裁判員裁判を傍聴する

2009年08月06日

 裁判員による初めての裁判の3日目。今日も朝から、”羊”となりに東京地裁に赴く。
 初日の傍聴記で、メディアもアルバイトを使わず社員や番組の制作スタッフを並べているようだと書いたが、それは正確ではなかった。そういう社もあるが、こんな不景気の中でも大量のアルバイトを動員している景気のいいメディアもあるらしい。
 というのは、私が裁判所外にできた長い列の最後尾につくと、女の人に「ここは団体専用ですから、個人の方はあっちに行ってください」と、数百メートル先のもう一本の列の最後尾に回るように指示されたのだ。
 団体専用? 
 裁判所でそんな対応をしているなんて、聞いたことがない。けれど、女は「団体専用」だと言い張って譲らない。
 「あなたは裁判所の職員?」
 そう尋ねると黙り込む。すると、傍らにいたホンモノの裁判所の職員が、「ここで並んでいて構いませんから」と言う。どうやら、この女の人はアルバイトの手配師で、まとまって構内に入った方が当選する確率が高まると考えて、個人の傍聴希望者を別の列に追いやっているらしい。彼女ともう1人の手配師(男)が取り仕切っている人の群れは相当多く、数百人いたのではないだろうか。この多さからして、1社からの依頼ではなく、数社から発注を受け、当選した傍聴券を適宜割り振っているのかもしれない。
 というわけで、初日の記述は訂正したい。
 
 囲いの中は異常に蒸し暑い。すごく混んでいるのに、警備員がさらに間隔を詰めろと何度もうるさい。
 これ以上詰めたら、まるで出荷されていく羊だ。思い切りメーメーと鳴いてやろうか…なんて思っていたら、列が動き出した。
 今日は、締め切り時刻から囲いが開けられるまで、比較的時間が短かったので助かった。
 
 予定の10時より5分遅れてスタート。
 例によって、写真撮影の時は3人の裁判官のみだ。
 続いて被告人が入り、陪席裁判官が裁判員を迎えに行く。裁判長と書記官が打ち合わせをしている間に、裁判官席後ろの扉が開いて、裁判員たちが入ってきた。
「ああ〜っ、まだまだ」
 今日も叫ぶ裁判長。慌てて裁判員たちを制して戻るように指示する。そして被告人の横にいる刑務官に「解錠して下さい」と言う。裁判員たちには、予断を与えないよう、被告人の手錠腰縄姿は見せないことになっている。刑務官は裁判長の指示にしたがって手錠や腰縄を外すことになっているが、その前に裁判員たちが入ってきてしまったのだ。
 裁判員制度になって、裁判長は気を配らなければならないことが多く、大変そうだ。
 裁判長には、実際にやってみた感想を、ぜひ国民に語ってもらいたい。そうすれば、裁判がもっと身近に感じられ、裁判官も感情を持った人であることも分かるだろうし、裁判員候補に当たった時の反応も少し違ってくるのではないか。
 
 初めに、裁判長から裁判員の入れ替えが発表された。
「3番(女性)が、体調不良で裁判所に来られなくなったとの連絡があり、解任したいと思います。よろしいですね」
 最後は検察官と弁護人に同意を求めたもの。双方が同意したので、裁判長は「補充裁判員1番を裁判員7番として任命します」と告げた。さらに、「補充裁判員3番は必要がなくなったとして、昨日解任しました」と明らかにした。
 「必要なくなった」「解任」――この言葉を聞いて、のけぞりそうになった。
 裁判官・裁判員の後ろに、3人の男性が補充裁判員として座り、すべての審理を見聞きしていた。4日の予定の半分を消化したところで、3人も拘束し続けなくても大丈夫と判断したのだろう。
 それはいいが、呼び出しに応じ、2日間の審理につきあい、充分に協力をしてきた人に対して、「必要がなくなった」とか、「解任」とかという言い方は、あまりに無礼ではないのか。
 裁判所の”上から目線”は全然変わっていない、という気がする。
 
