裁判員裁判を傍聴する

2009年08月05日

  初の裁判員裁判2日目は、午前中の開廷。再び”囲いの羊”となるべく、締め切り時間の午前9時より少し前に東京地裁に行く。
 すでに結構な人数がいて、私たちは裁判所の裏側の囲いに誘導される。
 パラパラと雨が降ってきた。後ろの男性が傘をさして、警備員に「傘は畳んで!」と怒られている。男性は「濡れちゃうじゃん」とささやかな抵抗をするも、警備員は「皆さんにそうしてもらってます!」と有無を言わせぬ態度。
 他人事ながら、「感じ悪いな〜」と思う。
 今日の”羊”は昨日より1000人(匹?)ほど少なく、1360人と発表された。
 
 午前中は現場近くの住民で、事件を目撃した人が2人証人として出廷した。
 1人目は男性。「ギャー、何すんのよ!」という叫び声を聞いて外に出たら、被害者が倒れて、ボトボト血が流れていたので、家の中に引き返し救急車を呼んだと証言。この時に、被告人が立っているのを見た、とも述べた。
 2人目は女性。「助けてー」という被害者の叫び声で外に出たところ、血を流す被害者と刃物を持った被告人の姿を見た、と証言した。被告人は被害者に向かって「クソババア」と怒鳴っていたという。この女性の家は、被告人が被害者を刺した現場とは少し離れている。そこまで被告人が逃げる被害者を追ってきたことになる。被告人はその事実を否認しているので、検察側にとっては、被告人による執拗な犯行を証明し、悪質性を際だたせる重要な証人だ。
 2人に対しては、最初に検察官が尋ね、続いて弁護人が反対尋問を行った。普通なら続いて裁判官の補充質問となるはずだが、どちらの証人の時も、裁判長は短い休廷時間をとって、裁判員と裁判官による打ち合わせを行った。
 けれども、補充尋問を行ったのは3人の職業裁判官のみ。裁判員による初めての質問を期待していた傍聴席(特に記者席辺り)から、落胆の空気が漂う。しかも、裁判官の質問は、細かい点の確認やすでに行ったのを同じような趣旨のものも多く、中身はパッとしない。補充尋問などしなくてもいいのに、無理して質問事項を増やしているような感じだ。見ていて、裁判員に対して「こうやって聞けばいいんだよ〜」と一応お手本を示しつつ、「こんな程度の質問でもOKだよ〜」と安心させて、午後に質問をさせるための準備運動をしているような感じがした。
 素人である裁判員にとって、初めての法廷で、しかも多くの傍聴人が注目する中で、質問をするのは結構大変なことだと思う。質問をするというのは、証言の中身だけでなく、裁判での証人の位置づけや判決を書くうえで必要な事項が分かっていなければ、なかなか質問はできない。いきなり裁判員に「質問しろ」と言っても、無理だと思う。
 その辺の苦労話を、裁判長が記者会見などを開いてちゃんとしていけば、一般の人たちに裁判がもっと身近になるきっかけにもなるだろうし、裁判についての理解が広まったりするのだと思う。けれども秘密主義の今の日本の裁判所には、なかなかそういうことが期待できないのが残念だ。
 
