オウム3被告への最高裁判決と死刑制度改革私案

2009年12月12日

 最高裁がオウム真理教の元幹部井上嘉浩の上告を棄却した。まもなく判決は確定し、井上は「被告人」から一連のオウム事件で9人目の「死刑囚」となる。
 井上は、地下鉄サリン事件のほか、目黒公証役場事務長仮谷清志さん拉致事件、3件のVX殺人・同未遂事件、強制捜査が開始された後の都庁爆弾事件など、全部で10件の事件で起訴された。
 そのうち死者12人と最も被害が大きかった地下鉄サリン事件で、検察側は彼が現場指揮者だったとして死刑を求刑した。これに対して、1審の東京地裁は、「後方支援ないし連絡調整的な役割にとどま」ったとし、無期懲役とした。逮捕後の彼の供述が「教団の実態や違法行為の解明に貢献」したことも評価された。
 しかし、2審の東京高裁は、彼の役割は、松本や死亡した元幹部村井秀夫と、実行役の間に立つ「総合調整役」だったとして、死刑を言い渡した。最高裁も、「地下鉄サリン事件では犯行全体の円滑な実行のため、不可欠な役割を積極的に果たした」と、高裁の判断を追認した。
 彼が関わった事件では、他にも3人が命を奪われている。重い後遺障害を負った人もいる。
 こうした被害を考えれば、どんな刑罰も「重すぎる」ということはないように思う。井上らに力尽くで拉致され、非業の死を遂げた挙げ句に、遺体は加熱処理されて捨てられた仮谷さんの長男実さんは、最高裁の判決について、「死刑でも軽すぎる」と憤りを新たにしていた。
 その一方で、オウムのためにまた一つ若い命が失われるということが、なんともやるせなく、悔しい。
 坂本弁護士事件から今年で20年が経ち、来年は地下鉄サリン事件が起きて15年になる。それだけの年月が経っても、あの団体は悲しみと怒りをもたらし続けているのだ。
 
 信者だった頃の彼は、教祖である麻原彰晃こと松本智津夫に心酔していた。教祖の意図を最大限に実現し、教祖の歓心を得ることだけが、井上の心を占めていた。教祖に満足してもらい、目をかけてもらうために、どんな無理難題もこなすべく、彼はまさに身を粉にして活動した。
 そんな当時の彼の状況を考え合わせると、地下鉄サリン事件における彼の活発な行動は、実行犯たちより能動的に見える。「現場指揮」とまではいえないにしても、単なる連絡係とは考えにくい。彼の役割についての高裁や最高裁の判断は妥当と言えるだろう。
 とはいえ、「では彼がいなければ、事件は起きなかった」というほどの立場だったかというと、そうとも思えない。教祖の松本と側近中の側近である村井、それにサリン製造にあたった土谷正実を除けば、この事件で、余人を持って代え難い人物はいなかった。実行犯や運転手役の代わりはいくらでもいたし(広報担当で、犯罪にはまったく無関係だという顔をして映画にまで出た荒木某がやっていたとしても全然不思議ではない)、信者たちはまるで教祖の手足のような存在だった。井上もまた、自ら事件を計画するような立場ではなく、あくまで松本や村井の描いた計画の中で、部分的な役割を果たした。もちろん、その責任は重大だが、教祖や村井と比べれば、従属的な立場だった。その彼が教祖と同じ刑罰を受けるのには、なんとも釈然としない気持ちが残る。
 井上を裁く裁判を傍聴していると、まるで少年事件を扱う法廷を見ているように錯覚するほどだった。高校生の時に入信した彼は、その時から精神的な成長が止まってしまったせいなのだろうか、まるで10代のように見えた。
 彼は、子どもの頃から、ずっと「いい子」だったらしい。そのうえオウムで常に権威にひれ伏すことに慣れてきたためか、裁判になると検察官や裁判官に精一杯従順に振る舞う。被告人として優等生になろうと一生懸命になっている様は、彼の幼さを際だたせた。その態度は、時に芝居臭くも見えたが、オウムにいた当時の彼の教祖への絶対服従ぶりが垣間見えるような気もした。
 そのうえ、彼の若い肉体は、常に全身で「生きたい」「助かりたい」と叫んでいるかのようだった。傍聴席にも、彼の命への執着がビンビン伝わってきて、たまらない気持ちになった。「被害者も同じように生きたかったことを、事件を起こす前にどうして考えなかったのか」と胸ぐらを揺すりたくなる一方で、「こんなにも若い命を絶たせるのはしのびない」という思いも湧いてきたからだ。
 井上が最初に人命を奪う事件にかかわったのは、1994年。もし、坂本弁護士一家の事件の後、適切な捜査が行われていれば、とうに教団は崩壊しており、彼が犯罪に手を染めることもなかった。だからといって、彼の責任が軽くなるわけではないが、神奈川県警の意図的な初動捜査の鈍さが、オウムの増長と凶悪化を許したことを考えると、「あの時、ちゃんとやってくれていれば、その後の被害者も加害者も生まれなかったのに」という繰り言が、つい口を突いて出る。
 様々な思いが交錯する中で迎えた一審判決。裁判所が無期懲役刑を選択したことが分かった時には、まずはホッとした。その一方で、「井上の命が助かって、実行犯が死刑になるというのはおかしいのではないか」と、強い違和感も覚えた。2審で死刑となっために、そうした違和感は解消したが、今度はオウムのために新たに若い命が失われることが、やりきれなくなった。
 そして、今回の最高裁判決。やりきれない思いは、私の中でさらにじわじわと膨らんでいる。
 
