本村洋さんのお話を聞いて

2007年10月31日

 前にも書いたように、私は4月から1年間、獨協大学で「新聞の読み方テレビの見方」と「インタビュー入門」という二つの2講座を担当しています。「新聞の……」はいわゆるメディアリテラシーをつけるための、もう一つはインタビューを通してコミュニケーションの実践をしてもらおうという授業です。この教室に、光市母子殺害事件のご遺族、本村洋さんがいらして、学生たちに話をしてくださいました。
 この事件を授業で取り上げたいと思ったのは、被害者・遺族と裁判の関わり、弁護人のあり方、事件と報道など、いくつもの点で考えたり学ぶことができるのではないか、と思ったからです。
 とはいえ、本村さんにはお仕事があるので、平日の午後に東京まで来ていただくのは無理……そう考えて、私がビデオカメラを持って本村さんをお訪ねし、インタビューを行い、その状況を教室で流すことにしたい、とお願いしたのでした。
 ところが本村さんは、「上司に相談して休みがとれたら行きます」と言ってくださったのです。メディアリテラシーの授業であればなおのこと、テレビなどを通して見るのではない、生の自分を見てもらった方がいいような気がする、とのこと。
 幸い上司の許可も得られ、本村さんは仕事を休んで、朝の一便で東京に来て最終便で帰るという慌ただしいスケジュールを組んで下さったのでした。
 
 本村さんにお会いして、びっくり!
 とても穏やかで、優しい表情なのです。
 しかも、お話してみるとすごく心が柔らかく、包容力があって、朗らかな方でした。
 私は本村さんにお目にかかるのは、この時が初めて。それまでテレビの画面を通して見るのは、いつも厳しい顔で毅然と話をされている本村さんばかりで、最初はギャップに少し戸惑いました。
  
 でも、少し考えてみれば、分かることです。
 テレビカメラの前に立つのは、事件に関連してコメントする時ばかり。穏やかな表情で語れるわけがありません。ましてや、1、2審の時は起訴事実を認めていた被告人が、最高裁の弁論が決まってから弁護人を変更し、その後主張を変えるという事態を受けてのインタビューや記者会見となれば、厳しい顔になるのは当然です。
 長いインタビューの場合には、いろいろな表情を見せるのでしょうけれど、編集作業によって、被告人や弁護団に対する思いを述べた部分ばかりが使われがち。勢い、テレビには毅然とした顔ばかりが映し出されるということになります。
 私も、講演などで行った先で、関係者の方と打ち合わせなどをしている間に、「江川さんも笑うんですね」と、まじまじと顔を見られたことが何度もあります。オウムに限らず、私がカメラの前でコメントすることは、事件や事故、戦争などの深刻な話題が多く、とても笑顔で話すことはできません。テレビを見て私を知ってくださっている方々は、江川紹子というと、しかつめらしい顔つきでしゃべっているところしか思い浮かばないのは仕方がありません。けれども、私は四六時中オウムと対決しているわけではなく、別の仕事をしたり、音楽を楽しんだり、友人と談笑したり、猫と遊んだりもしているわけです。もっとも最近は、《サンデーモーニング》のスポーツコーナーで大笑いをしている顔が知らないうちに大写しになっていたりすることもあるせいか、笑ったくらいで驚かれることは少なくなりましたが……
 自分自身がそういう体験をしているくせに、無意識のうちに、<本村洋さん>=<毅然と戦う姿>というふうに、一面的な人間像を自分の中に描いてしまっていたのですね。本村さんが<毅然と戦う姿勢>を貫いていることは事実でも、それ以外の部分もたくさんあるはずなのに……。メディアによって作られたイメージは、必ずしもその人物の全体像を現していない、ということを改めて思い知らされたのでした。

