はじめのい〜〜っぽ―特捜検察の取り調べ録音・録画の取り組み

2011年05月01日

 ようやく日本の捜査機関も、取り調べ過程の可視化に向けて、地味で小さく控えめな、しかし具体的な1歩を踏み出した、と言えるだろう。
 最高検の中に設置された検察改革推進室(林眞琴室長)が4月26日、改革の第一弾としていくつかの対策を発表。その1つとして、「取り調べの録音・録画の試行に関する運用要領」を作成し、同日付で特捜部のある東京、大阪、名古屋の各地検に送ったことを明らかにした。
 運用要領では、録音・録画によって、調書が適正な取り調べによって作成されたことを立証するだけでなく「取り調べの録音・録画を行うことは、それ自体が、取り調べの適正を担保することにも役立つ」とプラス面を強調。「可能な限り積極的かつ柔軟に取り組むことが肝要」として、前向きに行うよう、現場の検察官の背中を押している。
 これまでも、裁判員裁判対象事件では、取り調べの最終局面で調書の読み上げやそれに関する応答を録画するなど、ごくごく一部の映像記録は作られていた。しかし、それが取り調べのほんの一部であることに加え、いつ収録を行うかは検察官の裁量で決められていることもあり、取り調べ過程を検証可能にするための「可視化」とはほど遠い、と批判されていた。
 大阪地検特捜部の郵便不正事件の捜査では、村木厚子厚労省元局長が偽の証明書の発行に関わったとするストーリーに従った調書が数多く作成されていた。これまでは調書が作成されていれば、被告人が「検察官の誘導があった」などと主張しても、検察官が「適切な取り調べを行った。誘導はしていない」などと証言すれば、裁判所は検察官側の主張を信用する傾向があった。しかし、村木さんに無罪判決を出した大阪地裁は、検察側が申請した43通の調書のうち、34通を証拠採用しなかった。
 この無罪判決と前田恒彦元検事の証拠改ざんを受けて作られた「検察の在り方検討会議」の提言を受け、江田五月法相は4月8日に笠間治雄検事総長に対して、特捜部の捜査については「取り調べの全過程の録音・録画を含めて」試行に取り組むよう指示した。今回の運用要領はその指示を受けて作成されたものだ。試行とはいえ、「全過程」が含められたことで、ようやく「可視化」と呼ぶに値する録音・録画もなされる可能性が出てきた。
 村木さんの裁判で、検察の調書作成の過程で被疑者・参考人を誘導したり、精神的に追い詰めるなどした捜査の実態が明らかにされたこともあり、今後は裁判所の検察側を見る目が厳しくなる、と最高検は危機感を募らせているようだ。被告人が法廷で不当な捜査を主張した場合、録音・録画がされていなければ、調書が採用されず、検察側立証が困難になる事態も想定し、「運用要領」には、次のような指摘もある。
「録音・録画を実施しなかった場合には、調書の任意性・信用性等が争われた際に有用な立証方策の1つを失うこととなるおそれがある」
 そういう事態を避けるため、弁護人が請求した場合には、極力全過程の録音・録画をするようにするのか?――私のこの質問に対し、記者会見で林室長と同席して説明に当たった片岡弘・最高検検事は、次のように回答した。
それをルールにするということではないが、実際は大きな考慮要素になると思う。ただ、真相解明機能を損なわない、ということが優先する場合もあるということはご理解いただきたい。その場合、立証方法の1つを失うリスクを負うということだ」
 今回の発表で、積極的に録音・録画に取り組むとしているのは、特捜部による独自捜査のみだ。札幌、千葉、京都、福岡などの10地検に置かれている特別刑事部でも独自捜査を行っている。「検察の在り方検討会議」の提言では、この特別刑事部も、録音・録画の試行対象に含めるよう求めている。最高検は「機材が揃っていないこともあり、まずは特捜部から行うことになった」と説明しているが、今後、特捜部と同じような対応をしていくことが求められる。
 というのは、今回行われているのは「試行」であり、1年を目途に、その結果を検証することになっている。意味のある検証を行うには、十分な事例が必要だ。また、できるだけ多くの検察官に「録音・録画を行う取り調べ」に慣れてもらうことで、今後、可視化を法制化していくうえでの抵抗感を薄らいでいくのではないか、と思う。