 審理は、昨日は夕方5時を過ぎて行えなかった被告人に対する補充尋問から始まる。
 昨日の被告人質問で、検察・被害者側にだいぶ追い込まれていたので、そのダメージを回復すべく弁護人が再質問を少しはやるのではないかと予想をしていたが、弁護人からはその申請はなかったのだろうか。
 裁判長が「裁判員1番さん」と指名。
 「1番さん」は「なぜ(凶器に使ったのは)サバイバルナイフだったんですか」「包丁とかではなくサバイバルナイフにしたのはなぜですか」と聞く。
 被告人は「包丁はもっと長く、危険ですから」と答える。短いサバイバルナイフを使ったということは、殺意がなかった証とでも言いたげだ。
 ホンマカイナ、と思うが、もしそうなら、本来は弁護人が被告人質問で聞いておかなければならない事柄だろう。
 私にとって印象的だったのは、「2番さん」の質問。
「サバイバルナイフはお嬢さんの遺品ですよね。そういうものを大事にしていないのかな、と」
 被告人は、「もう毎年海に行って、足にひれをつけて……」と亡くなった娘の趣味について語り始める。それを裁判長が制して、「今の質問は、遺品というのに道具箱に入れたりしてぞんざいに扱っていたのか、ということです」と説明する。
 ただ、その裁判長の説明は、「2番さん」の意図とはちょっとずれていたらしく、「それは遺品なのに、(凶器として)使ってしまうのかなあ、と」と自分の言葉で問いかける。
 娘の形見を持ち出して、近所の人を脅したり指したりするのに使うなんて、どういう感覚なのか理解しがたい。そんな気持ちから発せられた質問だった。
 こういう素朴な市民感覚が、これからは審理に反映されていくのだということを、私が実感させられた瞬間だった。
 
 続いて補充された「7番さん」が問う。傍聴席から見たところ60歳代(間違っていたらごめんなさい!)の落ち着いた学者風の男性だ。
「(被害者を刺した後に)我に返って家へ戻ったといいましたよね」「ひょっとして死ぬかもしれないと思ったと言いましたね」と、前日の被告人の発言を確認する。補充裁判員も、きちんと審理に参加していたことが分かる。
 そのうえで、「その段階でなぜ救急車を呼ぼうと思わなかったんですか」と問うた。これは、検察官が聞いていてもいいはずの質問だろう。
 被告人はしどろもどろに「近所の人が出ていましたので、都合してくれると思いました」と弁解する。モゴモゴと聞き取りにくかったようで、「7番さん」は「もう1度言ってください」と言う。なかなか堂に入った質問態度だ。
 
 裁判員は、端から順に全員が質問を行った。
 その質問を聞いている限り、審理の内容はよく理解しているようだったし、被告人に対する偏見や決めつけというのもなく、今回の裁判員はなかなかやるな、という感じがした。 
 メディアからは「なぜ裁判員にもっと質問をさせないのだ」という不満や批判もあったようだし、裁判員による裁判第1号としては、裁判員がきちんと審理に参加している姿を見せることが裁判長に課せられた最大の使命だっただろう。
 その点では、今回の裁判はひとまず成功だったと言える。
 ただ、全メディアに注目されている今回の裁判はともかく、制度が軌道に乗って、裁判員裁判だからといって関心を集めることがなくなった時点でも、今回のような裁判員に配慮した訴訟指揮が行われるかどうか気になるところだ。
 また、非公開となる評議で、裁判員が発言をしやすい進行が行われるかどうかなども、チェックさせる必要がある。その点で裁判員に対する守秘義務は一刻も早く取り払ってもらわなければならない。
 
 3職業裁判官も補充尋問を行った。
 裁判長の質問の中に、こんなものがあった。
「あなたはこれまでもお酒がらみで事件を起こしているし、それを反省したらお酒はやめなきゃと思わなかったの?」
 被告人は「一時的にはやめても、寂しさというか、家に帰っても誰もいないし…」と答えた。
 こういう情状に関わる事柄を、今回の弁護人は全然取り上げてこなかった。小学校を出てすぐに働き、中学に行くこともできなかった生い立ちなど、裁判員の同情や共感を引き出すような立証活動をなぜ全然やらないのだろうか。あまりに感情的になってはいけないが、一般市民の感覚に訴えるということも、裁判員裁判の弁護活動としては、ある程度は必要ではないか。
 裁判官の補充質問が終わった後も、弁護人は再質問をせずに被告人質問は終わった。弁護側の淡泊さに、ちょっと拍子抜けする。