 その井上以上にやりきれなさを感じるのは、先日確定した豊田亨、広瀬健一の2人の死刑判決だ。
 この2人は、自動小銃の製造などには関与していたものの、人の命を奪う犯罪を命じられたのは、地下鉄サリン事件が初めてだった。突然、指名を受けた意味を理解できないまま、彼らは指示に唯々諾々と従って、地下鉄にサリンをまいた。当時の彼らの情報や判断力の乏しさを考えると、まさに教祖の手足として動いたに過ぎない存在だった。
 しかも、彼らの反省悔悟の深さは、人間というのはここまで自らを突き詰めることができるのだろうか、と思えるほどだった。豊田は、自分が感情を露わにすれば被害者に不快な思いをさせるのではないかと考え、一切の思いを封じ込め、事実を淡々と語った。広瀬は、遺族の悲しみと怒りに触れて衝撃を受け、精神に変調を来し、一時は法廷に出てくることもできないくらいだった。また、一審で死刑判決を受けた後、彼は軽症者に至るまで事件の被害者に対して謝罪の手紙を書いている。その前に彼はペン習字の通信講座を受講しているが、それは汚い字で手紙を出すのは失礼だ、と考えたからだ。彼の手紙を受け取った被害者の1人は、彼を死刑にしないで欲しいと思った、という。それほど誠意のこもった手紙だった。
 彼らが一連の教団犯罪で果たした役割は、同じく地下鉄サリン事件の実行犯でありながら、自首が認められて早々と無期懲役刑となった林郁夫より、ずっとずっと小さかった。確かに、松本智津夫の逮捕に結びつく供述を最初に行った林の功績は評価してよいのだろうが、教団の中で果たした役割や社会に及ぼした影響を考えると、彼が無期懲役で、豊田と広瀬が死刑というのは、あまりにバランスを欠く。
 しかも、この2人が松本と同じ刑罰というのは、著しく正義に反しているのではないか。
 