 問題なのは、今回対象となっているのは逮捕された被疑者のみで、任意の取り調べの可視化が置き去りにされていることだ。郵便不正事件で明らかなように、任意の事情聴取であるにも関わらず、検察側の筋書きに従って事実と異なる調書を作成してしまうケースは少なくない。そうして作成された調書を元に、強制捜査が展開されていくことを考えると、事件によっては任意での事情聴取をきちんと記録しておく必要がある。
 捜査機関がやってくれないならば取り調べを受ける側が、自ら録音機を持ち込み、録音をしておこうとしても、検察官はそれを許さない。本来、任意の取り調べは、あくまで本人の意思が尊重されるべきで、参考人や被疑者が自分で録音することを妨げる法律はない。ところが、実際には検察は録音を許さず、さらには携帯電話の電源は切らせ、荷物を離れた所に置くように命じたりして録音されないように警戒している。
 調べられる側に録音されたくなければ、捜査をする側が求めた場合には録音するなどして、取り調べの状況を後から検証できるような客観的な記録を残すべきだ。
 また、この日の記者会見では、録音・録画と合わせ、特捜部が行う「大規模または複雑困難と認められる事件」の捜査を行う場合は、公判部など特捜部以外に所属する検察官を総括審査検察官に指名することとも明らかにされた。総括審査検察官は、捜査段階で全ての証拠を把握し、主任検察官が適正な判断を行っているかをチェックし、決裁官などに必要な意見を述べ、起訴された場合は、公判主任検事として公判を担当する、という。
 検察内部で上司からの決裁だけでなく、横からのチェックを受ける仕組みとして導入された。ただ、「大規模または複雑困難と認められる事件」という点についての説明は曖昧。考えてから動くのではなく、とりあえず制度を作って、やりながら考えていく、という状況。これも実施というより、どちらかというと試行に近い。法相に期限を切られたこともあるが、とにかくやってみる、という前向きな姿勢は悪いことではない。
 問題は、制度を作った後に、それがどう運用されるか、だ。総括審査検察官を指名するのは当該地検の検事正。それならば、特捜部の検事を直前に公判部に内部異動させたうえで、総括審査官検察官に指名することも可能で、そうなると身内同士で審査したりされたりすることになるわけで、「横からのチェック」にならない。
 その点を質問すると、片岡検事は「危惧はごもっとも」と認めた上で、次のように語った。
「それはダメだというのは、(各検事正に)理解してもらっていると思う。それに、総括審査検察官は自分で公判をやらなければならないので、(不適正な捜査や十分な証拠もないのに起訴すれば)自分が大変な思いをするだけなので(ちゃんとやるだろう)。当該事件の捜査をやっていてイケイケになっている者が指名されるということはない、と信じているが、特捜部の事件捜査を知っているという必要はあり、特捜部経験のある人が指名されることになると思う。現場の人のやりくり、というものもある。ただ、急な異動は脱法行為ということで指導する
 こうして、検察改革は少しだけ動き出した。全面的な可視化が制度として行われるまでの道のりはまだまだ遠いが、「千里の道も一歩から」とも言う。日本の検察も、ようやくこの道に、そろりと一歩を踏み出したことは、意義深い。しかし、1年後に「いろいろやってみたけど、やっぱり可視化はやりません」などという”検証結果”が出ないように、また次の2歩目を早く踏み出せるように、そして道を踏み外す、などということがないよう、多くの人が関心を持って見つめ続けていくことが大切だと思う。
 最後に、今回の発表についての私の感想を言っておくと、可視化に関しては、予想していたよりも最高検は積極的な姿勢を示したな、という感じがする。「嫌だけどやれって言われたから仕方なくやる」というのではなく、録音・録画は検察側にとっての立証手段でもある、という認識が盛り込まれたのは、評価していいと思う。
 とはいえ、先に述べたように課題も多く、1年後の「検証」をどうするのか、ということも気になる。いくら最高検がこのような改革策を出しても、実際に現場で取り調べを行う検事の中には、裁判所に任意性を否定されても全く意に介さないような人もいる。それを考えると、あまり楽観はできない。
 「おのおの方、油断召されるな」
 そんな気持ちで、私自身もこの取り組みの結果をしっかり見ていきたい。
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