 今回の裁判を見ていて、一般市民が裁く裁判員制度の特徴をよく理解しているのは検察側の方だった。
 それは、視覚に訴えるプレゼンテーション技術だけでなく、最終的な意見を述べる論告でも強く感じた。
 検察官は、検察官席から離れ、証人席の後ろで裁判員たちと正面で向き合う形で立ち、1人ひとりの顔を見ながら、こう問いかけたのだ。
「被告人は、サバイバルナイフを見せたのに、被害者が言うことを聞かなかったため、面子を潰されたなどと考えて犯行に及びました。近隣住民間でトラブルがあったからといって、サバイバルナイフを持ち出して相手を脅したりしていいはずがありません。
 近所の人との間で口論をした時、相手がいきなりサバイバルナイフを持ち出して来たら、皆さん、どう思うでしょうか。安心して生活することもできません」
 続いて被害者参加制度を利用して裁判に関わった遺族代理人弁護士が、同じように正面に立った。被告人の弁解に反論し、被害者がいかに健全な一市民として生活してきたかを描いた後、次のように訴えかけた。
「理不尽にも、突然殺され、その生命を無残に絶たれた被害者の無念は計り知れません。耳を澄まして、どうか被害者の声を聞いていただきたい」
 こうした検察官や遺族代理人の呼びかけは、明らかに裁判員を意識してなされたものだ。
 一方の弁護人は、弁論の時も弁護人席から離れず、その場で立ち上がり、両手を後ろで組んだ格好で、話し始めた。
 被害者が挑発的な言動をしたために事件は起きたと、被害者に落ち度があることを強調。さらに、遺族として法廷でも発言した長男次男も含め、被害者一家全員が被告人を蔑視していたという趣旨の主張も行った。そういう事情があるので、普通の殺人事件より軽い刑にすべきだと弁護人は主張した。
 事件の争点についても、被告人に不利益な証言は信用性に乏しいと批判。犯行時に、被告人が「ぶっ殺す」と言ったという証言については、反論をしたうえで、「仮に言ったとしても、ケンカの時によく出る言葉です」と付け加えた。だから大した意味はない、と言いたいのだろう。
 しかし裁判員は、たまたま今回クジに当たって法廷にいるだけで、日頃は犯罪とは無縁の普通の生活を営んでいる人たちだ。ケンカが絶えない荒々しい世界の人たちにとっては、「よく出る言葉」であっても、そんな世界は一般市民にとっては遠い存在だ。一方、近所でささいなもめ事や不愉快な出来事を経験した人は少なくないだろう。そういう時にいきなりナイフを持ち出されたらどう思うか、という問いかけの方が、よほど具体的なイメージを持ちやすいだろう。
 弁護人の弁論では、被告人の言い分は充分に代弁されていた。おそらく、従来の職業裁判官による裁判であれば、よい弁論だっただろう。しかし、裁判員たちの心に、この弁論は響いただろうか。
 検察側は組織的かつ全国的に裁判員対策を進めているのだろう。それに比べ、弁護士たちの方はどうなのだろうか。今回の裁判を見る限り、弁護側の対策の立ち後れがいろいろな面で目立った。
 裁判員制度による裁判では、今まで以上に弁護人の力量が問われる。傍聴人にも分かりやすい裁判だけに、手抜きはもちろんのこと、不十分な弁護活動はすぐに見抜かれるし、被告人への影響も大きい。各地の弁護士会を中心に、弁護人の力量を向上させる取り組みが急務ではないか。

 また、新制度をよりよいものにしていこうとするなら、問題点は早い時期に洗い出し、速やかに改善すべきだ。
 そのためにも、なるべく情報はオープンにしてもらいたい。くどいようだが、早急に裁判員の守秘義務を外す必要がある。裁判所も、担当した裁判官が記者会見で感想を述べるなど、なるべく国民と情報を共有しようという態度で臨んで欲しい。
 裁判員制度は、国民を信頼してできた制度のはずだ。

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