鳩山政権への注文

2009年12月13日

 最近の政府のありようを見ていて、だんだんイライラしてきた。
 いったい鳩山首相が何をやりたいのかよく分からない。それをいいことに(?)、大臣ら与党の政治家が、その時々に言いたいことをメディアで発言。政府の一員として仕事をするより、自党や自分の存在感を際だたせることを優先させているようにも見える。そのために、石破元防衛大臣が言うように「人によって、日によって、言うことが違う」状態が続いている。
 どうして、こういうことになるのだろう。
 
 思うに、鳩山首相はとてもいい人なのだろう。
 だから、誰に対しても、不愉快な思いをさせたくないのだ、きっと。
 沖縄の人たちと会えば、沖縄県民にこれ以上負担を負わせたくないと考え、オバマさんに会えば、この人をがっかりさせたくないと思う。岡田外務大臣の報告に耳を傾けながら、社民党の福嶋さんとも仲良くしていたいと思う。連立を組む少数政党の意見も取り入れないと政権が法案が通らないというのもあるだろうが、それだけでなく、これまで一緒にやってきた人たちの気持ちに報いたいという思いもあるのではないか。世論調査の結果は常にチェックして、選挙の時に掲げた政策でも評判がイマイチだと、手直しをしようと考え、「国民の皆さま」にできる限り満足していただこうと考える。
 それに加えて鳩山さんは、自身がみんなに愛されたい人でもある(と思えてならない)。沖縄の人たちにも好かれたいし、オバマさんにも信頼てもらいたい。世論調査が気になるのは、「国民の皆さま」に自分がとれほど好かれているかが気になる「愛されたい症候群」のためでもある(だろう)。
 強引に自説を押し通さないのは、彼自身の中に「何が何でもこれをやりたい」というものがないから(ではないか)。そんなこんなで、なかなか物事が決められない。
 その結果、鳩山さん自身は誰にも不愉快な思いをさせたくないのに、多くの人たちをイライラさせ、みんなに愛されたいのに、次第に人びとの気持ちが冷めていくという事態に陥っている(のではないか)。
 
 米軍基地の問題について、政権交代をしても国と国との約束は守らなければならない、と言う人が少なくない。しかし、政権が代われば、外交政策も変わることはある。民主党のクリントン政権から共和党のブッシュ政権になった時に、最初に行われた決定の一つが、地球温暖化防止の国際的な枠組みから離脱することだった。京都議定書には前政権の副大統領が署名をし、国際的な約束をしたにも関わらず、それを反故にした。そして、そのブッシュ政権がイラン対策として進めていたヨーロッパのミサイル防衛(MD)網の計画を、民主党のオバマ政権は中止した。アメリカとの関係を強化するため、ロシアに嫌われるのを覚悟でMD関係の施設設置への協力を約束したチェコやポーランドは、はしごを外された格好だ。
 だから、日本が政権交代をした結果、安全保障や外交に関する政策に変更があって、米軍基地に対する対応も変わる、というのは、それほど異常なことではないはずだ。
 ただ、オバマ政権が方針を変更させたのは、理由がはっきりしていた。核軍縮でロシアと足並みを揃えるため、ロシアが猛反対していた東欧でのMD配備をやめることにしたのだ。核不拡散が、未だはっきりしないイランの脅威より優先する課題だということが明確にされた。その方向性を、チェコを訪問して演説を行い、世界に向かって発信した。
 では、日本の鳩山政権は、どういう方向を目ざし、何を優先課題としてやろうとしているのか。それが見えない。
 オバマ大統領との会談を断られたのも、日本の政府としての方向性すら見えない中で話し合っても意味がないからだろう。
 
 予算をめぐっても、鳩山首相の考えていることがよく分からない。
 小泉改革を批判し、「コンクリートから人へ」と言って政権についたはずなのに、数字に表せる結果がすぐに現れないものは無駄だと切り捨てられがちだった仕分け作業を見ていると、果たしてどうなのか、と思う。費用対効果を重視する成果主義(それも短期的な)は、麻生政権の時より”コイズミ的”だった。
 あんな感じで芸術など文化に関する予算を切り捨てたら、この分野では人は育たず、日本人はお金の計算はできても文化的素養がない国民となり果てるだろう。鳩山さんが大切にしたい「人」のイメージが分からない。
 
 鳩山さんは、自分のリーダーとしてのあり方を聞かれると、よく「オーケストラの指揮者のような存在」という。しかし、彼は指揮者の役割を誤解しているのではないか。
 指揮者は、音楽に合わせて踊っているわけではない。あるいは、奏者の調和を保つことが仕事ではない(音楽監督という立場の方はそういう役割も担っているけれど、それが指揮者の本来の仕事というわけではない)。
 どういう音楽を作るのか決めて、練習で楽団員にそれを伝えて実行させ、本番では自らの作った設計図に基づいて奏者たちを引っ張っていくのが指揮者だ。本番で、各奏者が自分の好きな音色と音量とフレージングとテンポで演奏をしたら、音楽はめちゃめちゃになってしまう。
 鳩山さんが、政権の指揮者であろうとするならば、どういう日本を作るのかという全体像を描き、それぞれの課題を進めていく方向性を、奏者である担当者に分かるように示さなければならない。
 国民は、内閣総理大臣に対して、「いい人」であるより、「よりよい判断と実行」を求めている。そのことを忘れないでもらいたい。
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