権力と芸術、そして大衆〜映画《帝国オーケストラ》を見る

2008年10月30日

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。
 音楽界の最高峰の一つであり、昨年設立125年を迎えたこのオーケストラには、暗い過去がある。ナチス政権下のドイツで、国民啓蒙・宣伝省のプロパガンダに利用されたのだ。団員は兵役から免れるなど特権を得る一方、ヒトラーの誕生日でベートーヴェンの第9交響曲を、ナチ党大会のイベントでは《ニュルンベクルのマイスタージンガー》を、ベルリン・オリンピックでは作曲者のリヒャルト・シュトラウスの指揮で《オリンピック讃歌》演奏。兵士や国民の戦意高揚のための演奏会が頻繁に行われ、その模様は映画やラジオを通じて、国民に伝えられた。その一方で、ユダヤ人の演奏家は早い時期に退団して海外に亡命せざるをえず、ユダヤ人の作曲家の曲は演奏されなくなった。
 こうした暗い過去に光を当てたドキュメンタリー映画《帝国オーケストラ》を見た。
 当時の団員で存命のハンス・バスティアンさん(96)=ヴァイオリン=とエーリッヒ・ハルトマンさん(86)=コントラバス=へのインタビュー、亡くなった団員の家族の証言に過去の映像を織り込みながら、ナチ政権下のオーケストラの団員たちの思いを明らかにしていく。
 
 2人の元団員は、繰り返し「ナチのオーケストラと呼ばれることは断固拒否します」「楽団がナチズムを作ったわけではない」「我々は我々の音楽を奏でた、ただそれだけです」「私たちは、演奏を続けたかっただけなのです」と語っている。
 政府の指示に反抗すれば、ユダヤ人の団員のように楽団を出て行かなければならなくなる。それは音楽家としてつらいし、家族も困る。
 証言を聞きながら、フランス人指揮者ジャン・フルネさんから聞いた話を思い出した。彼は、ナチスに占領されたフランスで、ドイツ人将校の支持で作られたオーケストラを指揮していた。フルネさんによれば、担当のドイツ人将校は音楽にとても理解があり、フランス人作曲家の音楽を多く取り上げるプログラムにも介入しなかった、という。演奏会やラジオを通じた演奏は多くのフランス人を慰めたり喜ばせたことも事実なのだろう。しかし、それは同時に、ナチス・ドイツ側からすれば、占領下の人々の不満のガス抜き、人身の安定という目的があったのかもしれない。戦後は、ナチスに協力したとみなされて、フルネさんはフランス本国ではあまり活躍の場がなかったらしい。
 私のインタビューに対してフルネさんはこう語っていた。

「私は政治的な活動は一切してきていません。音楽家として、社会の趨勢を受け入れてきたのです。私はどちらかといえば社会の動きに対しては、受動的なのです。戦時中は不幸な人々がたくさんいましたから、音楽に限らず芸術全般がたくさんの人の慰めになっていたのはとても重要だと思います」

 ベルリン・フィルの元団員やフルネさんらは、世事に惑わされず、与えられた環境の中で精一杯美しい音楽を求めていった。そうした音楽に対するひたむきで純粋な姿勢や、家族を大切にする愛情深さなど、平時であれば美徳とみなされる。それが、ナチズムという狂気に翻弄された時代には災いし、権力に絡め取られて利用されていった。
 初めのうちは、彼らは、権力に利用されていることすら意識していなかったのではないか。時代が厳しくなればなるほど、むしろ音楽に没頭し、フルトヴェングラーのような不世出の指揮者と共に、最高の演奏を行うことに意識を集中させていったようだ。あるいは、苦労をしている国民や負傷兵に対して奉仕する気持ちで、美しい音楽を奏でるという任務を果たしていった。
 
