やっぱり可視化は必要だ〜陸山会事件第9回公判傍聴記

2011年04月24日

 4月22日に行われた陸山会事件の第9回公判。検察側証人として出廷した検事が、取り調べ中に作成したメモを、被疑者の面前で破り捨てたことを認めた。3人の裁判官たちはこの事実に強い反応を見せ、口々に「なぜ破ったのか」「どのようにして破ったのか」「あなたはその時に興奮してたのか」などと検事を追及。郵便不正事件の裁判では大阪地裁の裁判官たちが、公判前にメモを廃棄したことについて取り調べ検事に鋭い質問を浴びせていた。東京でもメモの扱いを巡っては、裁判官が敏感に反応するようになってきたのだろうか…。
 
 この日検察側証人となったのは、石川知裕議員の取り調べを行った吉田正喜検事(当時、東京地検特捜部副部長)。石川議員の取り調べは田代政弘検事が担当していたが、水谷建設からの5000万円を受けとったのではないかという追及に石川議員が否認を続けていたため、この点に限って副部長が取り調べることになった。
 単なる認識の違いや形式的なミスに過ぎないと主張されることが予想される政治資金報告書の記載の石川議員を自白に追い込めれば、小沢氏を巻き込む5000万円の贈収賄事件に発展する可能性がある、ということで、副部長を投入することになった、と思われる。
 しかし、吉田検事の取り調べでも、石川氏は否認を続けた。
 この取り調べの状況について、検察側主尋問を行ったのは、4人の検察官団の中で、恰幅といい存在感といいいかにも親分格の斎藤隆博検事。その問いに答えて、吉田検事は次のように述べた。
「証拠を改めて精査したが(5000万円を受けとったのは)間違いないと思い、『あなたの弁解を無視しているわけじゃない。証拠を精査したが間違いない。本当のことを話してください』と言った。すると、石川さんは興奮して『川村を呼んでください』と言い始めたので、私は『そういう話じゃない。私が証拠を精査したのに、それを信用しないんですか』と言った。この時は、少し声が大きくなったかもしれない」
「『石川さんは不正な金は一切受けとっていないのか』と聞いたら、『議員になってから不正な金を何度か受けとっています』と認めた。詳細に聞いたわけではないのに、(石川議員の方から自発的に)『ある支援者から平成19〜20年に合計1500万円の金を受けとっています。議員活動を期待しての裏金ですから賄賂と思っています』と語った」
 この「賄賂」という言葉は、石川議員自身の方から出たことを強調。
「職務権限も分からない漠とした話ですから(私の方からは)言えません」
 この1500万円については、調書化された。そのいきさつについて、吉田検事は次のように語った。
「この取り調べより先に、石川さんの女性秘書の取り調べがあった。それが問題となり、弁護士から抗議書が来た。そのことについて『石川さんはどう思っていますか』と聞くと、石川さんは『(女性秘書は)私をかばおうとして、がんばっちゃってるんですよ。私が話して認めているんだから、そんなにがんばらないでいい、と伝えてください』と。私は『それなら、弁護士さんに話したらどうか』と言ったのですが、石川さんが『(本人に)伝わるかどうか分かりませんから』と言うので、『じゃあ、認めているということで簡単な調書を作っておきましょうか』ということで、作成することになった」
 検察側としては、この調書を作成することで、石川議員がこの取り調べを乗り切って国会議員を続けることを断念させ、一気に水谷建設からの5000万円を認めさせようという意図があったようだ。吉田検事は、捜査の手法について、こう語った。
「人が不正行為を認めるのは、勇気がいる。取り調べは、できるだけその勇気を与えて上げること。正面から事実を認めて欲しいが、いきなり(水谷の)5000万円ということではなく、周りを詰めていくこともある」
 しかし、吉田検事が意図したように取り調べは進まなかった。そんな中で、吉田検事はメモを破ったことを、主尋問の中で認めた。

