新聞とツイッター

2010年03月02日

 チリの地震に伴う津波についての情報を原口総務相がツイッターで公開していたことに、読売新聞が疑問を呈した。
 ところが、同新聞社のサイトに掲載された記事は、途中で内容がかなり変更されていて、同社がいったい何を問題視しているのか、まことに分かりにくい。
 
 まずは最初の記事。掲載日時は2010年3月2日11時00分となっていた。
 見出しは「原口総務相釈明…ツイッターで津波情報流してた」
 以下が、内容。
 
<原口総務相は2日午前の閣議後記者会見で、チリで起きた巨大地震に伴う津波の関連情報を自らのツイッター(簡易投稿サイト)に書き込んだことについて、「(投稿者が総務相の名をかたる)なりすましの危険はあるかも分からないが、正確な情報を国民に伝えることを優先した」と述べ、理解を求めた。
 そのうえで、NHKなど災害情報を発信する放送機関について、「もっと適宜適切に公共放送も含め、横並びでない細かな情報が流れていくように、双方向のシステムがあればいい」と指摘した。
 総務相は地震が発生した先月27日から、政府の対応策を平野官房長官や岡田外相らとやりとりした事実のほか、各地の避難状況など70件以上の情報を書き込んでいた。>
 
 これを読むと、なりすましの危険があって、誰かが原口総務相の名前を騙って、間違った情報を流されたら危ないのではないかと、読売新聞は心配しているように思える。
 実際、原口氏のツイッターでは、記者からの質問の内容について、次のように書かれている。
 
<記者会見で私のツイッターによる災害対策情報提供について記者の1人よりなりすましの危険もあり不適切ではないかと質問がありました。 全くそのような認識を持っていないと回答しました。>

 ところが、午後になって、読売のサイトの記事の内容が変わった。
 タイトルは「原口総務相弁明…ツイッターで津波情報流してた」
 
<原口総務相は2日午前の閣議後記者会見で、チリで起きた巨大地震に伴う津波の関連情報を自らのツイッター(簡易投稿サイト)に書き込んだことについて、「正確な情報を国民に伝えることを優先した」と述べ、理解を求めた。
 そのうえで、NHKなど災害情報を発信する放送機関について、「もっと適宜適切に、公共放送も含めて横並びでない細かな情報が流れるように、双方向のシステムがあればいい」と指摘した。放送行政と総務省消防庁を所管する総務相が、災害放送が義務づけられる放送機関より、ツイッターの利用を優先させる考えを示したことは、今後、論議を呼ぶ可能性がある。
 総務相は、地震発生後から、政府の対応策について平野官房長官らと行った協議など、計70件以上の情報を書き込んでいた。>
 
 なりすましの危険性については、すっぽり削除。その代わりに、赤字の部分が付け加えられた。要するに、総務大臣のくせに放送機関よりツイッターを優先したことがけしからん、というわけだ。
 しかし、そもそも原口氏は放送よりツイッターを優先させたのだろうか。放送機関には情報を出し惜しみ、ツイッターで職務上知り得た情報を独占的に流すような行為をしていれば、非難されて当然だろう。けれども実際は、そういうわけではない。NHKでも民放でも、当日はジャンジャン津波情報を流していたのは記憶に新しいところだ。変更後の記事はほとんど言いがかりに近い。
 
 しかも、記事の論点がすり替わっているのに、掲載時刻は同じ2010年3月2日11時00分だ。どういうことなのだろう。
 見出しも、最初の「釈明」が「弁明」へと変更された。
 う〜ん、「釈明」と「弁明」。読売新聞の社内基準では、この二つをどう使い分けているのだろうか。
 ちなみに、紙面には夕刊第4版で変更後のサイトと同じ記事が載っている。
 
 原口氏は、ずいぶん前からツイッターをやっていて、それを公言している。今さら「なりすまし」ということはありえない。そういう批判をされて、論点を変更する小細工をしたのではないか。
 けれど、「なりすまし」を心配してみせた最初のヴァージョンの方が、まだ掲載する意味はあったかもしれない。今回はツイッターを使い続けている原口氏だから問題はないとはいえ、今後、誰かの名を騙って間違った情報が流されるような事態は考えられる。そのために災害時に流言飛語が飛び交い、人々が混乱したり、新たな被害が出たりしないよう、何か工夫はした方がいいだろう。ツイッターは災害時の情報提供手段として有効だと思うが、もし何らかの問題点があるなら、早めに洗い出しておくのにこしたことはない。
 けれど、妙な小細工をしたことで、読売の記者やデスクたちの本音が、災害時の情報の混乱などではなく、もっと違うところにあることが、多くの人に透けて見えてしまった。政府が収集した情報は、テレビ・新聞・ラジオ・通信社などの既存マスメディアを通して流す、という慣習を、原口氏が破ったことが気に入らなかったのだ、きっと。記者会見もフリーランスやネットメディアの記者に公開している原口氏のやり方を、苦々しく感じ、ここは原口氏に軽く釘を刺しておこう、といったところではないか。
 