 しかし、オーケストラの中には熱心なナチ党員もいた。終戦までに少なくとも16人が入党したという。
 それ以外にも、当時活躍していた音楽家の中には、国を率いるリーダーたちから期待され、栄えある舞台で演奏をしたり、国民を鼓舞したり、海外にドイツ文化のすばらしさを伝える役割を与えられていることに、誇りと喜びを感じていた人は少なくなかったのではないだろうか。
 当時の映像が、演奏家たちの表情を遺している。オーケストラは堂々と自信をもって楽器を奏で、第九の合唱団員の顔は、やはり誇りと喜びに輝いているように見える。
 愛国心、ナショナリズムやリーダーに対する忠誠心は、しばしば快感を伴う高揚感をもたらす。国家の大イベントを担う使命感もあっただろう。
 だからこそ、その演奏は実に感動的で、聞く者をぐいぐい惹きつける力がある。映画で使われている演奏会は断片的なのだが、もっと聞いていたくなる。酔っていたくなる。
 これは、素晴らしい指揮者とオーケストラだから、というだけではないだろう。
 ゲルギエフがグルジアで行った演奏の映像を見た時にも感じたことだが、私がその場にいたら、興奮して「万歳」の一つも叫んでしまいそうだ。いや、その場にいなくても、ラジオや映画で演奏を聴いていても、当時の時代の空気の中でこんな演奏を聴いたら、自ら感動の渦に飛び込んでしまいそうだ。当時のドイツの国民も、演奏で気持ちを高揚させたに違いない。
 そうした聞き手の熱は、演奏家にも伝播して、演奏を一層熱いものにしたことだろう。
 音楽家たちの多くが、演奏中も聴衆の反応は感じるという。演奏会の空気は、音楽家と聞き手の相互作用で醸成される、といっても過言ではなさそうだ。
 
 ナチス政権下の音楽会では、世事に疎い音楽家たちより、むしろ聴衆の方がナショナリスティックな高揚感に湧いていただろう。ナチス・ドイツは、独裁者が急に国民を押さえつけ征服する形で権力を掌握したわけではなく、民主的なワイマール憲法の下で、国民の熱狂的な支持によって登場したのだ。大衆は、強いリーダーシップをもった指導者の登場に興奮し、期待し、支持した。ナチの党大会の会場周辺には、ヒトラー総統を一目見ようと、何千人もの人々が忍耐強く長時間待っていた、という。
 そうした時代の熱気が、音楽会の会場をも包み込み、一層メッセージ性の強い、より感動的な演奏を引きだしたと言えるかもしれない。ヒトラーの誕生日のように、特に選ばれた人々が集まった演奏会はなおさら特異な空気が会場を満たしていただろう。
 芸術と権力がテーマになると、芸術をプロパガンダに利用する権力の問題と、無知と権力に与えられる特権によって利用されてしまう芸術家の責任について語られることが多いが、聴衆である大衆の役割も忘れてはならない。
 
 強い指導者に大衆が歓喜して、社会の空気を動かしていくことは、ついこの間の小泉劇場で私たちも体験した。
 ナチズムが登場した頃のドイツ、中国との戦争を始める頃の日本の社会の空気は、きっともっともっと熱かっただろう。
 その熱をエネルギーにして権力が増長し、圧倒的な強者として驀進を始めてしまえば、音楽家であろうと、聴衆であろうと、個々人が抗うことは不可能に近い。おかしいと気づいても、もう止められない。
 だから、そうなる前の段階で、何をなすか、だ。「まさか」と思っているうちに、ためらっているうちに、事態はどんどん進んでいく。敵対する相手の好意に憤ったり、明快な発言をする強いリーダーの登場に喜んだり共感したりしているうちに、とんでもない方向に流されていた、ということになりかねない。感情に身を任せていると、自分のいる客観的に見ることができにくい。時代の空気が熱くなっている時こそ理性を失わず、みんなが一つの方向に走っている時には立ち止まって考え、おかしいと思った時にはためらわずに「おかしい」と言う。一人ひとりがそのことを忘れないようにしていくしかない、と思う。

 それにしても、創立125年を記念する事業で、こういう映画を作ってしまうベルリン・フィルというのはすごいと思う。
 戦争体験が風化してきた時代だからこそ、ネガティブな過去も含めて、歴史を直視しようという彼らの真摯な思いを感じる。
 果たして日本はどうだろうか。
 
 この映画の詳しい内容や上映スケジュールは、こちらをどうぞ。
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