 秘密主義といえば、こんな出来事も。
 今回の裁判では、開廷前の挨拶を傍聴人に求めない…というか、させないことになった。つまり、以前は裁判長が入廷し、席に着くとき、検察官や弁護人だけでなく、傍聴人も立ち上がり、全員で一礼するというのが通例だった。
 ところが、裁判所の職員が「傍聴人は立たないで下さい」と指示。つい習慣で立ち上がってしまった司法記者には「立たないでっ!」と鋭い注意が飛んだ。
 なんで変わったのか、休廷中に注意をした職員に聞いてみた。
 しかし、答えはこうだった。
 「そういう理由は説明しないことになってます」
 それくらいのこと、教えてくれたっていいじゃないか…と思う。
 考えてみるに、もしかすると写真を撮られるのを警戒してのことかもしれない。以前、法廷内を隠し撮りして雑誌に載ったことがあったが、それは確か開廷時の挨拶の時だったような気がする。この時は、被告人が被写体だったが、もし裁判員が写されたら困るというので、傍聴人席はなるべく座らせて、その周囲を取り巻くように配置された職員が監視しやすい状況にしておく、ということかもしれない。法廷スケッチでも、裁判員を描いていいのは髪型と服装だけで、顔は描いてはならないことになっているほど、裁判員の姿が外に伝えられないよう、裁判所は気を遣っている。
 もしそうならば、そう説明してくれればいいだけの話ではないか。
 裁判員制度は、国民を信頼して作られたはずなのに、それを運用する裁判所は、まだ国民を信頼していないような気がする。
  
 午後は、前半が被害者の長男の証人尋問。被告人が、被害者は言葉が荒く、事件当日はナイフを見せたら被害者の方からつかみかかってきたなどと弁解しているのに対して、「被告人が言うのは全部デタラメ」と否定。被害者である母親は、被告人を避けていたと述べた。
 被告人の名前を呼び捨てにし、母を殺された悔しさを訴えたが、感情を爆発させることはなく、極めて抑制的に振る舞っていた。
「正直、死刑にして欲しいですよ。でもそれは無理だと思うんで、無期懲役とか、できれば一生刑務所のなかで終わって欲しい。10年20年で出てきて、のほのーんと酒を飲んで競馬をやるのでは、母は浮かばれないし、すごく悔しい」
 精一杯感情を抑えたこれらの言葉は、かなり裁判員には印象的だったのではないか。
 そのうえで、長男は涙ながらに裁判官と裁判員に訴えた。
「(被告人の)こんなデタラメを真に受けて、真実から目をそらさないで欲しい。ここに私がいるのは、母親の名誉回復のため。だからお願いします。公平な判決を出してください」
 それに対して弁護人は、長男の警察段階の調書では、母親の人物像を「一言で言えばきつい性格」「気も強い、言葉も強い、余計な一言を言うこともある。せっかく収まりかけたケンカを母が蒸し返してケンカが終わらないこともある」「近所ともよくケンカをしていた。相手の急所を突いてしまうところがある」などと書かれていることを指摘した。
 長男は、調書のそうした記述を「それが作られたのは事件当日。母の死を目の当たりにして、すぐに警察署に連れて行かれ、缶詰にされて、『何でもいいからしゃべってくれ』と言われた。頭の中かは真っ白で何も思い浮かべていいか分からない状態だった」と述べて、調書は混乱した最中で作成されたものだと反論した。
 
 短い休廷を挟んで、補充尋問。
 最初に、裁判長が「裁判員4番さん」と指名。
 白い半袖ブラウスを着た、30代前半の女性に見える裁判員が、尋ねる。
 「警察の調書との(被害者の)人物像の違いが気になるんですが、どう確認したんですか」
 質問の意味が分かりにくいのか証人が黙っていると、裁判長が言葉を補う。
 「警察での調書を作った時に確認はどうやったのかという質問です」
 調書には被害者の長男の署名がなされている。調書の内容を確認して間違いないという印だ。その確認をどのように行ったのか、というのが質問の趣旨。
 証人は「正直、覚えてない。頭の中がぼーっとして。読んではくれたが、『ここにサインして』と言われて」
 内容の確認をする余裕もなく、言われるがままにサインした、という説明だ。
 やっと裁判員からの質問が出たので、それを報告する記者たちの出入りが激しい。
 裁判員の質問がないと、積極的に関わった雰囲気が出せないので、裁判官たちも裏できっと苦労したのだと思う。打ち合わせで、裁判員から出た素朴な疑問を、質問の形にするのにアドバイスをしたのだろう。
 くどいようだが、その辺の苦労話が明らかになってこそ、裁判員がより主体的に関与しやすい制度作りが始まる。裁判所には、ぜひ、もっと情報公開をしてもらいたい。当面、裁判長の記者会見は必須だと思う。
 
