繰り返されてきた。今回のことで、そのようなことがあってはならない。ぜひとも、公開の裁判の場などで、原因究明がなされるべきだ。

 それは、何も担当した捜査員をさらし者にして断罪するためではない。
 もしかすると、取り調べを担当した捜査員も、どうしてこのような結果になったのか分からないでいるかもしれない。
 菅家さんを恐怖させ、絶望させた初日の取り調べだが、日頃から凶悪事件の容疑者に対峙している捜査員にとっては、さほど厳しく取り調べた実感はないのではないか、という気がする。最後に、菅家さんが悔し涙にくれながら自白する場面を、捜査員たちは、悔悟の涙と受け取っただろう。ひとたび犯行を認めてしまった後の菅家さんは、捜査員の目には、スラスラと犯行を供述したように映っただろう。
 なのになぜ、このような間違いが起きてしまったのか。それを検証することは、こうした悲劇が繰り返されないために、何をどうすればいいのかを捜査関係者が考えるためにも、どうしても必要なことだ。
 取り調べ課程の全面可視化が必要なことは言を俟たないが、それ以外にも、私たちは考えなければならないことがあるように思う。捜査員らの証言を公開の場で行ってもらいたいのは、これが警察などの捜査関係者だけの問題ではないように感じられるからだ。
 これは私の想像だが、警察庁からDNA鑑定の結果を受けた、栃木県警の捜査本部は、菅家さんが犯人で間違いないと確信しただろう。同時、DNA鑑定はあたかも百発百中の最先端技術であるかのように喧伝されていた。捜査員たちは、DNA鑑定の仕組みや精度なども分からず、とにかく「間違いない」という結論だけを教えられ、取り調べに臨んだのではないだろうか。 
 凶悪事件であればあるほど、犯人が自白して謝罪することを、マスメディアも、一般市民も、そして検察や裁判所も期待している。この事件でも、捜査員たちはそうした期待に応えるべく、使命感をもって取り調べを行ったに違いない。捜査員たちは、社会からの期待を、どのように感じていたのだろうか。そうした期待がプレッシャーとなって、嘘の自白を招くような強引に取り調べに至ったのだとしたら、担当した捜査員や当時の栃木県警の捜査本部だけを責めてすむ問題ではなくなる。
 私たちの社会が、この事件から教訓を得るためにも、公の場での原因究明をしてもらいたい。
 
 また、謝罪がなされるべきは、菅家さん一人だけはない。
 真犯人を取り逃がす結果になったわけで、被害者遺族、地元の市民に対しても、当然、真摯な謝罪がなされるべきだ。
 
 
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