 検察官「それ(石川議員が支援者から受け取った金)については記録したのか」
 吉田「手元のコピー用紙に箇条書きで書いた」
 検察官「そのコピー用紙はどうしたか」
 吉田「最後の取り調べかその前に破ってしまっている」
 検察官「なぜか」
 吉田「その後の取り調べでも、石川さんは水谷建設の5000万円を否認し、『私は正直に話してます。不正な金をもらったことも正直に話しているじゃないですか』と言い続けた。自分の不正を話していることを心の支えにしてがんばり通そうとしていると思い、『これは関係ないんですから、水谷のことを話してください』と言って紙を破りました」

 続く反対尋問で、石川議員の弁護人は、支援者から1500万円を受けとったことについて「あなたが通帳を示して、『こんな金もあるじゃないか』と攻めたのではないか。賄賂という言葉も、本当に石川自身の口から出たのか。1500万もの賄賂を受けとったとなれば、実刑になる。そんなことを被疑者が自らベラベラしゃべるとは思えない」と反論したが、吉田検事は「本当です」と証言。話は平行線に終わった。石川議員の弁護人は、このような質問より主張が中心の”弁論的尋問”が多く、これまでも検察側証人の反対尋問では、こうした平行線が続いていた。証人が答える前から、「否定するなら否定していいですよ」と決めつけることもしばしば。証人から何かを引き出したり、矛盾をあぶり出すより、少しでも多く石川議員の主張を裁判官に聞かせたい、ということなのだろうか…
 絶対に交じり合うことのない平行線的尋問を聞くたびに、取り調べ課程がきちんと可視化されていれば、こういうやりとりはなくなり、もっと効率的な審理ができるのに、と思う。
 
 その後行われた裁判官たちによる尋問では、弁護人が関心を示さなかった、吉田検事のメモの扱いについて質問が集中した。
 まず藤原靖士左陪席裁判官。
左陪席「メモを破った件ですが、石川被告人の面前で破ったんですか」
吉田「メモを呼べるものかどうかは分かりませんが…」
左陪席「破った理由は?」
 吉田検事が、主尋問と同じ答えを繰り返すと、左陪席裁判官はさらに問いを重ねた。
左陪席「話をして説得するだけではなく、メモを破る必要性はあったのか」
吉田「石川さんは、『このメモがあるから(水谷の5000万円は受け取ってないと)信じてください』と。こっちがあるからこっちも真実ということにはならないだろうということで…」

 このやりとりを登石郁朗裁判長が引き取り、質問を始めた。
――自分の不正について話しているのだから、他のことも信じて欲しいというのは、理屈としてはありえますね。
吉田「一般的な理屈としては」 
――自分の不利なことを話しているものを、なぜ破くという行為になるのか。
吉田「水谷の5000万円は大久保の指示でやった小沢事務所の件。一方1500万円他何件かは、石川さん個人のこと。否認しているのは小沢事務所のことで、一般的な理屈とは違う。これは関係ないことを示すパフォーマンスということで…」
――そのように説得するにとどまらず、破くというのはどういう意味か。
吉田「箇条書きにしている紙があり、石川さんもそれに目をやって、(5000万円を否認する)よすがになっている。よすがを取り除くという意味」
――あなたはかなり興奮していたのか。
吉田「興奮っていうか…興奮はしてないと思うが、興奮していたかもしれない」
――相手を説得するのは分かるが、紙を破くというのは別の話だ。
吉田「あくまで箇条書きにしただけものも。誰々、いくら、と書いてあるだけ。石川さんに本当のことを喋ってもらうためのテクニックというか」
――それで話したくない気持ちが変えられるかも、と?
吉田「はい」
――興奮していたというよりテクニックなのか
吉田「複合的なもの」
 
 続いて市川太志右陪席裁判官。
――メモはびりっとやぶったのか。どのような態様で破いたのか。
吉田「普通に裂いた」
――少し持ち上げて?
吉田「置いたままでは破けない」
――相手に見せつけるように?
吉田「それは、そう」
――気の弱い被疑者であれば、目の前でびりっと破られれば、検事さんを怒らせてしまったのではないかと思うのではないか。そういうことは気にならなかったか。
吉田「必ずしも気の弱い被疑者ということはないので、そういう意識はなかった」
 