 午後の後半の被告人本人に入る前に、被告人の身上に関する証拠類が読み上げられた。昭和35年に酒気帯び運転で捕まったのを初め、傷害や器物毀棄などの前科がゾロゾロ、10回くらい。酒を飲みながら近所の人にプロレスの技をかけて死なせてしまった傷害致死あり、酒気帯び運転ありと、酒がらみの事件が多い。
 以前の裁判なら、こうした情報は冒頭陳述の後、弁護側が同意した検察側の証拠の取り調べで読み上げられる。弁護側も、前科前歴などの記録はあまり不同意にしないので、たいていは裁判の一番最初の部分で明かされる情報だ。それを、この段階でようやく明らかにしたのは、裁判員に冒頭で予断を与えないためだろう。
 検察側は、裁判員制度にあたって、予断を排除してフェアな裁判をやる、という決断をしたように、少なくともこの裁判を見る限り思える。
 この方針が、今後のすべての裁判に適用されるのであれば、大きな前進といえるだろう。他の裁判での状況を注目していきたい。
 
 こうした調書類の取り調べの後、被告人質問が行われた。先に弁護人が尋ねるが、被告人がつい質問に答えるより自分の述べたいことを喋って、たしなめられる。それが何度も重なったりして、なかなか打ち合わせ通りのやりとりにならないのか、弁護人は少々イライラしている。被告人は、長男が証言している間、不満そうに何度も舌打ちをしていた。明らかに怒っていて、こめかみ辺りに、怒りマークが浮き出ている感じだった。やっとその不満が吐き出す機会が訪れたと思って、言いたいことが噴き出しているのかもしれないが、弁護人との意思疎通がイマイチよくてきていない感じだ。
 
 事件の前日、競馬で負けてむしゃくしゃした被告人は、やけ酒を飲んだ。その量がハンパではない。500ミリリットルと300ミリリットルの缶入り酎ハイを飲んだ後、4リットル入りの焼酎を買って、それを1リットルくらい飲んだ、という。飲み方は、「ポッカレモンを少し入れて、あとは水を入れてレモン・ハイに。それが体に一番いいので」と。焼酎を1リットルも飲んでおいて、「体にいい」もないもんだ、と思う。しかも次の日は、2日酔いで迎え酒。二日酔いで気持ちが悪い時に、よくもさらに酒を飲もうという気になると不思議に思う。
 猫よけに庭に水入りペットボトルを置いていたのに、被害者がバイクの方向転換のたびにそれを倒すので日頃から腹正しく思っていたこと、注意をしたら「国の世話になってて文句言ってるんじゃない」と生活保護を受けていることをなじられたのにカッとなったことが、事件の原因だったと説明し、事件の背景には被害者の言動があったという主張をする。さらに、事件の後に警察に行くつもりだったが、その前に家の処分を競馬友だちに頼みたいと思い競馬場に行ったなどと、自発的に出頭する意思があったと印象づける供述も行った。
 けれども、それについては検察側が反対尋問の中で、「競馬場に行く時に酒を買ったのはなぜか」「競馬場に行く前に競馬新聞を買ってませんか」「その競馬友だちの名前は?」などと事実を指摘し、被告人の弁明に大きな疑問符をつけた。
 被告人は、捜査段階の検察官の取り調べについては、「感謝している」「今までで一番いい」と妙に絶賛。だが、その検察官の調書でも、法廷で主張しているような、被害者の”落ち度”については述べられていない。その点を検察官に指摘されると、「人を殺めておいて、被害者のせいにすることはできない」などと立派なことを言う。当然のように、「じゃあ、今になって被害者の責任を言い募るのはなぜ?」と検察官に突っ込まれていた。
 聞いていると被告人の話が、ずいぶん嘘くさく思えてくる。前科前歴の豊富な人だけに、自己弁護の術を身につけているのだろうか……
 少なくとも、被告人がいう「申し訳ない」という言葉は、被害者の長男の心には響かなかっただろうし、裁判員も反省の態度には懐疑的なのではないか。特に、女性の裁判員が多いだけに、大酒を飲んでは近所が迷惑するような大声で叫んだり、生活保護を受けながら競馬に入り浸っている生活ぶりは相当に心証が悪いのではないか。
 
