スウェーデンを訪ねて

2007年10月23日

 すっかり報告が遅くなってしまいましたが、先月半ばに、スウェーデンに行ってきました。
 まだ日本は気温が30度を超している厳しい残暑のまっただ中。スウェーデンはといえば、すでにセーターにコートが必要で、初冬の雰囲気でした。けれども、こちらの人にとってはまだまだ寒いとはいえないのか、ホテルの暖房はほとんど入らず、かなり室内はかなり冷え込みました。
 スウェーデンといえば、水の豊かな国。車のボルボ、サーブ、通信機器のエリクソン、家具のイケアと有名メーカーも多く、最近の経済は好調だそうです。古い建物も多く、13世紀に作られたガムラ・スタン(旧市街)の夜景はとてもきれいです。地震のないこの国が、うらやましいです。
 特にストックホルムの町中は、人々の服装は、ほとんどが黒。郊外に出ると、年配の女性たちは明るい色を着たりしていますが、都会の人たちはほとんどモノトーンです。
 私にとって、スウェーデンは2度目なのですが、7年前に比べて、かなり中東やアフリカからの移民の人たちが増えているな、という印象を受けました。
 今回のテーマは、高齢者福祉。先日、NHK・BS1の「地球特派員」という番組でレポートが放送されました(事前のお知らせをしないで、ごめんなさい。BS1で11月3日文化の日に午前10:10から再放送がありますので、ぜひご覧ください)
 
 日本の制度は、スウェーデンからずいぶん学んでいるようなのですが、あちらの状況を見て、根本的なところで全く異なっているな、と思いました。
 というのは、日本は介護にかかる経費をどうするかというところから出発しているのに対し、スウェーデンでは人が人間らしく生きるには、という点から始まって制度設計がなされているのです。日本の場合は、経費にいくらかかるので、本人は何割負担せよ、ということで、本人の負担額が決まります。けれどもスウェーデンでは、人として生きるには本人が手元にいくら必要かという数字(最低が先にあり、年金や住宅手当を合わせた収入からその最低保障金額と家賃を引いた残額が、介護費用負担の限度額となっています。
 その最低保障は物価などを考慮して変遷しますが、今年は日本円にして約77000円。この金額は、食費や日用品、新聞購読費やテレビの視聴料などのほか、驚くことに、余暇や時には旅行に行くための費用も考慮されてのことです。
 つまり、人が人間らしい生活をするには、食べるだけじゃなくて、新聞や本を読んだり、音楽を聴いたり、テレビや映画を見たり、趣味の時間を持つことも大事、というわけですね。そのための経費を確保することは、スウェーデン国民の権利であるから、一定の金額を保障しましょう、と。それで、残った金額の中から介護の費用を払うことになります。収入から家賃と最低補償金額を除いた残高が1万5000円だとすれば、この額が支払わなければならない介護費用の上限。この場合、介護費用が3万円かかったとしても、本人の負担は1万5000円ですみます。逆に1万2000円しかかからなければ、残りの3000円は本人のお金として自由にできます。
 ですから、介護費用のために生活費を削らなければ……という心配はないのです。
 
 スウェーデンの「人間中心主義」は、高齢者や障害者など、いわゆる社会的弱者に対する対応に限ったことではありません。
 私たちは、ヤルフェラという首都ストックホルムのベッドタウンを中心に取材をしたのですが、このヤルフェラ市役所を訪ねた時に驚いたのは、職員の執務環境でした。介護ニーズ判定員といって、高齢者がどのようなケアが必要なのかを判断するスタッフは、それぞれが個室を与えられていました。決して広くはありませんが、明るくてきれいで、机はゆったりとしており、とても仕事をしやすそうでした。そして、共用スペースにはソファやコーヒーの用意があります。
 大きな新聞社や小さなヘルパー派遣会社などでも、働く人たちがくつろぐスペースはたっぷりとして、きれいでした。
 1人ひとりが、人間らしく働ける環境を整える。この考えが、どこの職場にも共通して見られました。
 日本語の「権利」には、拳を振り上げて主張を押し通すような強いイメージが伴いがち。一方のスウェーデンでは、空気を吸うのと同じくらい当たり前のことというような柔らかいニュアンスで、「人が人間らしく生きる権利」が人々の意識の中に浸透しているのを感じました。
 ですから、高齢者介護やそれに伴う費用の分担などについても、社会的弱者を助けてあげる、という発想ではなく、誰もが通る道を歩きやすく整える、という感じで行われています。
 その理念を現実化するにはお金がかかります。高福祉を支えるためにスウェーデンの税金が高いことはよく知られていますが、消費税は25%、所得税は平均で30%以上。けれども、その使い道がしっかりしているから納得している、とスウェーデンの人たちは言います。彼らの話には、政治や行政に対する信頼が感じられました。
 
