地検「特捜部」は本当に必要か

2010年02月25日

 郵便の障害者団体向け割引制度を悪用した事件で、共犯者として虚偽有印公文書作成・同行使の罪に問われている厚生労働省元局長・村木厚子被告は、逮捕後も一貫して否認を貫いてきた。裁判でも無罪を主張している。大阪地裁で行われている村木被告の裁判の第8回公判を傍聴した。この日の証人は、偽証明書の作成・交付を行った部下の元係長、上村勉被告。「(偽造は)全部自分一人でやりました」「(同僚や上司など)誰にも何も相談していません」と述べ、村木元局長の関与を否定した。
 事件当時、村木被告は障害保健福祉部企画課長で、上村証人は同課社会参加推進室係長。組織上は上司と部下の関係だが、企画課と社会参加推進室では部屋も違い、上村証人は村木被告のことを「お顔を知っている」程度の関係。「仕事上の会話を交わしたことはないです」とのことだ。
 ところが捜査段階で、村木局長からの指示があった、とする上村証人の検事調書が作成されている。こうした調書について、上村証人は「検事の作文」と断言。本意でない調書ができあがった事情を聞かれ、上村証人は國井弘樹検事の取り調べについて次のように証言した。
「いくら自分が単独でやったと言っても、(検事に)聞いてもらえなかった」
「村木課長と私の会話が生々しく再現されていますが、それはでっち上げです」
「(任意同行で)私を自宅から連れてくるのは紳士的で、言葉もやさしいというか、普通の人でした。ただ、僕の話は、自分の興味あること、都合のいいことはメモするが、そうでないことは聞いてくれなかった」
「私が単独でやったということは書いてくれない」
「ノンキャリとキャリアの違いとか、どういう風に役人は出世していくか、とかは、結構興味を持ってメモしていた」
「物静かで殴ったり蹴ったりはないが、僕が話していることを聞いてくれない。書いてくれない。信じてくれない。僕としてはどんどん國井さんを信じられなくなった。『具合が悪くなったら言ってね』とか『眠れてる?』『食事してる?』とか気遣ってくれるのに、肝心の僕の話は聞いてくれない。なんでそこまで冷たいのか……今でも分からない」
 さらに、國井検事から「他の人は、こう言っている」という情報を次々に伝えられているうちに、上村証人は記憶のあいまいな部分については自信がなくなっていったようだ。
「取り調べの中で、だんだん『そうだったのか』と”記憶”が構築されていった」という。
 さらに、こんな証言もあった。
「『想像の話みたいになっちゃうけどね』と言って國井検事が話したことが、(調書では)僕が話したことになっちゃう」
 ここまで述べた後、上村証人は「悔しくてならない」と泣いた。
 上村証人自身の弁護人に相談すると、弁護人は「検察に抗議文を出そう」と言ってくれた。しかし、検察に逆らって取り調べが厳しくなったり、不利益なことがあるのではないかと恐れ、やめてもらった。
「再逮捕をちらつかされたり、有形無形の圧力があって、耐えきれなかった」

 では、上村証人はなぜ、証明書の偽造に手を染めたのか。
 上村証人は係長になって、担当部署の予算を作る仕事を初めて任され、それが重荷であり、どれだけ忙しくなるのかと不安でもあった。それに加えて制度改革が目前に迫ってい。そのため「従来の予算の組み立て方では通用しない。去年の予算をちょっといじればすむという簡単なものではすまないという恐怖感、重圧感が頭の中を支配していた」
 他の仕事は「雑事」として先送りしたり、適当に片付けたりしたい心境に追い込まれた。自称障害者団体の「凛の会」から証明書の催促があったが、正規の手続きをするとなると資料を整えて決済に出さなければならない。
「最初は煩わしいから先送りにしようとし、それが(再度督促があって)にっちもさっちもいかなくなると、『もう、やっちゃえ』という気持ち」になったという。
 そして、最終的には一人で証明書を作り、早朝に企画課の部屋の入り口付近にあった箱に入れてあった村木課長(当時)の公印を押した。「凛の会」発起人の河野克史被告と、厚生労働省地下の喫茶店で待ち合わせ、偽造した証明書を手渡した。
 ただ、すでに証言を終えている河野被告は、上村証人から渡されたことは否定している。また、「凛の会」からの催促はわずか数回なのに、なぜ上村証人が証明書の偽造をするまで切羽詰まってしまったのか、その心理状態はいささか分かりにくい。
 しかし、河野被告は自分が受け取ったことは「百パーセントない」と断言するものの、それ以外の事柄については曖昧な証言に終始したと報じられている。また、「凛の会」元代表倉沢邦夫被告は、証明書は村木被告から受け取ったという捜査段階の供述は維持するものの、受け取った日時は特定できないうえ、自身の調書の記述を否定する証言を繰り返した。さらに、捜査段階で民主党の議員の口利きがあったという調書が残されている厚労省関係者も、法廷でそうした事実を否定した。
 そのうえ、実行犯の上村被告の今回の証言。検察側証人が、自らの検事調書を否定するという証言が相次いでおり、検察側の立証はガタガタになっている。
 検察側は、今後も公判を維持し、法廷での証言より、密室における調書の方が信用できると主張するつもりらしい。けれども、その密室で適切な取り調べが行われていることを、客観的に証明するものはない。取り調べの可視化が実現されていないからだ。