 検察官は、見取り図を示し、タッチパネルを使って被告人と被害者の位置関係を図に書き込ませようとする。ところが、その作業の途中に、書き込みが消えてやり直したり、被告人が先走ってずんずん書き込んでしまうので、そのたびに、裁判長が「ああ〜っ!」「ああ〜っ!!」「ああ〜っ!!!」と叫ぶ。
 ハイテク化された法廷は便利だが、捜査をミスしたり、証人や被告人が先走ってしまったりすると、混乱の元になるという欠点をさらしてしまった。
 
 続いて、遺族の代理人弁護士が尋問を行う。
 その質問項目を書いたメモを、検察官が裁判官に届け、裁判長が検察官に指示をして弁護士の意図をさらに確認。検察官は、裁判官と遺族の代理人弁護士とを行ったり来たりの”伝書鳩状態”だった。
 今回の裁判では、傍聴席から見て右側に国選弁護人が2人と被告人が座っている。左手には、検察官4人と被害者の長男、それに遺族の代理人弁護士で総勢6人。いかにも、検察官と被害者が一体となって裁判に臨んでいるように見える。
 これは長男が、昨年暮れに始まった被害者参加制度を利用したためだ。以前は、被告人の弁解を、傍聴席で悔しい思いで聞くしかなかった遺族が、直接証人や被告人に質問できる。遺族だけでなく、その代理人弁護士も同席し、質問が可能だ。
 今回は被害者の長男は質問せず、代理人弁護士が行った。
 弁護士は、「被害者はあなたに殺されるいわれはない」「謝罪の手紙もない」などと厳しく被告人に迫った。被害者・遺族の被害回復に携わっている専門家の弁護士だけに、被告人は「はい」としかない迫力だった。被害者の方に原因があるような被告人の言い分に、被害者の側から強く「NO」を突きつけるやりとりだった。
 以前に比べて、被害者の地位や発言力は飛躍的に高まったことを印象づける被告人質問だった。被害者救済という観点では大きな前進だ。
 一方で、被害者感情があまりに強く裁判員に印象づけられ、情緒的な判断がなされるのではないか、という心配も指摘されている。
 この日の裁判では、被害者の長男が抑制的に振る舞ったこともあって、心配された事態にはならなかった。逆に、裁判員が長男の警察での調書と法廷証言の違いに疑問を呈したほか、長男に対しては「被告人の話はデタラメ」と断定する根拠を裁判官が尋ねるなど、裁判官も裁判員も理性的な裁判にする努力をしているように見えた。
 ただ、被害者が感情を押さえきれない事態になった時にどうするのか、という疑問は残る。裁判員制度ではなおのこと、法廷を理性的な審理の場にするための裁判長の責任は重い。
 また、事件によっては、被害者の名誉を守りたい遺族にとっての「真実」と、検察官が集めた証拠が示す「真実」が違う場合もある。それに、検察官は法律で「公益の代表者」と定められている。被害者の権利を守ることも「公益」の一部だが、検察官は被害者の代理人弁護士とは立場が異なる。
 なのに、検察官と被害者が見るからに一体化してしまうことが果たしていいのだろうか……。検察官と被害者の距離、被害者の裁判への関わり方に関しては、事例を重ねながら、引き続き議論をしていく必要がある、と思った。

 

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