 再び裁判長。
――メモを破った時には、両者の間に緊張感のようなものがあったか。
吉田「石川さんの取り調べは、あまり緊迫感はなかった。石川さんが『ワッハッハ…』と笑ったのを覚えている。弱い立場の被疑者という意識はない」
――興奮とテクニックと半々ということだが、破くことで何か効果を期待できるのかな。
吉田「私は一定の効果があると思った…外れましたけど」

 同じような質問が繰り返されていることなどからも、裁判官たちが、吉田検事の説明に、どうしても納得できないでいることが伝わってきた。
 
 
 
 この日午後の法廷では、石川議員の女性秘書Uさんが弁護側証人として出廷。民野と名乗る検事に呼び出され、弁護士に連絡を取ることも許されず、長時間の取り調べを受けるなど、検察に不当な捜査を受けたと訴えた。
 弁護人の問いに答えてUさんが語ったところによれば、押収品の返却のために平成22年1月26日午後1時に東京地検に赴いたところ、証拠隠滅容疑の被疑者として取り調べを受けた。「弁護士に連絡させてください」と頼んだが、「すでに弁護人専任届けを出した弁護士でなければ、そういう権利はない」と拒否された。「あなたを逮捕できる情報を手にして調べているんだから、自分から話をして罪を軽くしなさい」と言われたが、何について聞かれているのか分からなかった。
 「石川の政治生命は終わりなのだから、庇う必要はない」などと言われ怖くなったが、検事からは具体的な質問はされず、ただ「話なさい」としか言われなかったので、何のことか分からず、黙っていた。夕方には子どもを保育園に迎えに行かなければならないので、「5時にここを出られるよう約束してください」と頼んだが、「人生そんなに甘くない。あなた次第だ」と言われた。さらに、子どもたちのことについて「この子たちが保育園で『犯罪者の子どもだ』と言われたら、どんな気持ちになるんだろうね」と言われ、絶望的な気持ちになった。
 その間、男性の事務官が同席していたが、しだいに居眠りを始め、途中からは机の上に足を投げ出すようにして眠りこけていた。それを見ながら、Uさんは「こういう人にも残業代は出るのかな。この人たちは私に何かを聞きたいわけじゃなくて、ただここに閉じ込めておきたいだけなんだ」と思った、という。
 休憩を申し入れても認めてもらえず、もうこれでは倒れてしまうと思い、カバンから携帯を出して弁護士に連絡を取った。検事は「石川がどうなってもいいのか」と怒鳴っていたが、朦朧としていて、とにかくここから出して欲しい一心だった。弁護士から「帰っていいんだ」とアドバイスされたので帰ろうとしたら、それでも検事は目の前に立ちふさがって「帰れるだけないだろう」とすごんだ。結局、解放されたのは午後11時だった。「任意」の取り調べは10時間も続いたことになる。
 「今思えば、私を拘束することによって石川に与える心理的プレッシャーを考えていたのかもしれない」とUんは主尋問での証言を締めくくった。
 
 続いて、検察側の反対尋問は市川宏検事。4人の公判検事の中でも、常に沈着冷静。感情を表に出さず、丁寧に、かつ理詰めで攻めるタイプ、という感じだ。
――この日は夕食もとれなかった、と言いましたね?
「はい」
――実際には、事務官がサンドイッチを買ってきたのではないですか。
「覚えていません」
――呼び出しの電話では、押収品を返すと言ったのですか。
「はい」
――実際には、民野と名乗る人は、ほかに「あと少し確認したいこともある」と言ったのではないですか。
「聞きたいことがあるとは言っていたと思う」
――取り調べでは具体的な質問はない、ということでしたね。
「はい」
――実際には、関連政治団体の寄付処理について聞かれたのではないですか。
「具体的な口座名をおっしゃらなかったので、私は分かりません」