 
 ただ、スウェーデンが、高齢者に関しても「人間中心主義」を実現したのは、それほど大昔のことではないんですね。
 大改革のきっかけは、1949年にイヴァ・ロー・ヨハンソンという作家が、老人ホームの実態を告発する本を出版したことでした。ヨハンソンは、カメラマンとあちこちの老人ホームを回りました。プライヴァシーのない大部屋で人生の最後の日々を過ごすお年寄りの姿に、多くの人々が衝撃を受け、そこからスウェーデンは、1人ひとりの意思を重んじた高齢者対策に大きく梶を切ったのです。
 このヨハンソンという作家の存在を教えてくれたのが、今回の番組を担当したHディレクターでした。残念ながら、編集の過程でカットされてしまい、番組の中では紹介されませんでしたが、私はHディレクターらクルーと一緒に、ヨハンソンが住んでいたアパートを訪ねています。
 今はイヴァ・ロー・ヨハンソン記念博物館となっている、この狭いアパートの一室が、今回のスウェーデンの旅で、私がもっとも強い印象を受けた場所でした。
 ヨハンソンのアパートがある一帯は、今は美しい町並みという感じですが、昔は貧民街として知られていたのだそうです。
 彼の部屋のドアを開けると、右手にコートがかけてあり、左に木の質素な衣装ケース。彼の服は、この箱に入っている以外、もう一つの衣装ケースに下着が詰まっているだけでした。
 室内に入ると左手にベッド。あとは机と、背の低い本棚。壁に何枚かの絵が掲げてありました。
 こんな小さな部屋で、彼はたくさんの作品を書きました。炭鉱労働者やジプシーなど、生活や差別に苦しむ人々をテーマにしたものが多かったようです。彼は作家であると同時にジャーナリストでもありました。
 老人ホームの状況を告発した本も、この部屋にありましたが、そこに写っているお年寄りの顔は、どれも硬くこわばっていました。笑顔はまったくありません。その数日前、明るくて笑顔や音楽が溢れた認知症専門ホームを取材させてもらったばかりだったので、そのあまりの差に、しばし呆然となりました。スウェーデンも、60年前は、こうだったのか……と。
 一冊の本が、ひとつのレポートが、こうも劇的に国の政策を変え、人々の生活や人生を向上させることがあるのですね。しかも、こんな簡素な部屋からその作品は生まれました。
 ジャーナリストは何のために存在するか……このシンプルそのもののヨハンソンの生活の跡で、つくづく考えさせられました。

 
 
 この部屋で、私は1人の女性の話を聞きました。
 アンナ=レーナ・ラウリーンさんです。
 本業は作曲家とのことですが、彼女は自分のお母さんが認知症になった時の体験をもとに、子ども向きの本を書いています。
 アンナさんの子どもの目線から、大好きなおばあちゃんの行動に慌てたり、困ったりする家族の様子を追いながら、それが認知症という病気のもたらすものであることを、おばあちゃんへの愛情たっぷりに描いています。
 おばあちゃん(つまりアンナさんのお母さん)は、認知症の症状が進み、家族で対応するのは無理だと判断して、今は老人ホームで暮らしているそうです。老人ホームに任せる決心をした後も、なかなかいい所がみつからず、「だいぶ待たされた」とアンナさん。スウェーデンでも長期間待たされることもあるのだなと思い、「どれくらい待ったんですか?」と聞いてみたら、「数ヶ月」と。日本とスウェーデンでは、「だいぶ」の感覚が、ずいぶん違うみたいです。
 アンナさんの本は『おばあちゃんにささげる歌』(ノルディック出版)というタイトルで日本語に翻訳されています。絵もほのぼのと温かく、子どもたちに認知症を知ってもらうには、ぴったりの本だなと思いました。
 
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