 それにしても、なぜ検察側はこれほど苦しい立証をしなければならないほどの無理をして、村木被告を逮捕・起訴したのだろうか。
 上村証人は、取り調べを通じて「(検事は)今回の事件が、厚労省の組織的犯罪であるということを(調書で)書きたかったんじゃないか」と感じた。さらに「『厚労省のウミを出し切りたい』というのが検事の口癖だった」と証言。「私が関知しない人物がどんどん関係したことになって、事件がどんどん大きくなっていく恐怖感」を抱いたという。
 この証言を聞くと、本来は不心得な個人が行った事件を、なんとか中央官庁や政治家が絡む大きなものにしようしたのではないかと、という疑念が次第に高まってくる。

 村木被告が事件とはまったく無関係なら、検察の捜査によって、彼女の人生がめちゃめちゃにされたただけではない。
 彼女が逮捕された時、舛添要一厚労相(当時)は、次のようにコメントした。
 「大変有能な局長。女性キャリアとして省内の期待を集めていた。働く女性にとって希望の星だった。大変残念に思っている」
 不祥事の謝罪会見としては異例とも思える賛辞に、村木被告の有能ぶりが伺える。そういう優秀な官僚が、無実の罪によって、その能力を発揮できない事態に追い込まれたということであれば、日本にとって大きな損失であり、国民全体が捜査の影響を被った、ともいえる。
 なぜ、今のような事態が生じたのか、検察は時期を見て、国民にきちんと説明する責任がある。
 
 事件の捜査を行ったのは、大阪地検特捜部。在阪の司法担当記者は「東京への対抗意識もあって、中央官庁のトップや政治家を挙げたい(=逮捕したい)意識が、大阪はより強い」と指摘する。
 その東京地検特捜部も、小沢・民主党幹事長の政治資金を巡る捜査や、福島県知事が収賄で起訴された事件で、無理な取り調べやマスコミへのリークなど、様々な問題が指摘されている。
 特捜部らしい大物が関与する事件をやりたいという野心。自分たちこそが政財界や官界を正せるという正義感や強烈な自負心。このような特捜部ならではの意識が、問題を生んでいる可能性があるのではないか。
 そう考えると、村木被告の事件で格別問題があったというわけではなく、特捜部に内在する問題が分かりやすい形で現れただけ、とも思えてくる。
 
 こうした事件を見ていると、そもそも特捜部を今後も存続させる意味はどこにあるのだろう、という疑問も湧いてくる。東京、大阪、名古屋の3地検には特捜部があるが、通常、検察の捜査は各地検の刑事部が行う。この3地検にしても、特捜部を常設させておかなくても、すべての事件を刑事部が捜査を行うというので、構わないのではないか。そうすれば、特捜部だから政治家や政府高官を挙げなければ、という余計なプレッシャーを検事に与えず、国民の利益とは距離のある「検察の正義」が一人歩きすることが避けられるのではないか。
 もちろん、通常の人員ではやりきれない事件もあるだろう。政治家や政府高官が関わった犯罪だけでなく、複雑なシステムを悪用した経済事件、大規模な脱税など、通常の捜査態勢では解明が難しいケースも、不正があればきちんと対応してもらわなければならない。そういう時には、事件の規模や捜査対象などに応じて、全国から検事を招集してチームを編成したらどうだろう。そのチームは、事件処理が終われば解散する。次に大がかりな捜査の必要が生じれば、また新たなチームを組む。これで、どこに問題があるのだろうか。
 もし、どうしても特捜部という形で常設させておかなければならない理由があるなら、きちんと説明をしてもらいたい。そのうえで、特捜部が特捜部を常設させておくことのメリットとデメリットを論議し合うべきだろう。特捜部を聖域とせず、解体も含めて、検察のあり方を議論すべきだと思う。

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