 このような形で、主尋問の証言を少しずつ修正させ、その後で石川議員の政治団体の預金通帳のカラーコピーと白黒コピーを示した。カラーコピーは、検察が押収した時の預金通帳の写し。それとは別に、石川事務所からは通帳の白黒コピーが押収されていて、そこには入金や振り込みの横に、支援者の名前などの書き込みがされていた。押収した預金通帳にはその書き込みがなかったことから、不利な証拠になるので誰かが意図的に消した、と検察は見ていたようだ。
――取り調べの際に、これを示されたのではないですか。
「民野検事は、こういうサイズの通帳のコピーは持っていた。見せてくれとお願いしても見せてくれなかったので、分かりません」
――それで、何を聞かれましたか。
「具体的なことは聞かずに、自分から言った方が罪が軽くなると」
――特定人物の書き込みをあなたが消したんじゃないかと、聞かれませんでしたか。
「そういうことを聞いてくれれば対応しました」

 弁護側の異議で、裁判長はそれ以上通帳のコピーを証人に示すことは禁じたが、尋問の続行は許可した。
 市川検事は、個人名は伏せつつ、5件の振り込みや入金合計650万円の例を挙げ、それをUさんが通帳から消したのではないかと、民野検事から聞かれたのではないか、と問うた。
 Uさんは、「具体的にそういうことは聞かれません」と否定。
 ただ、こうしたやりとりになると、Uさんは証言をしてよいものかどうか迷うのか、何度も弁護人の方を見たり、証言を渋ったりした。検察官からは「証言を回避している態度が見られる」と指摘され、裁判長からも「弁護人の方を見ないで」「記憶に従って述べてください」と何度か注意を受けた。こうした証言をためらう態度によって、主尋問での証言のインパクトも、かなり減殺された印象だ。石川議員の弁護人は、反対尋問を想定してろくに打ち合わせをしないまま、Uさんを法廷に送り出したのだろうか。
 いずれにしても、検察側の見方とUさんの証言は、平行線のまま終わった。このU証言の信用性についても、取り調べの課程を録音なり録画なりしておけば、容易に判断できる。録音があれば、おそらくUさんを証人として引っ張り出す必要もなかったのではないか。

 江田法相は、最高検に対して、特捜部などの独自捜査では、取り調べの全過程を含む録音・録画の試行を行うよう指示した。しかし、Uさんのように任意の取り調べでは、試行すら行われない。取り調べを受ける側が、自ら録音機を持ち込んで録音することを禁じる法律がないことは法務省も認めているが、検察は「庁舎管理権」を盾に録音を認めない。
 Uさんの場合も、携帯電話は電源をオフにさせられ、小物入れのバッグは遠くに離しておくように命じられている。密かに録音されることを警戒してだろう。
 しかし、録音記録がないことで、このように真相解明に支障が生じている。
 
 せめて、本人が音声記録や映像記録を求めている被疑者については、任意であっても、身柄を拘束されていても、録音・録画を行うという制度を、早く作るべきだ。
 そうでなければ、法廷でこういう平行線が続くだけだ。後は、想像で「この人は信用できるっぽい」「いや、あんまり信用できそうもない」と判断するしかない。そこには、どうしても主観が入ってしまう。
 
 それにしても、陸山会事件とは何だったのだろうか。小沢氏の3人の元秘書は、政治資金収支報告書への4億円の記載を巡って起訴されたはずなのに、それ置き去りにされ、どんどん事件が拡散している。検察側は水谷建設からの5000万円を強調し、まるで実は贈収賄があったかのように印象づけ、さらには石川議員の政治資金を巡る問題まで法廷に持ち出されている。
 小沢氏に連なる人たちは、何か怪しい、何か隠している、けれども結束力が強くしっぽを出さない――そんな雰囲気作りだけが、着々となされている感じもする。
 検察側と弁護側の力量の差ゆえなのか、裁判長の訴訟指揮によるものか、その辺はよく分からないが、果たして刑事裁判の在り方として、こういうことでいいのだろうか……。

Copyright 2006 © Shoko Egawa All Right Reserved.
CMパンチ:ホームページ制作会社:港区赤坂