 私は、多くの人の命や健康を奪い、自分を慕ってきた弟子たちを犯罪者にした松本智津夫に関しては、死刑以外の刑罰は考えられない。一刻も早く、執行してもらいたいと思っている。
 なので、死刑廃止の議論に加わる気はまったくない。また、以前書いたように、仮釈放なしの終身刑にも反対だ。
 だが、一連のオウム事件に関わってきて、死刑と無期懲役刑の差の大きさは痛切に感じている。それに、一定の基準以上はみな死刑、それも方法は絞首刑のみ、というのは、あまりにおおざっぱで、そのために刑の不均衡を生じている、とも思う。オウム事件から離れてみても、昔ながらの典型的犯罪だけでなく、事件の態様や動機も多様化している現在は、刑罰にももう少しヴァリエーションをつける必要があるのではないか。
 死刑に関していえば、絞首刑以外の執行方法も取り入れるというの選択もあるだろうが、それとは別に、死刑の執行猶予を導入したらどうだろうか、と考えている。
 私がイメージする「死刑の執行猶予」とは、たとえばこんな感じだ。
 判決確定と同時に執行予定者リストに載せる実刑としての死刑は存続する一方で、死刑判決にも、たとえば5年間の執行猶予をつけられるようにする。執行猶予がついた死刑囚は、刑務所で服役をし、5年後に裁判官がもう一度判断する。そこで、反省や更正が明らかな場合は再度5年(とか7年とか10年とか)の執行猶予をつけることができる。
 執行猶予期間中の態度が悪く、反省と贖罪の日々をまじめに送っていない者に対しては、執行予定者リストに移せる仕組みも作っておく。たとえば、執行猶予期間中でも、服役態度が悪いなど、反省の態度が見られない場合は、検察官などの申し立てによって審理を行い、執行猶予を取り消す、などの方法が考えられる。
 判決確定後35年とか40年とか、模範囚として反省の日々を送ってきたことが認められた者に限って、恩赦や仮釈放の可能性もいくらか残しておいた方がいいかもしれない。
 このような方法であれば、常に死を身近に意識しながら、自分の犯した罪と向き合う日々を送らせることができる。執行を先送りするために再審請求を行うという、制度の目的外利用も減るだろう。労務につかせれば、国民の税金で養われるだけではなく、彼らに少しは自分の食い扶持を稼がせることにもなる。作業をすることで得たお金は、ささやかであっても慰謝料として送金されれば、遺族の生活を少しは助けることになるかもしれない。
 ただし、「死刑でも軽い」という遺族の憤りは、この制度では和らげることはできない。それどころか、遺族が事件に一区切りをつけられないという点では、被害者サイドの心理的な負担が増してしまうかもしれない、という欠陥もある。
 それでも、刑罰のバランスを正すのには有効な気がするし、素人考えかもしれないが、終身刑よりは現実的ではないか、と思う。
 それに、今年から始まった裁判員制度は死刑事件も対象になっている。裁判員の負担を軽減するうえでも、執行猶予制度は役立つのではないか。
 そして、執行猶予がつかず、実刑判決のみを受けた者については、一定の条件を定め、一定の期間内に粛々と執行していく。執行猶予が取り消された者も同様とする。そのようにすれば、今のように、どういう順番で執行しているのか理解しにくい不透明さも、だいぶ解消できるはずだ。
 万が一にも罪なき者が命を絶たれるようなことがないよう、執行には慎重でなければならないのは当然だが、冤罪を防止する必要があるのは何も死刑に該当するケースばかりではない。死刑であるか否かを問わず、冤罪は防がなければならないし、誤判の被害者は救わなければならない。再審の扉が固く閉ざされている今の状態は、早く改めてもらいたい。裁判所が、かつての裁判の誤りを認めることがなかなかできないのであれば、再審開始を判断する権限は国民の手に戻してもらい、検察審査会方式で行うようにすればよい。そうすると、今のように再審開始=再審無罪というわけにいかなくなるかもしれない。再審の公開法廷で、最新の科学技術も駆使して綿密な審理を行った結果、改めて有罪が言い渡される事件が出てくるかもしれない。だが、それでもいいのではないか。
 このようにして、冤罪を防ぐ対策を十分に進めることで、「冤罪があるから死刑は廃止すべき」などという意見を退けることができる。本来、冤罪防止と刑罰のあり方は分けて考えなければならない問題が一緒くたにするのは違うのではないか。
 この死刑制度改正私案、ぜひ、専門家の方々に議論をしていただければありがたい。
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