 しかも、メディア(特にテレビ)は「○○vs××」といった「対決」を好みます。オウムの時にも、<オウム対反オウム>という形で、たくさんの番組が作られました。光市の事件では、<弁護団vs本村さん>という構図が強調されがちです。それに、<弁護団vs橋下弁護士>という場外乱闘まで加わって、対決ムードが盛り上げられてきました。
 けれども、本村さんは刑事裁判における弁護人の役割をよく理解されていますし、弁護団に対して感情を高ぶらせているわけではありませんでした。心の中ではいろんな思いが渦を巻いているのかもしれません。でも、学生への講演でもインタビューに答える時も、そうした感情を訴えるより、事件の当事者になってみて、被害者がいかに刑事手続きから疎外されているかを感じ、被害者が当事者として大事にされるためにはどうしたらいいか、などを熱っぽく語られました。そして弁護団について問われても、被害者・検察側と被告人・弁護側の言い分のどちらが信頼できるか、それを裁判官がきちんとジャッジしてくれるはずと、裁判所に対する信頼を語るにとどめられたのでした。
 授業では、学生たちが多様な視点で物事を見たり考えたりするために、弁護団の方にも後日話をしていただくことにしています。そのことを本村さんにお伝えした時の反応は、「ぜひ、そうして下さい」という積極的なものでした。
「立場が違えば、正義も異なる。いろんな立場の人の話を聞いて下さい」と学生にも語りかける本村さんでした。
 そういう話を聞いていると、「対決」を盛り上げたり、過剰な弁護団叩きをするのは、本村さんの本意ではないのではないか、という気がしてきました。本村さんにしてみれば、弁護団の言動や方針に納得がいかない部分があるわけですから、記者たちから問われれば、自分の思いを述べることになります。その部分だけがクローズアップされ、勝手連的な応援団も加わって、かなり感情的に対決色を盛り上げている、という感じなのかもしれません。
 それに、お話を聞いていて感じたのは、本村さんの「戦い」は、一弁護団を相手にした論争といったレベルのものではなく、被害をもたらす犯罪そのものとの「戦い」だ、ということです。あるいは、犯罪を生み出す社会、被害者がなかなか救われない仕組みを変えるための戦い、と言っていいかもしれません。
 
 講演では、事件の悲惨さで心が占められたりせず、犯罪被害者全体のことを考えて欲しいという配慮からでしょう、あえて事件の生々しい話を避けられました。しかも、時にはジョークを交えて雰囲気を和ませます。
 でも、学生のインタビューに対しては、お昼休みにカバンからお弁当を出そうとして、「ああ、(妻は)いないんだ」と気づくなど、事件の後もなかなか現実を受け止められなかったことや、奥様の遺体を押し入れの中から発見したこともあって、今でも押し入れを開けるのが怖く、常に開けっ放しになっていることなども話されました。そういうエピソードを聞くと、事件がもたらした傷の深さは、誰かが外から推し量ったり、代弁したりできるものではない、としみじみ感じました。
 そして、本村さんの柔らかな表情や穏やかな話ぶりから、事件によって壊される前の家庭はどれほど温かく、愛情に満ちたものだっただろうかと思ったことでした。
 
 本村さんの話は、犯罪被害者について考えるというだけでなく、苦難に直面した時に、どう生きるかという点でも、学生たちの心に残ったことでしょう。
 とりわけ、事件の後、仕事に集中できなくなり会社を辞めようと考えていた時に上司からもらった言葉(これは、本村さんが犯罪被害者白書に寄せた文章でも紹介されています。こちらを参照してください→http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/071026/crm0710260938005-n1.htm)、そして、太宰治の『人間失格』を引用しての、「世間」とは何かという問いかけには、私も考えさせられました。
 
「しかし、お前の、女道楽もこのへんでよすんだね。これ以上は、世間が、ゆるさないからな」
 世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、
「世間というのは、君じゃないか」
 という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。
(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(今に世間から葬られる)
(世間じゃない。葬るのは、あなたでしょう?)
<太宰治『人間失格』新潮文庫より>

 「世間が」ではなく、「あなたが」どう考えるか――「世間」に寄りかかり「世間」に隠れるのではなく、自分で考え、その考えを自分の名前を出してしっかり言う。そのことを大切さと厳しさを、本村さんは学生よりちょっと年上のお兄さんとして話してくださいました。
 学生たちも私も、本当に、大きな大きな贈り物を本村さん、そして弥生さんと夕夏ちゃんからもいただいたように思います。

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