 最近は、ブログやツイッターが普及する一方、政府の情報をマスメディアが独占しにくくなっている。そんな中、自分たちの存在感が低下していくのではないかというマスメディア関係者不安や苛立ちが、今回の記事からは漂ってくる。
 こうした焦燥感は、読売だけでなく、他の新聞も同じように抱いているはず。たぶん読売は、考えていることが他社より正直に顔……ならぬ紙面に出てしまったのだろう。
 
 今回のような反応をみると、法廷メモを巡る問題を思い出す。
 かつて、法廷で一般傍聴人はメモをとることが許されなかった。認められているのは、司法記者クラブに所属する大手メディアの記者だけ。それに異議を申し立てたのが、アメリカ人弁護士ローレンス・レペタさん。レペタさんは日本語が流ちょうで、ちゃんとメモも日本語で取れる。日本の経済事件の研究をするために裁判傍聴をしていたが、数字などは書き留めておかなければ忘れてしまう。なのでメモを取ろうとしたら、裁判長に禁じられた。それで、法廷メモ解禁を求めて、裁判を起こしたのだ。
 1審、2審と敗訴。最高裁で争っている時、私はこの裁判を知って、支援を始めた。支援というより、レペタさんに勝ってもらわないと、私自身も困るのだ。私も以前は新聞社にいて、そういう問題があることにすら気がつかずにいたことに、とても恥ずかしい気持ちもあった。
 裁判所がメモを禁じる理由は、今思い出してみても笑ってしまう。「法定内の静けさ(判決文では難しく「静謐」という言葉を使っていたっけ)が乱される恐れがある」とか、「証人が不安を感じて正直に証言しなくなる恐れがある」とか、およそ意味のない、様々な「恐れ」を作り出していたのだった(もちろん、メモを解禁した後、そのために法定内が紙にペンを走らす音でうるさくなったり、証人尋問ができなくなったりなどという事態は起きていない)。
 当時、新聞社はメモ解禁に否定的だった。その理由を聞くと、ある知人の記者がこう言った。
「これまで自分たちだけで座っていた座布団に、誰か知らない人たちがお尻をのっけてきた、そんな感じがする」
 そして今、様々な役所の資料がインターネットを通じて直接国民に公開され、大臣会見がフリーランス記者に開放され、今回のようにツイッターによるリアルタイムの情報公開が行われ……。気づいてみたら座布団に、次々にいろんな人がお尻を載せてきて、居心地が悪い、という気分に陥っている新聞社の人たちは結構いるのではないだろうか。
 
 でも、もう少し違う考え方ができないだろうか。
 人々の生活が多様化している中、広く急いで知らせた方がいい情報などは、いろんなメディアを通じて流した方が望ましい。
 記者会見なども、役所や政治家による公開情報の提供なので、なにも新聞記者だけのものにしておく必要はない。
 むしろ、公開情報の詳細を伝えるのはネット系メディアに任せてしまってもいいくらいで、新聞社には新聞社しかできない(あるいは、他には難しい)報道にもっと力を入れるチャンスだと考えてもいいのではないだろうか。
 たとえば、昨年始まった裁判員裁判。フリーランスは、個々の裁判をカヴァーしたり、一つの事件をじっくり追うことはできても、全国各地で行われている裁判の詳細(法廷だけではなく、弁護士や検察官の対応、裁判員選任手続きの状況、判決後の裁判員の記者会見、被害者・遺族の声)をすべて取材することは無理だ。その点、新聞社は多くの記者を動員して、全国の動きを細かく取材し、情報を交換することで、全国的な傾向を分析したり課題を指摘する、というようなこともできる。
 あるいは、緊急な出来事に迅速に対応できるのも、新聞社の強みだ。組織的な調査報道も、新聞社の得意とするところだろう。
 誰もに公開されている情報の伝達は、むしろ通信社やネットメディアに任せ、ただでさえ忙しい記者たちを細かい仕事から解放し、新聞社だからこそできる仕事にもっと力を入れていく、という道もあるのではないか。
 私自身は、今でも新聞が好きで、新聞なしの生活は考えられない。紙媒体としての新聞が未来永劫残るかどうかどうかは別にして、規模が大きく資金的にもそれなりにしっかりした、プロのジャーナリスト組織としての新聞社は、今後も必要だと思う。
 だからこそ、座布団を抱え込むことに神経をすり減らすより、今の時代に必要とされている新聞のあり方を探っていくこと、いわばよりよい座布団を作っていくことに、時間とエネルギーを費やして欲しい、と心から願う。

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